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21 私に微百合を教えて

 結局、よく寝て、考えた結果。

 餅は餅屋。蛇の道は蛇。専門家に聞くのが一番だ。


「っていうことで私に微百合を教えて下さい」


 休暇を終えて寮に帰ってきた私は、同室のエイダ・ランクの前でこれでもかというくらいきれいな角度の最敬礼をキメていた。


「えっ…なにそれさすがに引くんだけど」

「百合の世界を知りたいんだけど、私知識ないし他に知ってそうな人もいないから…私にはもうエイダしかいないの…」

「なんかメンヘラかヒモに捕まった気分だわ…百合の世界って言われてもねえ…」


 公爵家のお嬢様でありながら作家。そして最近は百合に傾倒気味の我が友人は、自分の膝にすがりつく私の必死さに顔をひきつらせた。


「お願いエイダ。微百合っていうのがどこまでなのか知りたいの」

「えー…どこまでかって言ってもね。そういうのって解釈分かれるところだし、下手したら戦争よ?」

「解釈違いのデリケートさは知ってるわ…一般的にどういうものなのか知りたいんだけど…やっぱり難しい?」


 エイダはふーむと少し考え込んだ。


「一般的ねぇ。言うなればユディと下級生ちゃんの関係がまんまそれだと思うけど」

「えっ」

「片方が自覚しててもう片方は気付かない、けど特別感はある。――ユディ、下級生ちゃんのこと他の子よりも気にかけてるでしょ?」

「あー…うん、気にかけてるといえば気にかけてるんだけど…」


 だって落第されたら困ると思ってたから。

 それが特別かと言われると…特別ではあるけど百合感はないのよね…。


「微百合っていったらそんなもんじゃないの? 思い合ってくっついたらあんまり『微』じゃないでしょ。ほら、よくあるじゃない、女の子同士で『私が男だったら貴女と結婚するのに!』とか言い合うようなの。あれの発展型みたいなのが『微』百合かな」

「あー…あるね。うーん、でも特別感かぁ…」


 私が男だったらアリスと結婚したいか…って、そういう話ではないのよね。よくわかんないし。首をかしげる私に、エイダは「あとはー…」と他の例を探してくれている。なんかすみませんね…。


「例えば、下級生ちゃんがユディとの先約を断って、他の人との用事を優先させてたらどう思う? 勉強会しようって言ってたのに他の女の子とか男の子と遊びに行ってたら」

「…断りなしでやられたら嫌だけど、事前に断ってくれれば別に…あ、仲いい人できたんだな。よかったよかった。って感じね」

「おっと…完全に保護者目線だったわ」

「だって入学当初はアカデミアに馴染めてなくって苦労してるように見えたから…」

「んんん、そうね、彼女スタートが大変だったものね。えー…じゃあ、相手がユディのちょっと好きな人だったとしたら? その人に約束をキャンセルされて、別の人と仲良くしてるとこ見ちゃったら。そういう人いない?」

