2 これには海より深いわけが
『Alice tale~世界樹と祈りの詩』は育成シミュレーションである。
アドベンチャーパートで行動を選んで各キャラと交流し、それと並行して育成パートで能力値を上げていく。
毎年度2回、前期末と後期末に能力試験があり、そこで能力値が一定の数値を超えていないと落第。バッドエンド直行でゲームオーバーとなってしまう。
育成パートはミニゲーム方式で、タイミングよくボタンを押したり、ゲームの世界観に沿ったクイズに答えたりする。ミニゲームの成功率で能力値の上がり幅が変わるのだ。
……と、そんな風にゲーム内ではミニキャラがうごうご行動していると能力パラメーターがギュイーンと上がって行ったのだが、今ここは現実。
ダンスは自分の体で踊らなければならないし、勉強は三択クイズではない。
ついでに言うと時々ラッキーチャンスで増加率二倍とかにもならない。
全部自分の努力で伸ばしていかねばならないのだ。
私は将来楽したいとか考えているので、いい旦那を捕まえるために現在は一生懸命頑張っている。兄も優秀だったのでここで私が悪い成績を取ってエルミニア家の名前を汚すわけにはいかない。
だから成績は別に悪くないのだ。勉強はできる。外国語も主要なところは大体の会話くらいはできる。ダンスも乗馬も得意。ついでに言ったら剣術もかじってるくらい。
パーフェクトでしょう?
今気づいたけど、だから王太子妃になっちゃうのよね。こんなこと知ってたらもうちょっと手を抜いてたんだけど、覆水盆に返らずってやつだわ。
――まあそんな風に私がパーフェクトでいられるのは、身も蓋もない言い方をしてしまえば家にお金があるから。
アカデミア入学前から家庭教師についてもらって準備をして、そして当然家事やバイトなんてしなくてもいいから時間だって十分とれる。
自分の愛馬がいるし、ダンスだってパーティーにお呼ばれして実際に踊る経験が積める。
当然、そんなことはできない人だっている。
アカデミアで落第する者の大部分は、貴族の中でも資産が少ない家の子供が占めている。
学内では身分差なく、平等に、というのが理念なのでいじめなんかは(少なくとも表面上は)ないのだが、入学前に十分な教師をつけられなかった者や、家の仕事を手伝う必要があって勉強の時間が取れなかった者……など、本人の能力以外の理由で多くの生徒がアカデミアを去っていくのだ。
そんなことを、私は頭では分かっていたけどきちんと分かってはいなかった。
それに気づいたのは一人でダンスの練習をしているアリス・アスタルテを見たとき、だ。
正直、酷い出来だった。
足の運びがなっていない。体の芯がブレブレですぐに転んでしまう。基礎が全くできていないのだ。
そりゃそうだ!
いきなり上流階級の仲間入りしましたって言っても、十四まで庶民だった少女。
両親亡くして傷心のところにいきなり貴族になりました来年アカデミア入学ですって言われても、基礎を身に着ける余裕なんてあるわけが無い。
ゲームの中のアリスは周りが目を見張るスピードでめきめきパラメーターを伸ばしていたけど、やはり現実はそうではないらしい。
1年生の前期末試験の実技科目はダンスと、そして楽器演奏もしくは歌。
アリスは歌は上手いという設定だったが、課題曲は外国語のものだ。歌詞を覚え、発音を覚え……と、かなりの練習時間が必要だろう。
これは、かなりヤバいのでは。
本当は聖女様なのに1年の前期で退学で世界的バッドエンド確定?
でも、ここで今私が飛び出して行って教えます! って言っても誰だよお前? ってなるよね?
あと、忘れてたけど、私今アレクト王子殿下とその取り巻きに見つからないように物陰に隠れて移動中だったのよ。
王子に見初められたくないので物理的に視界に入らないように頑張っているの。
今、私 in 茂みの影。なんでそんなところに隠れてたんだって思われるよね普通。急に茂みから出てきて『ダンス教えるよ!』っていう人絶対ヤバいでしょ。
「……なんでそんなところに隠れているんだ、君は」
「………………!」
突然頭上から降ってきた男の声に、飛び出しかけた悲鳴を必死に呑み込む。貴族たるもの、内面の動揺を人に見せてはならないのよ。たとえ自分がどんなに怪しい行動をしている時であっても。
「……エルミニア、だったか。そこで何をしているんだ」
「シドニア先生……」
リュカ・シドニア、二十歳。男爵家の三男であるものの、アカデミアで優秀な成績を収め歴史研究でも注目を浴びている若き天才。
そして、研究の傍らアカデミアで教鞭を執っている。Alice taleの攻略対象者の一人だ。
ちなみに一応ゲームでは一通り攻略済みだが、彼は私の好みではない。なぜなら彼がサラサラのロングヘアーだからだ。
前世で毛量が多く剛毛であった私は髪を伸ばすと大爆発を起こすのでロングヘア―にあこがれつつ髪を伸ばすことができなかった。なので綺麗なサラサラロングヘア―の人にあこがれつつも憎しみを抱いて……
「あそこにいるのはアリス・アスタルテか。君は彼女のストーカーか何かか?」
「ひゃい!?」
シドニア先生は茂みの影にしゃがんでいる私の横にかがみこむと、おもむろに私の手首をつかんだ。
え? 何? なにこれ? シドニア先生は変わり者という設定はあったけど、もしかしてストーカーする人間がお好み? 性癖が特殊過ぎない?
「返答次第では警備兵に突き出すが」
あっ、ですよねー。
現行犯で確保されてただけだった。
「違います。ここにいたのはたまたまで……とにかく、たまたま見かけた彼女のダンスが覚束ないので心配になって見ていただけです」
「…………私の研究室はそこの二階でな。君が茂みの影を伝って移動していたのが丸見えだったんだよ」
そう言いながら、シドニア先生は視線をすぐ横の建物……研究棟の2階の窓に向けた。
……なるほど、そこからなら確かに私の動きは丸見えだっただろう。
「どんなたまたまで、そんな移動をするんだ? 事情を聴かせてもらおうか、ユディト・エルミニア侯爵令嬢殿」
口元は笑っているが、目は笑っていない。
というか、この人生徒のフルネーム覚えてるのね……。まあ侯爵家くらいだったら数がいないから覚えてるか。
「……これには海より深いわけがあるのです……」
「目が泳いでいる。今言い訳を考えているだろう」
チッこれだから頭がよくて髪がサラサラの奴は。
会話があるところまで更新してみました。
次回から週1、2回くらいペースになる予定です('◇')ゞ