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22 馬ではないので

 偉そうな白い馬は今日も尊大な態度で鼻を鳴らした。


『偉そうで悪かったな』


 おっとそうだった。クロリスは心の声が読めるんだったわ。じゃあ手っ取り早く私の疑問を読み取って答えだけ教えてくれないかしら。


「って、クロリス! 髪の毛を食べるのはやめて!?」

『すまないな、あまりにも酷い態度だったのでその首の上に載っているのが頭ではなく植木鉢か何かかと思ったのだ』


 なるほど生えてるのが髪の毛じゃなくて草かと思ったと。

 ハイハイすみませんでした。私が悪うございました。



 私は今、再び王城の一角にある近衛騎士隊の馬術練習場へ来ていた。持つべきものは王子殿下のはとこで公爵令嬢の友人。エイダの口利きでクロリスと話をする機会を得ることができたのよ。

 名目上はエイダの気まぐれな騎士隊訓練見学。

 訓練見学なので普通馬と触れ合うことなんてできないと思うんだけど、私は特にクロリスに気に入られているので騎士隊長の計らいで乗馬させてもらえることになった。

 気難しいクロリスの手綱をとれる人は少なくて伸び伸び走らせてやることがなかなかできないから、少し走らせてやってくれとのこと。


 ――そう言った騎士隊長様の顔色がすこぶる悪かったのはちょっと心配だけど、きっと気のせいね。

 初めはいい顔をしていなかった騎士隊長様なのに、エイダが横でぼそぼそと何か言った後、ころりと態度を変えたのは多分見間違いだと思う。脂汗をかいているように見えたけどそんなわけないわよね。弱みを握られてるように見えた…なんて言ったらきっと騎士隊長様に失礼だわ。うん、忘れよう。私、何も見てない。


『それで、聞きたいことは聖剣のことか』

「ええ、そうです」


 訓練をしている騎士様たちから少し離れたところに来たので、私はクロリスに声を出して返事をする。やっぱり考えてることに返事されるのって落ち着かないんだもん。


「クロリスはアリスさんに(しるし)を与えたと言いましたよね。それはクロリスがアリスさんに聖剣を託し、そして聖剣を持つアリスさんが聖女を選ぶということで認識に間違いありませんか?」

『相違はあるが、まあ大きく間違ってはいないな』

「相違…とは、どの部分でしょうか」

『私が与えたのはあくまでも徴だ。そして聖剣というのはあのアリスという娘自身だ。聖剣の力を持つ者は神馬から徴を受けることで初めてその力を引き出し、振るうことができるようになる」


 えーと? つまりアリス自身が聖剣の力を持っているということ? 聖剣っていうのは形のある剣のことじゃなくてユニークスキルみたいなもので、徴…神馬に認められることでそのスキルを使えるようになるってことかしら。


『ユニークスキルというのがよくわからないが、恐らくその認識で正しいだろう』


 一番最初にシドニア先生に教えてもらった伝承――神馬は自らの意志で剣を選び、徴を与えた。そして徴を与えられた剣が聖女を選んだ、というのは事実を正確に伝えていたってことね。


「つまり、徴を与えられたアリスさんは現時点で聖剣の力を使うことができるんですね? 本題はここからなんですけど、その聖剣の力は一体何のためのものなのですか? だってこの世界には物語に出てくるような魔物はいません…よね?」


 言いながらちょっと自信がなくなってきた。一応この世界は私が知る限り魔物がいるなんて設定はなかった。ただ、エイプリルフールだから何でもありって展開は正直否定できない。現時点ですでに馬がべらべら喋ってるしね。


『聖剣の役割は聖女と同じく、世界樹の休眠を防ぐことにある。…お前は世界樹が力を失う理由を知っているか』

「力を失う理由ですか? …世界に豊穣を与えるのが世界樹ですし、力を使い果たしてしまうからだと思っていたのですが…」

『世界樹の力は世界そのものの生命の力だ。この世界のすべての生命が世界樹を通して循環している』


 循環? 消費されるものではないということ?

