19 おとぎ話の白馬に乗ってる方
『移動と定住 草原の国における文化の形成』
お隣の国ベスタの言葉で書かれてるこの本は、間違いなくシドニア先生が言っていた、そしてリュカ兄様が読んでいた本だわ。
ぱらり…とめくると少しだけ埃っぽいにおいがする。
著者の名前は残念ながら私の知らない方なのだけど、どうやらベスタの民俗学者らしい。その方が各地の遊牧民族の中に伝わっている伝承や風習について蒐集した話をまとめたもの。
ざっと目を通してみたところ、この本では遊牧から定住へと変化する過程で起きた風習の変化に焦点が当てられていて、伝承の方についてはそこまで詳しくは書かれていないみたい。
前にシドニア先生が言っていた情報以上の内容は書かれていなかった。
「その本を探してたの?」
床に座り込んで本をめくっていた私の隣に、いつの間にかしゃがみこんでいたユニオン兄様が話しかけてくる。
「はい…でももう少し踏み込んだ内容が知りたかったんですが…」
「それなら、同じ人が書いた本が確かこのへんに…ああ、あった」
ユニオン兄様がスッと手を伸ばして、さっき私が本を抜き取ったのと同じ棚から一冊の本を抜き出した。
タイトルは『語り継がれる詩』――確かに、著者は同じ人物だわ。
「…ユニオン兄様、この本を読んだことがあるの?」
「ん? 書庫にある本は大体読んだことがあるよ」
「だ…いたいって…この書庫の本を…!?」
「ま、目を通したことがあって大筋をなんとなく覚えてるってだけだよ。リュカみたいに色々な側面から見たりそれぞれの出来事の因果関係を考えたりっていうのは苦手なんだよね」
えーと、つまり読んだ本の内容を覚えてるけどその知識を精査したり応用したりするのは苦手、と。
いやいやいや? すごいよねそれ? 確かにアカデミアの成績は良かったし優秀な人だとは思ってたけど…。何このハイスペック兄…。っていうか初めからユニオン兄様にこういう本って知ってる? って聞けばすぐわかったってことかぁ…。
人を頼るって、大事なのね……。
「…えっと…今、世界樹の聖女の伝説の中で、聖剣や神馬が出てくるお話がないか調べているんです。どこかで見た覚えってありますか?」
「剣とか馬なら今渡したその本にあったと思うよ。うーん、あとは…」
立ち上がったユニオン兄様は他の棚に移動して、一冊の本を持ってきた。
「これくらいかな。変わった話だし、他で見たことはないよ」
「…! ありがとうございます!!」
「役に立てたならよかった」
にこりと笑ったユニオン兄様は私のおでこに軽くキスをした。
うーん、キザ臭いけど兄様がやるとすごく似合う。キラキラ感が王子様っぽいのよ、ユニオン兄様って。国を支える王子様じゃなくて、おとぎ話の白馬に乗ってる方ね。
「ユディ、僕はいつでも君の味方だからね。辛いことは我慢しないで話してくれ」
「ユニオンに言いにくかったら私でもいいからね? わかった?」
私の頭をなでるユニオン兄様の横でアルマ姉様が微笑む。
「はい…ありがとう。兄様、姉様」
***
日がだいぶ落ちて暗くなってしまったので、私はシドニア先生の言っていた本とユニオン兄様が教えてくれた二冊の本を持って部屋に引き上げた。
まずは『移動と定住』と同じ民俗学者が書いた『語り継がれる詩』。
これは口伝で伝わってる伝承をざっくりした分類でまとめたもの。で、やっぱりガレリアの伝承は『すごい馬がここで生まれたんだよ!』っていうところが重要だったみたいで、馬の描写は細かいんだけど剣とか聖女とかについては『すごい馬が選んだんだよ!』くらいの扱い。
これをまとめた学者さんも、『――大国に吸収され薄れていく遊牧民としての誇りと記憶をなんとか残そうとする抵抗が見て取れる』『――馬産地であることから馬に対する生き生きとした描写が目立ち、聖女伝説よりも神馬出生の地であることを強調する意図が強い』って書いている。
まあ、この生き生きした描写を見ると、なんとなーくクロリスっぽい雰囲気は感じる。色々細かく賛美する言い回しがされてるんだけど、己の芯たる意思を持ち気品あふれる白馬…って要は我が強くて偉そうな白い馬ってことでしょう? 人語を解するっていうところも合ってるし。
あと、見た目の特徴として左耳の裏側にクローバーの葉みたいな黒い模様があったらしい。クロリスにそういう模様があったかどうかはわかんないんだけど、今度機会があったら確認してみよう。
って言っても、聖女が時代ごとに選ばれているように、神馬も新しく選ばれてるんではないかと思うのよね。クローバーの模様が神馬の印なのか、それとも単なる個体の特徴なのかは微妙なところ。だってこの一例しかないみたいなんだもん。
他の国のどこかで同じような伝承が残ってるのかもしれないけど、少なくともユニオン兄様が目を通した中にはないと言っていたので我が家の書庫を探しても無駄ってことだし、そうなると探しようがないのよね。
ラスト一冊。これであんまり有益な情報がないと振り出しに戻るわ。
祈るような気持ちで開いたこの本の著者は歴史学者だった。
民間の伝承ではなくて書物や石板みたいな記録の残ってる内容をもとにしていた。聖剣や神馬についての記述を探してみると、草原の国を旅した人の手記やガレリアの役人の書いた記録を、歴史上の出来事やら当時の情勢なんかも織り交ぜながら解説している箇所を見つけた。
大筋は同じで、草原の国では神馬が聖剣を預ける相手を選んで、その人物が選ぶ相手が聖女となるというもの。
今までの本の伝承では『神馬は自らの意志で剣を選び、徴を与えた。そして徴を与えられた剣が聖女を選んだ』って書かれてたのよね。でもこっちの歴史学者さんの本では『徴を与えられた剣=聖剣を預ける相手』で、その聖剣を預けられた相手が選んだ人が聖女になる、と。
で、現在の状況を思い出してみましょう。
近衛騎士隊所有の白馬クロリスが言うには、アリスに神馬の徴を与えたらしい。
ちょw それww
――アリスが剣で確定じゃん。
だったらアリスが選んだ相手が聖女じゃん。
あるぇ? アリスが聖女になるはずでしょう? どういうこと?
混乱状態だけどまだ結論を出すには早いわ。だってそんな話ゲームでは出てこなかった…出てこな…ん? なんか引っかからないでもないけど…落ち着いてユディト。とにかくもう少し読み進めましょ?
『神馬の徴は〈ワタヌキの紋〉と呼ばれており、その者が聖剣を振るう時、手の甲に光と共に浮かび上がったという』
手の甲に紋が浮かび上がるって中二病チックであこがれなくもないけど、これってあれよね、絵にしたときに剣を握る手の甲って同じ画面に収めやすいっていう漫画表現的な都合を過分に含んでるわよね…。
――はっ、思わずちょっと脳内が逃避してたわ。
にしてもワタヌキって。なんで突然和風な名称なの。誰よワタヌキって。社長? プロジェクトリーダー?
ワタヌキを漢字にしたら…綿貫、渡貫、綿抜…――四月一日。
四月一日、エイプリルフール。
ちょっと待ってね、今、すごく、なんか…。
嫌なこと、思い出しちゃった…。




