1 Alice tale~世界樹と祈りの詩
あまり難しく考えずに読めるラブコメっぽいお話が書きたいなと思って書き始めてみました。
更新ペースは週1くらいの予定です。
よろしければお付き合いください('◇')ゞ
『Alice tale~世界樹と祈りの詩』、というゲームがある。
物語はアリスという十四歳の少女が伯爵家へ引き取られることから始まる。
庶民として暮らしていたアリスは両親を事故で失くしてしまう。そして悲しみに暮れながら遺品整理をしていると一通の手紙を見つけるのだ。
アリスに宛てられたその手紙を書いたのは両親。
その中で、実はアリスの父は伯爵家の次男であったこと、母は敵対する派閥の侯爵家の娘であったことが明かされる。敵対関係であったことから彼らの結婚は反対され、それでも愛し合っていた二人は駆け落ちして辺境の地に逃げのびた。
そして、長い時を経て両親とその家は和解していたこと、それでも二人は辺境の地で生きるのを選んだこと――ただし、二人にもし何かが起こって、娘のアリスが一人遺されるようなことがあれば父の実家である伯爵家、アスタルテ家が引き取るという約束を交わしていること。
そういったことが書かれていた。
そして少女、アリスは『アリス・アスタルテ』として新たな人生へと踏み出すのだ。
この国では十五歳になると貴族の子女はアカデミアへと入学することになっている。そこでアリスは様々な人々と出会い、そして恋をする――
それが『Alice tale~世界樹と祈りの詩』のお話。
私はそのゲームが好きで、もちろんエンディングはコンプリート。
推しはメインヒーローの第一王子で正統派さわやかイケメンのアレクト・アタナシア。
このゲームの他の攻略キャラは、アレクトの弟で俺様タイプの第二王子ロベルト・アタナシア、堅物騎士候補生のフロディン・メルボルトなど……まあそれはいい。今は置いておこう。
主人公のアリスは十五歳の春、アカデミアに入学する。
クリーム色のふわふわした長い髪をハーフアップにして母の形見である花をかたどった髪飾りで纏め、くりっとした大きな瞳は優しい森の緑色。小鹿のように華奢だけど、まっすぐしたきれいな立ち姿は可憐さの中に芯の強さをうかがわせる。
一言で言って可愛い。貴族の子女という、それなりに美女美男が集まる入学式の新入生の中でも彼女はひときわ目を引いていた。
在校生代表としてあいさつに立った私の推しのアレクト王子も、一瞬彼女に目を奪われていたくらいに。
で、それを語る私は誰かって話よ。
私はユディト・エルミニア。侯爵家の長女でアリスの一つ上の十六歳、アカデミアの2年生。
そして、『Alice tale~世界樹と祈りの詩』においてアリスとアレクト王子を奪い合う恋のライバル。
だということを、アリスを見た瞬間電撃のように思い出した――多分、転生者。
いまいち前世の記憶はないくせに、アリスを見た瞬間にゲームのスチルとか内容をばっちり思い出した。いっそ気絶したいけど私は誇り高き侯爵家に属する者。そんなひらひらと倒れてなんかいられない。
アレクト王子のありがたい挨拶はまだ続いているけど、私の頭の中はゲームの内容を思い出すので必死だった。
だって、私は主人公じゃない。
私は主人公のライバルキャラ。一応悪役令嬢ではないので断罪エンドとかはない。……が、もし主人公のアリスがアレクト王子以外を後略対象に選んだ場合、自動的に私はアレクト王子と結ばれることになっている。
自動的に第一王子の妻……つまり王太子妃。
王太子妃ってことは未来の王妃殿下で国母様。国の中枢を支える重要なポストだ。
いやいやいや勘弁して!!!??