 私はなんとなく、世界樹自身がなんだかありがたい感じのパワーをふわっと出してくれてるんだと思ってたわ。

 これは私だけが勘違いしてたんじゃなくて、この世界では一般的な認識だと思う。だってそうじゃなきゃ『力を失う』なんて言い方しないもの。


「ええと…つまり、世界樹というのはどこかから生命力を分け与えているのではなく、この世界に存在する生命力を循環させるための装置のようなものであると?」

『そうだ。世界の生命力は常に一定量存在し、めぐっている。使い果たされることなどないのだ』

「…では、聖女の役目とは?」

『水の流れる水路に少しづつ(おり)が溜まるように、生命力の路である世界樹にも澱が溜まっていく。聖女はその澱を浄化し、流れを正常に保つための薬のようなものだ』


 わかりやすい例えだけど、わかりやすすぎて頭の中で排水口のパイプを綺麗にしてくれるあの黄色いパッケージが浮かんだわ。なら聖剣は配管用ブラシかしら。

 ……うわあ萎える……。


『……何を勝手に想像して萎えている。真面目に聞け』

「…申し訳ございません」


 クロリスは呆れたようにブルル…と鼻を鳴らし、話を続けた。


『時折聖女の力だけでは浄化しきれない事がある。例えば大きな災害や戦争などが起こり多くの生命が一度に失われた後だな。一度に多くの生命が地に還ることで循環のバランスが崩れるのだ。そしてそのように失われた生命は闇を引き寄せやすい』


 大きな災害や戦争――といってもどの程度の規模を指すのかしら。…パッと思いつく、一番時代の近い大きな戦争は二百年ほど前になるけど。…ああ、でも世界樹の休眠周期は数百年だから二百年前の影響が今出ててもおかしくないのね。


「それでは、その『闇』? を払うのが聖剣の役目だということですね」

『うむ。聖剣は剣舞を、聖女が歌を奉納するのだ』

「…では、実際に何かと戦うのではなく、儀式なのですか」


 Alice taleではアリスが世界樹の枝を祀る聖堂で歌うと枝が光を放って、それに呼応するように厚い雲に覆われた空に太陽の光が差す…という感じだった。そこに剣舞がくっつくということね。

 よかった…魔物と…あと王家とかと戦うわけじゃなくて。私がアリスを主人公と勘違いして構いすぎたせいでそんな危険なことに巻き込んじゃったのかって思ってヒヤヒヤしたわ。

 奉納という大きなお仕事があるのには変わりないけど…。


『徴は聖剣に与え、そして聖剣はすでに聖女を選んでいる。私の役目はじきに終わり、眠りにつくことになる』

「眠り…え、死んじゃうんですか!?」

『勝手に殺すな馬鹿者。クロリスはそのままだ。ただし、クロリスの中の【私】の魂が眠りにつく。そして転生を繰り返し、いずれまた必要とされるときに呼び起こされる。私はそういうものなのだ』

「…ではもう話はできなくなってしまうんですか?」

『そうだな。――だがそもそも、聖女とも聖剣とも、言葉をかわしたことなどこれまで一度もなかった。お前が異常なのだ』

「え!?」


 ちょっとまって? 普通に歴代の…って言っても聖剣の選定自体がレアケースみたいだけど、とにかく先代の聖女様たちは神馬の声聞こえてなかったの?

 ということはこうやって神馬から直々に教えを請えるっていうのはすごく幸運だってことよね。

 『生まれ変わり』という共通点がそういう奇跡を生んだのかしら。


『生まれ変わりか…もしや、お前は』


 クロリスが足を止めた。首を巡らせ、上目遣いに私の方に視線を向けた。


『――前世が馬だったのか?』

「違いますけど!?」


 真剣なクロリスの声に思わず大きな声で突っ込んでしまって、離れたところにいる騎士様たちが皆何事かとこちらを見た。嫌だわ私としたことがはしたない。オホホ…。



 私の前世は馬ではないので、今後おそらくクロリスとは会話を交わすことはできなくなる…だから、別れる前に感謝を込めてブラッシングをさせてもらった。

 昔ガレリアに現れた神馬は左耳の裏側にクローバーの葉みたいな黒い模様があったと書いてあったので確認してみたら、クロリスの耳の裏側の模様は丸まっこいハートマークだった。

 クロリスなのに可愛い、と、ちらっと考えただけなのに『無礼な』と言って頭にかじりつかれて、それを見た騎士様が悲鳴をあげて土下座されそうになったのでものすごく焦った。

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