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24 先生宛の手紙

「…なぜ、部屋の鍵を?」


 アレクト殿下は厳しい視線でそう言った。

 彼の視線が射抜くのは私…ではなくて、シドニア先生だった。

 まずい。このままでは、『部屋に連れ込まれていやらしいことをされたと証言する』などという脅し文句の前半部分が、アレクト殿下の口から本当に学校側に証言されかねない。


「で、殿下、これは…」

「エルミニア、私はシドニア先生に聞いているんだ。――教員が女学生を部屋に度々招き入れることもあまり聞こえのいい話ではないのに、施錠するというのはあまりにも節度を越えています。彼女の立場が悪くなると考えなかったのですか」


 違うんです話を聞いてえ…!

 アレクト殿下は落ち着いた声で話しているけれど、怒っているのがすごく伝わってくる。取りなそうとする私の言葉を聞いてくれる様子は全くない。

 でも私が招いたことだし、きちんとお話しないと――もう一度口を開きかけた私を手で制したのはシドニア先生だった。


「研究の機密に関わる部分についての話し合いをしたかったので、念の為施錠させてもらったんですよ。少し前に、別の研究機関内部での論文の剽窃が話題になっていたので少し神経質になっていたんです。そのせいでそういった配慮を失念していました。エルミニアには申し訳ないことを」

「それを信じろと?」

「信じるも何も真実ですし、殿()()()()()()()()()()()()ような疚しいことなど何一つありませんから」


 シドニア先生はニコリと余裕の笑顔で、しかもわざわざアレクト殿下の方が疚しいことを考えていると言わんばかりに言葉を強調した。

 えっ、待って? 何で先生が殿下に喧嘩売ってんの!?

 いやいや悪いの私ですよ? 先生は止めたんですよ? でも今私が口挟んで先生を庇ったりしたらややこしくなりそうな予感がひしひしする!

 ひいい…と身をすくめていると、アレクト殿下が微かにため息をついた。


「…わかりました。ですがこういったことが繰り返されればこちらとしても苦言を呈する他なくなってしまいます。軽はずみな行動は控えてください。こちらも優秀な教師を失いたくはありませんから」


 ひえ、次やったらクビにすんぞ宣言。もうだめ罪悪感で泣きそう。

 でもやっぱり先生はにこにこしている。にこにこしてるけどこっちはこっちでなんか怖い。


「ええ、肝に銘じます。――ところで殿下は何か用事があったのでは?」

「ああ…シドニア先生宛の手紙が届いたので持ってきたんです」

「は? 手紙…殿下がわざわざ…?」


 これにはさすがにシドニア先生も困惑の表情を浮かべた。

 アレクト殿下が差し出した四角い封筒の宛名は確かにシドニア先生宛。…でも普通手紙なんて、担当の職員さんが研究棟一階の集合ポストに突っ込んでいくもの。それをわざわざ王子様が手ずから持ってくる意味がわからない。

 でも、宛名の文字…ものすごく見覚えのある字な気がする…。


「侯爵家の使用人が持ってきた、正式な封印のある手紙を気軽には扱えませんから。ちょうどその場に居合わせた私が引き受けてきたんです」

「そうですか…」


 やっぱり…シドニア先生がひっくり返した封筒に押された封蝋の印璽は、私の家、エルミニア侯爵家のもの。そしてあの癖のある字はユニオン兄様のものだ。

 うーん、たしかに貴族の使用人が持ってきた親書を郵便担当の職員さんが持ってくるのは荷が重いのかもしれないけど、とはいえそこにいたからって王子が持ってくるのもどうかと思う。そもそもなんで学校に持ってきたんだろう。よほど急ぎ…と言っても、私に来るのならばとにかくも、なんでシドニア先生宛?

 私にはわからない事情があるのだろうけれど…でもシドニア先生もぎゅっと眉間にしわを寄せて不審そうに封筒を見ている。

 あ、あの顔知ってる。ユニオン兄様のこと『嫌いじゃないけど苦手なんだよなあ…』って人がよくああいう顔してるわ。


「…エルミニア、研究の話はもう終わったんだね?」

「え!? あ…えと」


 手紙のことが気になっていた私は不意に話しかけられてしどろもどろになってしまう。


「扉を開けたのだから帰るところだったのかと思ったのだけど…」


 扉を開けたのはあなたに聞かれたくない話をしていたからで、話自体が終わったわけじゃないんだけど…。アレクト殿下は相変わらずピリピリした空気を纏っていて、ここで「まだ話の途中なんです」と言う勇気が…。


