98 会議
ちょっと、流行病に罹ってダウンしてました
「......ソフィア達は何も聞かされていません。まずは話を伺いましょう」
「そうだね。といっても、言わなければいけないことは沢山ある。まずは何から聞きたい?」
「契約者」
黒パーカーの問いを受けたソフィアは俺の方を見てきた。どうやら、俺が答えろということらしい。
「アデルはもう、全部、聞いてるのか?」
「ああ」
そう答える彼の表情は何だかとても硬かった。
「成る程。次の質問だ。黒パーカー、いや、クラインか。アンタは一体、何者なんだ? クララの話によるとかなり前からクリストピア王国で暗躍していたみたいだが」
裏でクリストピアの革命勢力を支援していたり、クララを革命家に導いたり、先の内戦でも近衛騎士とクララを支援していたり、クラインはあの手この手でクリストピアの王政を廃そうとしていた。
恐らく、それらの行為は彼女が共和化したクリストピアから支援を受ける為にしたことなのだろうが。彼女が何者なのか、それだけが分からない。ただの革命家には思えないのだ。
「黒パーカー、と、引き続き呼んでくれても構わないのだけどね。......私は三勇帝国のレジスタンス組織の副代表兼化学者、アンネリー・アハト・クライン。君達が考えている程、ミステリアスな存在でもなければ、立派な存在でもないよ」
そう言って彼女はドミニクが俺達に淹れてきてくれた紅茶に口を付けた。
「化学者、ね。この前、アンタが使ってた道具は全部、アンタの手作りって訳?」
「ああ。私はレジスタンスの指揮を裏で取りながら、此処、ブラモースの領主であるフロレンツィアの館で研究をしているんだよ」
「その研究、というのは革命のための?」
俺の問いに彼女は頷く。
「敵は腐っても八つ首勇者、その事実は君達も先の内戦で痛い程、理解した筈だ。馬鹿げた運動神経と力、そして剣技で敵を圧倒する壱の勇者、無尽蔵の魔力で味方を回復、敵を妨害し続ける参の勇者......化学にも縋りたくなる」
神に縋るのではなく、化学に縋る、というところからも彼女の現実主義的な性格が伺えた。ブラモースの領主や帝国軍の一派を味方に付け、化学を研究し、クリストピアからの援軍も得る、とは徹底している。
「三勇帝国って、壱と参と伍の勇者が君臨してるんでしょ? 伍は?」
「『筆』か。ある意味、彼が一番、脅威かもしれないな」
南方帝国軍総司令官コルネリウスが難しい顔をしながらそう言った。......肩書きゴツ過ぎるな。
「筆?」
「伍の勇者の異名だ。彼の勇者は武器を扱うことが出来ない。伍が使うのは筆、即ち戦略だ。第一、第二次人魔大戦時にも伍の筆が描く戦略に沿った作戦は魔族に対し、大きなダメージを与えた」
「何も伍が秀でているのは戦の才だけではありません。伍は政治の才にも生まれつき恵まれており、この腐敗しきった帝国が瀕死になりながらも、息をしているのは全て彼の力によるものと言われています」
コルネリウスとフロレンツィアが首を傾げるフランにそう説明した。それだけ聡明で、政治の才に秀でているのであれば、伍の勇者はこの国の可笑しさに気付いている筈だ。彼は一体、どんな気持ちでこの国に君臨しているのだろうか。
「ふーん。でも、八つ首勇者、それも弐の勇者みたいに鍛錬を重ねてないような奴ら三人なら普通に勝てそうな気がするけどね。私と弐の勇者......癪だけど、この黒いリボンの奴も居るし」
「心強いよ。クリストピアの時のようにこの革命は極めて短い期間で行われなくてはならない。クリストピアに目を光らせて貰ってはいるが、他国に介入されたら目も当てられないからね。少数精鋭による部隊で宮殿を奇襲し、短期間で勇者を倒す、これが君達に頼みたい仕事だ。勇者さえ倒してくれれば、後のことはレジスタンスの代表であるフロレンツィアとコルネリウスの部隊に任せられる」
ソフィアは俺と一緒に行動しなくてはならないため、必然的に俺もその『少数精鋭による部隊』とやらに混ぜられることになるのだろう。......今まで何やかんやで数々の死線を乗り越えてきたのだ。大丈夫大丈夫、多分。
「あー、スムーズに進んでる話に横槍入れるようで悪いんだが、ちょっと良いか?」
今まで黙っていたユリウスが手を上げて発言した。
「発言を許可するよ、兵長様」
「何でお前が仕切ってんだよ......。少年と、黒髪の嬢ちゃん、金髪の嬢ちゃん、アンタら赤旗嬢の名前ちゃんと聞いたか?」
「赤旗嬢って、黒パーカーのことよね? 聞いたわよ。アンネリーでしょ」
フランの答えに不満足だったらしく、ユリウスは首を何度も横に振る。
「ああん、違う違う違う。フルネーム」
「アンネリー・クラインだろ?」
「いや、忘れてやんなよ! ミドルネーム入ってただろ!」
「アンネリー・アハト・クラインです、契約者」
「アハトぉ?」
俺はそう言ってジッとアンネリーの顔を見つめる。彼女は俺の視線に気付いたらしく、キョトンと首を傾げた。
「あっ......スゥッ」
そして、自分が見逃していた恐るべき真実を悟った。『アデル・アハト・ベルガー』、『オーガスティン......もとい、サイズ・アハト・アーベントロート』、『ルイズ・アハト・ルフェーブル』、沢山の人物の名前が俺の頭の中を駆け巡った。
三勇帝国で、アハトで、レジスタンス......アレかあ。
「契約者には以前、『四勇帝国』が『三勇帝国』になった経緯を話して頂きましたね。確か、悪政を敷く帝国を変えようと、四勇者の一人、『捌の勇者』が反乱を起こし、戦死したとか。その時、捌には子が居らず、捌は完全に途絶えたと聞きましたが」
ソフィアも俺と同じように黒パーカーへと視線を向け、続いてフランも黒パーカーへと視線を向けた。
「きっと、その代の捌は死を覚悟していたのだろう。その気持ちを紛らわせるため、異性の体を求めたとしても何ら、不思議ではない。彼の愛人の子は捌の勇者の自覚さえ持たぬまま子をもうけ、またその子と同じように子をもうけた。そうして、捌の力は現代にまで継承され続けた」
アンネリーが不気味な笑みを浮かべながらそう言った。まるで俺達がどんな反応をするかを試すかのように。
「ふうん。成る程な」
「それで何故、現代の捌の勇者はその力を自覚したのでしょうか」
「先祖のしたことをなぞるかのように、革命を起こそうとレジスタンスの副代表にまで上り詰めた理由は何? 使命感? でも、アンタ、使命とか感じなさそうよね」
「......え」
俺達の反応を目の当たりにした彼女はそんな声を漏らした。
「驚かないのか......?」
ユリウスが若干、俺達を警戒するようにそう聞いてきた。
「んー、まあ、ちょっとは驚いたぞ? 捌の勇者、俺の憧れだったし。お会い出来て光栄だ。これで壱と伍に会ったら八つ首コレクションが殆ど完成する」
サイズは肆、アデルは弐、ルイズは参、アンネリーは捌、フランとソフィアは漆の勇者の臓器を用いて作られた存在、此処に壱と伍が加われば残すは陸のみ。彼もサイズやアデルと同じく、消息を立っているタイプだが、この感じだと何時かは会えそうだ。
「おい、アデル」
「何だ、ユリウス」
「コイツらおかしい」
「......ふっ。今更だ」