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15 兄様

 ゲームで言うところの一年目が終了して、ここでアカデミアは長期休暇に入る。

 二ヶ月間のお休みで、寮が閉鎖されるので殆どの学生は領地の自宅に戻るのよ。

 事情があって自宅に帰らない人たちは宿をとったりするのだけれど。

 二ヶ月って長いと思うけど、学生によっては自分の領地に戻るために片道一週間くらい移動しないといけなかったりするから、そのくらいの期間は必要なのだ。

 ちなみに、アリスが引き取られたアスタルテ伯爵領と、攻略対象者たちのお家はみんな王都の近郊なので、ゲーム内では好感度が一番高い攻略対象者と、ちょっとしたお出かけイベントがあります。

 日帰りで行き来できるから、そういう事ができるの。


 ――え、私?


 エルミニア家は侯爵家で、地方に結構広い領地を頂いているので王都からは遠い。

 馬車で片道約一週間よ。

 そう、冒頭の学生とは何を隠そう私のこと。

 両親は王都のタウンハウスに住んでいて、領地のカントリーハウスの方は、次期侯爵となる兄のユニオンが預かっている。

 長期休暇はみんなで領地に戻って、一家団欒する予定。

 殿下たちとのちょっとしたお出かけとか無理なので、逆に安心・安全の休暇なのよ。


 聖女や聖剣のことは気になるけど、それでも、攻略対象者とのエンカウントを回避する必要のない休暇に、私の胸は踊りっぱなし。

 思わず前世のお気に入りの曲を鼻歌で歌ってしまうくらい。


「随分とごきげんだな、エルミニア」

「っ……シドニア先生……」


 油断してるときの鼻歌って、人に聞かれるとものすごく恥ずかしい。

 ましてや貴族のお嬢様は鼻歌なんて歌わないのよはしたない。

 だから、秘技『あら、なにか聞こえましたか?』の態度で通すわ。


「ごきげんよう、先生。どうかなさいましたか?」

「聞いたことのない曲だったな。しかし、鼻歌ははしたないと言われることもあるから、気をつけたほうがいいんじゃないか」


 通す前にズバリ指摘された。

 そんなこと知ってますぅー!

 でも、そこは指摘しないのが紳士の振る舞いではないの!?


「……すみません、久しぶりに故郷に戻れるのが嬉しくて。……先生はそれを、わざわざ指摘するために、わざ、わざ、お声掛けくださったんですか?」

「いや、君に用事があったんだ。君が領地に戻る前に会えてよかった。前に話した、ガレリアの伝承について書かれた本をどこで読んだのか思い出したんだ」

「! 本当ですか」


 シドニア先生ははっきりと頷いた。

 場所がわかったなら、領地に帰る前にちょっと寄って読むことが出来るかもしれない。

 そこを足がかりにして、色々調べられるといいけど……。


「ああ。なかなか思い出せないわけだ……。君の家の、書庫さ」


 キミノイエノショコ


 ちょっと脳が機能停止したみたい。うまく漢字に変換できなかったんだけど。

 ええと、ショコは書庫ね?

 ……君の、家の、書庫……?


「……私、我が家に先生をお招きしたことはありませんよ……?」

「ああ、違う。……いや違わないが。私は昔、エルミニア侯爵領のカントリーハウスに招かれたことがある。そのときに読んだんだ」

「昔……?」

「……ユニオン・エルミニア次期侯爵殿にご招待いただいた」

「……え?」


 兄様とシドニア先生の間に交流があるなんて、初めて聞いたんですけど!

 先生は確か二十歳。

 兄様は今二十二歳だから、確かにアカデミアの在籍期間はかぶっている。

 かぶってはいるけど、アカデミアの三年生と一年生ってそうそう交流を持つものじゃない。

 それにシドニア先生は陰キャで、兄様はガチガチの陽キャ。

 お家に招待する……っていうのは、兄様の性格的に大いにありそうだけど、先生の方が、それに応じるほど仲良くなる要素、ある?


「やはり君は覚えていないんだな。ちなみにその時に、君とも会っている」

「会って、る……?」


 覚えてない。

 なぜなら兄様はお友達が多くてしょっちゅう人が出入りしていたから。

 一応みなさんに挨拶はするけど、あまりに多いのでいちいち覚えていられないのだ。


 ……いや、でも待てよ?