確かにゲームをやってた時はアレクト王子が推しだった。別にエンディング後のことなんて考えなくていいから無邪気に正統派王子の甘い言葉やデレを楽しんでましたよ。
でもね、現実問題で王太子妃っていうポストは重責すぎる。
私は侯爵家の娘で、王子殿下たちと歳が近いこともあり陛下や王妃殿下に御目通りを許されたことも何度かあるが、正直あの方々と姻戚関係になるとか考えたくない。国家間のみならず国内、王室内のパワーゲーム、まじ怖い。
私の夢はそれなりに金も力もある地位の高い伯爵家当たりの後妻に収まって悠々自適に暮らすこと。家は兄が継ぐことが決まっているしすでに優秀で素敵な婚約者のお義姉様(予定)もいるので安泰。だから私はのんびり暮らしたいの。
確かにアレクト殿下は素敵な人だと思うし、今でも推しだけど、あくまでそれは恋愛とは別の感情である。私はガチ恋勢ではないのだ。
ついでに言うと、ヒロインのアリスも大好きだった私はやっぱり、推し×ヒロインが見たい。推しが微笑むのは私相手ではなくヒロイン相手じゃないとだめなのよ!
というわけで、私がやることは大きく三つ。
1 アリス・アスタルテをアレクト王子殿下とくっつける。
2 もしアリスが他の攻略対象者を選んだ場合に備えてアレクト王子殿下と私のフラグは全力で折る。
3 アリス・アスタルテを落第させない。
全部重要。なんだけど……実は3が最重要だ。
その理由はこの世界のあり方にある。『Alice tale~世界樹と祈りの詩』のタイトルに出てくる世界樹というのが曲者なのである。
この世界には世界樹が存在している。
前世の世界でも様々な神話で語られている世界樹は文字通り世界を支える根幹となる存在である。
だが、この世界では現在、世界樹は力を失いつつある。
今私がいるこの世界がゲームの世界そのままだとしたら、という注釈はつくけれど。
世界樹は数千年に一度の周期で力を失う。そして数百年の休眠を経て再び息を吹き返す……と伝えられている。その休眠期間、世界は世界樹の恩恵を受けることができない。世界樹の恩恵とはつまり、大地の豊かさだ。
雨は枯れ、またはやむことなく降り注いで土地を疲弊させ、作物は実らず、疫病が流行り――世界樹が眠りにつけば、たくさんの人々が、動物たちが、命を落とすことになるのだ。
それを防ぐ手立てが一つだけある。それが『聖女』。
世界樹が力を失い始めるとき、聖女が世界に生まれる。
聖女は不思議な力を持ち、彼女の紡ぐ旋律は世界樹に力を与えるのだ――。
ここで話をゲームのストーリーに戻す。
ゲームを進めると、ヒロインのアリス・アスタルテが聖女であることが明らかになる。そして世界樹に詩を捧げることで世界は救われ、豊穣に満ちた未来を約束される……というのが大筋の流れ。
アリスが誰と恋仲になろうがその流れは変わらない。
が、一つだけ全ルート共通のバッドエンドとして、落第エンドが存在する。
アカデミアは基本的に落第、即、退学である。
アカデミアを卒業すると国の重職に就くことが約束されるのだが、その分容赦がない。
学力が足りない、もしくはなにかしら光る一芸を持っていない者はアカデミアから除籍されてしまうのだ。
多分ゲーム的には追試とか留年というシステムの導入にリソースを割かなかっただけなんだろうけど。その開発費的な都合のせいで、ものすごくシビアな進級制度になってしまっているという……。
アリスが聖女であることが判明するのは最高学年である三年生の後期。その途中で彼女が落第してアカデミアを追われてしまうと、聖女であることは永遠に明らかにはならず、聖女が現れなかった世界は世界樹の休眠とともに衰退の道をたどることになる。
だから私が果たすべき役目として3が最優先なのだ。出来れば1の王子殿下とくっついてくれれば万々歳。
私は影に日向に、アリス嬢の恋を誘導……もとい、応援するのだ。
だけどこの世界、ゲームの世界ではなくて現実世界なのよ。
私がゲームの中のユディト・エルミニアとは違ってアレクト王子に恋をしておらず、王太子妃の地位に就きたくないように。
十四歳まで庶民として暮らしていたアリス・アスタルテが、たった一年の準備期間だけで貴族の学校に放り込まれてうまくやっていけるわけがないように。
あれ……もしかしてこの世界、詰んでない?