「ちょっと好きな人…」


 もしもシドニア先生が、私じゃなくて――例えばアリスと、研究室で二人で話していたら? いつも私の座ってる椅子に座って、コーヒーを…。

 それはありえない話じゃない。

 アリスはヒロインだし、私のネタゲーの方では先生ルートは存在しないんだから。


「わ、待って待ってユディ! それはちょっと好きじゃなくてガチ恋だわ。全然表情取り繕えてないから」

「えっ、あっ、え……うそ…」


 表情取り繕えないどころか若干視界がうるうるしてるのが自分でわかる。

 まじか私。まじか…。例えばの想像をしただけなのに…。

 ユニオン兄様の前で泣いてから、なんだか知らないけど涙腺がゆるゆるなのよ。


「そんなガチ恋相手がいれば特別感なんか感じないかもねぇ…ま、ユディに下級生ちゃんとの百合は向いてないってことね」


 潤んだ瞳をどうにかしようとクッションに顔を押し付けた私に、エイダは苦笑交じりの声でそう言った。――でも、それじゃ駄目なのよ…もしもアリスルートを攻略失敗したら…


「このままじゃ世界が滅んじゃう…」


 あっ、と思ったときにはもうすでに言葉が口から漏れた後だった。


「…大丈夫ユディ? 実家帰ってる間に何かあった? 事故って頭打ったとか」


 もう私は駄目です。

 こんな色々だだ漏れじゃあ貴族世界でやっていけません。

 そうだ、尼になろう。いや、この世界だったら修道女か。

 ああいや、このままだと世界滅んじゃうんだっけ。


「…ユディ、なんか悩みがあるなら聞くよ? 恋の悩みでも、その他の悩みでも…話すだけで気が楽になるかもしれないし。私は一応王家に連なるものだから口は堅いし」

「エイダ…」


 ユニオン兄様にも相談しろと言われた。そして、きっと早くから相談していたらもう少し色々上手く進んでいたのかもしれないと、後悔したんだった。

 …うん、荒唐無稽な話だけど、エイダなら受け入れてくれるかもしれない。

 彼女は型破りで、そして懐の広い人だ。


 私は決心して顔に押し付けていたクッションを離した。


 ………。


「…エイダ、その手にあるペンとメモは何」

「え? 気にしないで、これは私の手に標準装備されてるものだから」


 前言撤回。

 こいつは何でも小説のネタにしようとするやつだった!!


「口が堅いって言ったくせに! 貴女を信じようと思ったのが間違いだったわ」

「口は堅いわよ。ただ、小説のネタにしないとは言ってないわ。大丈夫、特定できないようにぼかすから『某候爵令嬢と伯爵令嬢』って」

「そういう問題じゃないから! あとあんまりぼかせてないからそれ!」

「あはは、今アカデミアに通ってる候爵令嬢なんて片手で足りる数だものね」


 私はまったくもって笑えないのだが、エイダはひとしきり笑って「あー、ユディの顔面白かった」と失礼なことを言って目尻の涙を拭った。


「小説化の話は一旦置いておいて」

「一旦どころか一生置いといて…っていうか捨ててきて」

「ほら、メモはしまったから。このエイダ様に話してご覧なさいな」

「……」


 ほれほれ、と私に椅子を勧めるエイダを見上げて(実はエイダの膝に縋り付いたあたりからずっと床に座ってた)私は「…とんでもない話だからね」と前置きした。



***



「…つまり、ユディがアリスちゃんを落とさないと世界の危機、ってことね」

「……ハイ。自分でも何言ってんだろうとは思ってます」

「うーん、そうね。荒唐無稽ってやつよね。…でも、出来事のディテールがちゃんとしてるし、『攻略対象者』に関するユディが本来だったら知らないような情報を知ってるってことは信憑性は高いと思うのよね」

「本当に正しいかどうかは確認してないからわかんないけど」

「ひとまず今聞いたところは事実だったわね」

「…公爵家の情報網怖っ…」


 エイダはうふふ~とにんまり笑った。


「でね、とりあえず気になった点をまとめるわね。まず、神馬が徴を与えて聖剣を託すと言うなら、現在アリスちゃんの元に聖剣はあるのかしら。もしあったとしたらアリスちゃんの方でもなにか探ろうと思うんじゃないかな」

「…そうね、聖剣が一体どんな形状なのかわからないけど、剣がいきなり現れたら原因を探ろうとするわね、普通」


 確かに。

 文献だと徴だけじゃなく聖剣を託すって書いてあったし、そうすると何らかの形状の聖剣的なものがアリスの手元にあるはずだわ。


「あと、ユディも言ってたけど聖剣の聖女の役目ね。本来の聖女は歌って世界樹を癒やすのが役目だとして…わざわざ聖女とは別に『剣』という概念が付け足されているっていうことは、必ず武器としての役目があるはず。剣を託されたものが何かと戦って、聖女はそれを補助するというのが一番普通のパターンだけど…問題は何と戦うのか、よね」

「…権力?」

「クーデターはやめてね…? っていうか、他の攻略対象者は全員王家寄りの人物だから王家と対立ってことはないと思う…思いたい」


 アリスの他の攻略対象者は王子二人と王子のお付きの騎士候補生。

 確かにこの三人の誰かが剣を持ったとして、王家に逆らうっていうシナリオはかなりドロドロな展開しかない。さすがにエイプリルフールネタでそれはないと思われる。


「そうなると、他国、あとは犯罪組織とかかな…。世界樹が枯れるのは周期的な問題だから別に悪の魔王とかもいないしね…」


 世界樹は数千年に一度の周期で力を失い、数百年の休眠期間に入る。休眠期間に入らないように聖女が世界樹に力を与えるという設定だった。

 この世界には聖なる力で倒さねばならないような邪悪なものが存在しているわけではないのよ。


「こうなったら一番知ってそうな人に聞くしかないわね」

「一番知ってそうな人…?」


 首をかしげる私にエイダは自信たっぷりな顔で頷いた。

 こんなことを知ってそうな人なんかいるの? 歴史とかに詳しい人…って考えてパッと思いついたのはシドニア先生だけど、先生はこのことについては知らないはず。


「いるでしょ? 徴を与えた張本人が」

「……クロリス……」


 頭の中で、偉そうな白い馬がいなないた。

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