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10 聖剣

 私の頭の中にテレパシーで偉そうなメッセージを送ってくる白馬こと、クロリスは騎士に連れて来られると、満足げにぶるるっと鼻息を吹きかけた。

 ……私の顔面に。


「……お茶目な馬、ですね」


 鼻息の風圧で乱れた髪を手櫛で整えながら私は無の境地で微笑みを浮かべる。


「エルミニアは彼に気に入られているようだな」

「そうだな、クロリスがそれほど親し気にふるまうのは初めて見た……」


 微笑む私の側頭部をクロリスは鼻でツンツンとつつく……というか、どついてくる。

 それを見たアレクト殿下が感心したように、ロベルト殿下は悔しそうにそれぞれ呟いた。

 気に入られて? 親し気?……馬鹿にされ、からかわれての間違いでは? よく見てよ私どつかれてグラグラ揺れてるんですけど!


「彼な、ら、アリスさんっ……も……ちょっ、とクロリス……話をしたいのでつつくのはやめてくださるかしら」


 しつこくつつかれて言葉が途切れる。さすがの私も笑顔の維持に支障をきたすレベルだわ!

 ほらぁ、騎士の皆さん顔をそらして笑ってらっしゃるじゃない!

 悔しそうにしてたロベルト殿下すら肩が震えているわ。


『やはりおかしな小娘だ。中身が異質だが、取り憑いているわけではないのだな』

「えっ」


 どつく……もとい、つつくのをやめたクロリスがぶるるといななき、そんな言葉が脳裏に響いた。

 中身? 取り憑く? なんのこと?


『まあいいさ。そこの娘を乗せて走ってやればいいのだろう? ちなみに私の言葉にあまり反応すると、今以上に奇異の目で視られることになるぞ。私の声は他の者には聞こえておらぬからな』

「今以上……」


 今以上に奇異の目ってどういうことよ。

 既に今がおかしいみたいな言い方しないでくださいますか。

 でも、クロリスの言うように他の人たちには彼の言葉が聞こえていないようだ。私は出かかった言葉を呑み込んで、アリスの方に向き直った。


「アリスさん、こちらへ。私が抑えていますので――よろしいですか、副隊長様」

「……ええ、驚くほどおとなしくしていますね……お願いします」


 副隊長様が頷くのを確認して、アリスに目くばせをするとアリスは小さく深呼吸をした。

 そして背筋を伸ばすと、しっかりした歩みでこちらへ向かってきた。


『なるほど、やはりこれは聖剣か――これは普通の馬では怯えてしまうな』


 聖剣……?

 もしかして聖女の聞き間違いかしら。クロリスはアリスが聖女であることを知っている?

 私が驚いてクロリスの顔を見ると、クロリスの目はじっとアリスの方を見つめていた。

 その視線を受けたアリスがクロリスの側に立ち、そしてもう一度深呼吸した。


「……なでさせてもらってもいいですか?」


 少しおずおずと、それでも優しく微笑みながらアリスがクロリスに話しかけた。

 はい天使。ぐうかわ。眼福だわ。この場面のスチルを希望するわ。表情差分も用意してちょうだい。

 

『小娘、言いにくいが……私はお前の考えていることが聞こえている』


 ぶるる……とアリスがなでやすいように頭を下げたクロリスから、衝撃の言葉が告げられた。


『スチルというのはよくわからぬが……少し落ち着きなさい』


 OK。死ぬわ。


『落ち着けと言っただろう』


 はーあ?

 これが落ち着けますか?

 私が心の中でアリスを愛でていることも王子殿下たちや騎士様たちを目の保養にしていたこともすべて聞いてたってことでしょう?

 無理。無理。ムリ。どうせ言いふらすんでしょう!? 聖女とか呼ばれていい気になってだっせえとか!


『別にお前は聖女と呼ばれてもいい気にはなっていないだろう。それに私の声はお前以外に聞こえていないと言っただろう。言いふらしようがないではないか』


 え、馬仲間とかに……?


