95 ヴェハム
俺達の乗った車は門を通って巨大な屋敷の敷地内に入っていく。そして、車は無駄とも言えるガラ空きの巨大な駐車スペースで止まった。
「はい。ブラモース地方の州都、ヴェハムに到着だぞ」
バンっと勢い良く扉を開けて、車から飛び降りたユリウスがかなり高いテンションでそう言った。俺達も車の運転手に扉を開けてもらい、外に出る。
「この屋敷は?」
俺達の目の前に聳える学校のような横長の屋敷を指差して俺は聞く。
「今日、泊まるところ。此処、ヴェハムの領主の屋敷なんだよ」
「へえ」
「反応うっすいな」
「いや、俺達、クリストピア城に泊まったことあるし......」
不味い。どんどん俺の感覚と一般人の感覚との間に乖離が生じている。どうしたら良いんだ? これ、もう何が現れても動じない気がするんだが。
「かはっ。確かにそうだわな。クララ嬢やらクロード嬢とも仲良いみたいだし」
「クロード男だけどな」
「......は?」
「え?」
なんて会話をしつつ、屋敷の扉を目指して歩いていると白い髭を蓄えた初老の男性が現れた。
「皆様、お待ちしておりました。私、執事のドミニクと申します。どうぞ、お荷物を此方へ」
「......凄い。滅茶苦茶執事だわ。爺と違って気品がある」
不死族のお姫様がそう言うのだ。ドミニクの『執事力』はかなり高いのだろう。執事に会ったことなんて殆ど無い俺ですら、肌で彼が本物であることは分かった。
「お褒め頂き光栄です。フランチェスカ様」
「あ、私の名前知ってんのね」
「ええ。既にクライン様よりお聞きしています」
「......と言うのは?」
クライン、というのは特段、珍しい苗字ではない。一体、何処のクライン様なのだろうか。
「はて、クライン様と皆様はお知り合いとお聞きしておりましたが」
「「「え?」」」
クラインという名前に聞き覚えはないし、そもそもこの三人の共通の知り合いはかなり限られている。
誰だクライン。
「......来たね。ようこそ」
俺達三人が顔を見合わせていると、屋敷の扉の方から少女が現れた。ソフィアを思わせる美しい短髪の黒髪と青い瞳、そして、着ている黒パーカーには見覚えがあった。
「く、黒パーカー!? アンタ、こんなところに来てたの!?」
フランが目を丸くして言う。
「クライン様、屋敷の中でお待ち頂く筈では......」
ドミニクは突如、現れた黒パーカーに礼をすると少し不満そうにそう言った。
「気が変わっただけ。悪いね、ドミニク。......弐の勇者、アデル・アハト・ベルガーが中で待っているよ。さ、入って」
「何気に久しぶりだな。赤旗嬢?」
「この前、クリストピアに行った時はあまり会えなかったからね。久しぶり。兵長様」
顔見知りらしい二人はお互い、絶妙な距離感の挨拶を交わした。俺達は彼女に言われるがまま巨大な屋敷の中に案内される。中に入ると、王都で泊まったホテルを思わせるような、豪華な内装の屋敷に驚かされた。
単に俺の見る目が無いだけかもしれないが、王城と比べても見劣りしないように感じた。
「三人とも、着いたか。先に行ってすまなかった」
案内された客間の長机にはアデルの他に、若い金髪の女性と茶髪の中年男性が座っていた。
「お、おう。......お二人は?」
俺の質問に女性が席を立ち、頭を下げた。
「ブラモース地方の領主、フロレンツィア・ベルツと申します。この度はクリストピアからのご足労、誠に感謝致します」
続いて同じように男性が立ち、頭を下げる。
「南方帝国軍総司令官、コルネリウス・アスマンだ。フロレンツィア殿も仰られたが、この度の助力、心より感謝する」
......エディアとサイズに会いたいなあ。