「…エルミニア、君のことだから確認事項は書面でまとめてあるのだろう?」


 そこに、封筒をまだ片手に持ったままのシドニア先生が私に声をかけてきた。

 そう、内容に落ちがあったら困るからちゃんとまとめてあるのよ。私は慌てて机の上に広げていた自分のノートを手に取った。


「もちろんです。こちらのノートにまとめてあります」

「それを借りられるなら、一度内容を精査して、日を改めて君と私の解釈にずれがないか擦り合わせをする形で進めたいんだが」

「! はい。では…この部分です」


 シドニア先生は私がノートをめくって示した箇所に視線を落とし、軽く目を通して頷いた。


「…なるほど。では預からせてもらう。――というわけで殿下、本日の用事は済みました。彼女を連れて行きたいのであれば、どうぞ」


 やっぱりどこか喧嘩腰のシドニア先生。

 これはもしかして…さっきのアレクト殿下の、クビを匂わせたややパワハラな発言への抵抗?

 そういえばユニオン兄様が、シドニア先生は教授に授業を押し付けられて教師をやる羽目になったんだって言ってたわね。むしろクビにされてもかまわないとか思ってそう。


「…そうですか。ではエルミニア、寮の近くまで送るよ」

「そんな、殿下に送っていただくなんて」

「できたら少し話をしたいんだ」

「お話…ですか」


 アレクト殿下が私に話?

 普通に嫌な予感しかしないんだけど逃げ…ううん。さっきの密室事件の犯人は先生じゃなくて私だっていうことはきちんと話して分かってもらわなくちゃ。


「分かりました。では殿下、よろしくお願いいたします」


 アレクト殿下にお辞儀しつつ、ちらっとシドニア先生の方に目を向けてみたら、先生は全然こっちを見ていなくって、じっとユニオン兄様から送られてきた手紙を睨みつけていた。



***



 部屋を出たところにはフロディンが控えていた。

 殿下が先生に軽い挨拶をしながら部屋を出たところでフロディンが扉を閉める。私は顔に笑顔を張り付けてその彼に声をかけた。


「メルボルト様もいらしてたんですね。御機嫌よう」


 彼はアレクト殿下の護衛役なのだから、近くにいて当然なのだけど。

 そこはあれよ。

 近くにいたならさっき空気がギッスギスだった時に助けてくれてもよかったんじゃない? という気持ちを笑顔に込めました。

 私の気持ちがなんとなく伝わったのか、フロディンは一瞬やや気まずそうな顔をしたけれど、すぐに表情を取り繕って敬礼をしてきた。


 まあ、ひとまず助けてくれなかったフロディンよりも、アレクト殿下の誤解を解かなきゃ。


「…アレクト殿下、先程の話ですが…あの、部屋の鍵をかけることを提案したのは私なのです。シドニア先生は私に対して『自分の立場を分かっているのか』と反対されました。ですが、私が先生にわがままを言って無理やり認めさせたんです。――先程アレクト殿下の前で先生がご自身のせいにされたのは、そんなわがままを言った私を庇ってくださろうとしたんだと思います」

「わがまま…?」


 私の言葉にアレクト殿下は少し眉をひそめた。

 殿下は私のことを思ってシドニア先生を非難したのに、本当は私に問題があったなんて言われたらそれは眉もひそめるわよね…先生はもちろんだけど、殿下に対しても申し訳ないわ…。

 でもさすがに真実――いやらしいことをされたと訴えるなんていって先生を脅迫しただなんて言えない。


 こんなこともあろうかと、エルダと相談して考えておいた言い訳が火を噴くぜ。

 そして、苦しい言い訳を相手に呑ませたいときは、潤んだ目で伏し目がちに相手を見るのがポイント…っていうアルマ姉さま直伝の処世術も使っていくわ。


「…私が今調べてまとめているのは、世界樹伝承に対する新しい解釈なのですが…剽窃云々の以前に、まだ粗削りな内容で、かなり突飛な部分も多い状態なのです。表に出したとしても、そんな解釈はあり得ないと笑われてしまうかもしれないと考えると怖くて…。ですので、人に知られるのならばもう少し納得できる内容まで練り上げてからにしたいから、と先生にお願いしたんです」


 全然本当の事じゃないけど、完全な嘘でもない。


「そうか…でもあれは……。いや、分かった。エルミニアの気持ちはわからなくもない。だが決して褒められたことではないのは分かっているよね」

「はい。シドニア先生にも、殿下にもご迷惑をかけてしまいました。申し訳ございません」


 深く頭を下げようとした私をアレクト殿下の手が押しとどめた。殿下は困ったように笑う。


「分かっているならいいんだ。…私も先生に対して非礼な態度をとってしまったから後で謝罪しなければならないな」

「申し訳ございません…」

「さあ、寮まで送るよ。――さっきも言ったんだけどエルミニアに話があって…道すがら話すよ」


 ううん…道すがら話すと言いつつ、すごく言いにくそうにしてる辺り、めっちゃ聞きたくないわ…。

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