『馬はお前の考えていることなど興味を持たん』


 ……そりゃそうだわ。

 ごほん、ちょっと取り乱したわ。


「あの、ユディト様……?」

「あっ、ごめんなさいアリスさん。問題なく触れましたね!」


 私はクロリスの肩に押し付けていた顔をぱっと放してアリスに向かって微笑む。

 そう、平常心よユディト・エルミニア。

 相手は馬よ。別に馬に笑われてもエルミニアの家の名を汚すようなことにはならないわ。

 それよりも今はアリスのことを考えなきゃ。


「では、次は乗り降りの練習をしてみましょう。踏み台を持ってきていただけますか?」


 騎士様たちに向けて微笑む。乗り降りができたら次は紐付きで常歩の練習……。

 私はこのあとの手順を頭の中シミュレートしながら整理する。

 ……あ、違うわ。この先はロベルト殿下に譲らなきゃ。

 ねえクロリス、さん。

 ロベルト殿下と交代して大丈夫?


『別に構わぬ。他の馬も私が触らせたことを見ていたから先程のように恐れたりはしないだろう』


 私はその返事に軽く頷いて、ロベルト殿下の方に顔を向けて呼びかける。


「ロベルト殿下。この先の指導は私よりも指導に慣れておられる殿下の方が適任だと思います」

「……だが、私では馬を落ち着かせることが……」


 ロベルト殿下は悔しそうに顔をゆがめた。

 困ったわ、すっかり自信喪失してしまったみたい。

 私はクロリスの手綱を騎士様に預け、ロベルト殿下の方へ向かう。


「クロリスはとても落ち着いた良い馬ですね。私がいなくとも、彼であればきっとアリスさんも始めから問題なく触ることができたと思いますよ」

「そんなはずは……」

「――これは秘密の話ですが、私は、人と馬の相性の善し悪しが、他の方たちよりも少しだけよくわかるのです。でも初心者の方への指導となるとそう上手くはいきませんから、殿下のお力が必要です」


 私はいかにも秘密を共有するように目を伏せて声を抑えて囁いた。


「……なぜ、秘密にする必要がある」

「だって、私は乗馬の才能があるなどと言われていますけど、ただ私と相性のいい子に手伝ってもらっているだけなんですもの。なんだかずるしているみたいではありませんか?」

「相性の見極めも才能のうちだろう。……私はエルミニアの乗馬姿を見たことがあるが、美しかった」

「まあ……殿下にそういってもらえると嬉しいですわ……」


 乗馬や馬術で有名なロベルト殿下に褒められるのは本当に嬉しい。

 彼はあまりお世辞を言う器用なタイプではないから本当にそう思ってくれていたのだ。思わず私は笑顔になる。

 すると、ロベルト殿下はバッと勢いよく下を向いてしまった。

 あれ、怒らせちゃった……?


「……っ、わかった、指導は代わる。――アスタルテ、怖がらずにたてがみを掴め。多少引っ張っても問題ない」

「は、はいっ」


 顔を上げたロベルト殿下は少し涙目だったように見えたが、気のせいだろうか。

 少なくとも怒ってはいないような雰囲気でホッとする。

 これでアリスがうまくクロリスに乗れるようになって、そしてクロリスの言うように他の馬も態度を軟化させてくれれば万々歳というもの。

 ――それにしても、なんで私とクロリスの間で会話が成立するのかしら。

 それに、聞き間違いでなければ彼はアリスのことを『聖剣』と言った。

 聖剣だから普通の馬が怯えるというようなことを言っていたけど、聖剣と聖女は違うものなのかしら……。

 聖女だったら、怯えられる理由なんてなさそうだし。


 うーん、後でゆっくり話をしたいけど、近衛騎士隊の馬と会話する時間ってどうやって作ればいいのかしら……。さすがに馬とのアポイントメントのとり方は学んだことがないわ……。

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