 兄様はウェイ系ではないし悪い人でもないけど、陰キャ的には一緒にいるとちょっと疲れるタイプ。

 陽キャのお友達が多い中で、陰キャの人はそこまで多くなかった。

 その中に……シドニア……。


 い た わ。


「あの……、髪、……短かったですか……」

「あの頃はそうだな」

「眼鏡、されてませんでしたよね……」

「思い出したのか。眼鏡はしていなかったな。ユニオンに壊されたから」

「……その節は、兄が大変ご迷惑を……」

「あの時も君に謝罪されたが、君に責任はない」


 思い出した。

 兄様がアカデミアを卒業した年、アカデミアの寮の同室だったという男の子を連れて帰ってきたことがある。

 それが当時一年生……休暇が明けたら二年生になる、リュカ・シドニアだった。


 私の記憶で、今の今までシドニア先生と合致しなかったのは、見た目がものすごく違うから。

 それに名前だって、兄様がずっとリュカって呼んでたから、私もリュカ兄様って呼んでたの。

 シドニア先生のファーストネームなんて、普通呼ばないから意識したこともなかった。

 ゲーム内でも、呼び方はシドニア先生で固定だったし。

 十五歳だったリュカ兄様は髪が短かったし、眼鏡がないせいで、非常に目つきが悪かった。

 当時の私は、彼が機嫌が悪いのだと思って、初めはあまり話しかけないようにしてたくらいよ。

 ……でもね、静かに本を読んでいるリュカ兄様の横顔はすごくきれいだった。

 角度によって、銀色にも鈍色にも見えるグレーの髪が顔にかかってるのを見るのが好きだったの。

 金色の瞳は冷たい印象で、目つきは悪いんだけど、ふとした瞬間に目元が緩む時があって、そうすると太陽みたいで……


 …………あっ、私の初恋、シドニア先生だった。


「……エルミニア? 大丈夫か、顔が赤くなっているが」

「だっ……だいじょうぶですリュカ兄様……っ」

「……その呼び方は懐かしいな」


 シドニア先生は、少しだけはにかむような表情で、ふ、と笑顔を浮かべた。

 無理。オーバーキル。さよなら世界。

 誰もいなかったら、この場に大の字に倒れて絶叫しているところです。


 同じ人に、二度も恋してしまった。

 しかも、名前を知ってるにも関わらず、全く気付かずに。

 そして慌てすぎて出てきた昔の呼び名。

 口に出すと、一気に当時の甘酸っぱい憧れとか、淡い恋心とか、そういうものが蘇ってきて……つまり、恥ずかしすぎて死ぬ。


「すみません……。忘れていたわけではないんですけど、本当に、シドニア先生とリュカ兄様が同一人物だと気づいていませんでした……」

「五年も前に数週間滞在していただけだし、私はほとんど書庫にこもっていたから、覚えていないのは仕方がないさ。ユニオンはしょっちゅう友人を招いていたし。……まあそれよりも、書庫の話だ」

「あっ、ハイ」

「エルミニア家の書庫には、国外の書物が多く蔵書されているだろう? 私が読んだのも、その中の一冊だった。タイトルは確か『草原の国における文化の形成』という感じだったと思う」


 脳内のお花畑の真ん中で、必死にさっき死んだ自分の遺体を埋めるための穴を掘っていた意識を、無理やり切り替える。ええと草原の国ね。

 ……草原の『国』?

 草原『地域』ではないのね?


「……ベスタは大部分が熱帯地域ですし、草原というよりも、森の国といったほうがふさわしい気がしますけど……。草原の国というのは、ガレリア地方単体を示すのですか?」

「ああ。改めて調べたんだが、ガレリアはもともと遊牧民族の国家だったんだ。それがベスタに吸収されて、今の形になった。草原の国というのは、遊牧民達が自称していた国名らしい」

「では、ガレリアというのは、吸収後につけられた名前なんですね?」


 ははあ、道理で『ガレリア』で調べても、いまいち昔の情報が見つからないわけだ。


「そう。だが、遊牧民族だったのもあって、肝心の吸収以前の記録はほとんど歌や口頭伝承で、文字の資料が殆ど残っていないらしい。それでも同じ書庫の中に、その口伝をまとめた本があったと記憶しているから探してみるといい」

「わかりました。ありがとうございます、シドニア先生!」

「いや。帰ったらユニオンによろしく伝えてくれ」

「よろしくなんて伝えたら、多分大喜びでカントリーハウスへの招待状を送ってきますよ」

「……あり得る……が、まあ……それも悪くないな」

「まあ!」


 おとなしめの人たちからは大抵「悪い人じゃないのは分かってるんだけど……ねえ?」と濁されがちなのに、悪くないって言ってくれる人がいたわ! おめでとう兄様!

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