89 操り人形
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
頭を下げるソフィアに俺は続いた。
「あ、い、いえ、というか、その、私達、口止めのために殺されたりは......?」
酷く怯えた様子でクララがそんなことを聞いてきた。どっちかと言うと、殺されそうなの俺なんだけどなあ。
「そ、そんなことする訳ないじゃないですか! てか、俺こそ、悪魔と契約していることが国の重要人物にバレて、生きた心地がしていないんですが」
「別に何か悪いことをしている訳ではないですし、世間にバレなきゃ大丈夫ですよ。それに、悪魔に守られている契約者さんに手出しなんて出来ませんし......ね、クロード?」
「え、ええ......ああ、そ、そうですね」
クロードは心此処に在らず、といった様子で放心していた。クララには元からバレていたみたいだが、クロードは今、知ったんだもんな。そりゃ、そんな反応にもなるか。
「アンタ達、結局、契約解除しなかったのね」
革命の指導者と軍部のトップがダウンしている横からフランがそんなことを言ってきた。口を封じていた魔法は自力で解けたものの、身体を拘束する魔法は解けていないらしく、依然として地面に転がったままだ。
「俺とソフィアの固い絆はそんなことで切れはしないってことだよ」
「結構、切れる寸前まで行ってましたが」
「シャラップ」
「......貴様らなど、直にディーノが殺してくれるだろう」
フランと同じように口封じの魔法を解いたらしいルドルフが舌打ちをしてそう言った。
「ディーノならさっき、俺にソフィアの居場所を教えて連れていってくれたぞ?」
「「は?」」
ルドルフとフランの声が重なる。
「何やってんのよアイツ」
「裏切り者め......ワシらのことを見捨てたのじゃな」
二人は苛立った様子でそう言う。特にルドルフは目の奥に怒りの炎を燃やしていた。
どうやら、ディーノの見せた奇行の意図は仲間である二人も理解出来ていないようだ。
「あ、あの、ソフィア殿......」
不死族二人とそんな話をしていると、クロードが弱々しく手を上げた。
「何でしょうか」
「確認ですが、その、ソフィア殿は本当に悪魔なんですか?」
「ええ」
「何故、人間界に?」
「人間界の情報収集のため、でしょうか。契約者と契約を交わしたのはその人間界を上手く渡り歩くためです」
自分が此処にいる理由を涼しい表情でクロードに話すソフィア。そんなにペラペラ話して良いのだろうか。
「にわかには信じられませんが、弐の勇者であるアデル殿と元から知り合いだったようですし、あり得ないことではないかも......」
思っていたよりクロードとクララから悪魔への敵愾心が感じられない。意外とこんなものなのだろうか。
宗教家であれば当然、幼い頃から刷り込まれるであろう魔族に対しての憎しみのようなものが無宗教の国民が大半を占めるクリストピアでは薄いというのも理由かもしれない。
「アンタ達、私達も魔族なのよ。悪魔だけじゃなくて、不死族にも構いなさい」
「だってお二方、ソフィアさんに拘束されてるし。弱そうじゃないですか」
「チッ。ああん!? これでも、そこの陰気な悪魔を追い詰めたこともあるのよ!? 軽視してたら痛い目見ることになるわよ人間!」
「はいはい、そうですねー」
クララのフランへの対応が酷い。一応、その娘も何ちゃらノ魔王か何かだぞ。確か。
「......ソフィアの正体について誰にも言わないよう、契約を結ばせて頂いても宜しいでしょうか」
ソフィアはピリついた雰囲気を纏いながらクロードとクララにそう頼んだ。
「断ったら?」
クロードが聞く。
「お二人には特に何の不利益も生じません。ソフィアと契約者の契約が解除になるだけです」
クロードとクララに正体がバレたことに関しては絡め手を使ってどうにか誤魔化し、契約を継続する方向に持って行くことが出来た。しかし、それもクロードとクララがソフィアの正体について誰にも言わないと、誓ってくれる前提での合意である。
流石に二人がソフィアの正体について他の者に言い触らしたりすれば、契約解除は避けられないだろう。
「ただ、俺達的には契約してくれたら嬉しいなあ、って感じなんですよね〜」
俺は精一杯の笑顔で媚びるように言う。一度、契約解除の危機を乗り切ったのに結局......なんてことになったらたまったものじゃない。
「私は勿論、オッケーです。元から誰かに言うつもりなんてありませんし。ねえ、クロード?」
クララがサラリと言う。
「......そ、うです、ね。うん。以前なら国内に魔族が潜伏しているのを知りながら黙っているのはボクの立場上、宜しくなかったんでしょうが、どうせ、内戦が終わったら近衛騎士も解散でしょうし。それにお二人は大事な友人なので協力します」
クロードは柔らかい笑みを浮かべた。思わず涙が出そうになる。
「ありがとうございます。本当に」
俺は二人の手を握り、握手を交わした。緊張していたのだろう。俺は安堵と同時に大きなため息が出た。
「では、契約魔法を......」
「待ちなさいよ」
ソフィアが二人に契約魔法を掛けようとすると、フランがそれを静止した。
「何ですか? 話の妨害をするならその口、もう一度、塞ぎますよ」
「違うわよ! アンタ、その二人に話していないことがまだあるでしょ! 私との関係とか、アンタの本当の正体とか、どうせ言うならそこら辺も話してあげなさい! 何か、こっちがモヤモヤするから」
フランの言葉に俺は確かにと頷いた。二人はソフィアが純粋な悪魔ではなく、漆の勇者の力を元に生み出された『首切り魔王』だということも、フランとルドルフがどういう理由で拘束されているのかも知らないのだ。
どうせ話すのなら其処まで話すのが筋だろう。
「......そうですね。貴方に言われるがままのようで癪ですが」
「待って。まだ、あるんですか!?」
クロードがふざけるなと言わんばかりに叫ぶ。
「クロード、シーッ。外に聞こえますよ。私の持っている情報はソフィアさんが悪魔だということだけなので、私もその話には興味がありますけど」
クララが知らなかったということは黒パーカーも首切り魔王については知らない可能性があるな、と俺が考察しているとソフィアは二人に更に説明を始めた。
具体的に言うと、『首切り魔王』についてや、悪魔と不死族の関係、先程、俺が人質に取られてソフィアとフランの間に戦闘が起きたことなどを。
「......フランさん、悪魔と不死族の関係については私、あんまり口出し出来ないですけど、オルムさんを人質に取るのはよくないですよ」
「ボクには自国民を守る義務があります。この国で暮らしているだけの魔族には何も言いませんが、クリストピア人であるオルムさんに手を出したとなれば話は別です」
「アンタら其処の悪魔の話、ちゃんと聞いてた!? 私は爺に操られてたのよ! 確かに私はソフィア・オロバッサのことを憎んではいるけど、あんなことをするのは不本意だったの! 怒るなら爺を怒って!」
「姫様!?」
革命の指導者と近衛騎士団長に責められたフランは声を張り上げて無罪を主張する。フランは斧を介してルドルフに操られているのでは、という俺の仮説はやはり、的中していた。
「言っとくけど爺、私、本気で貴方に怒ってるから。......兵器として自分が生まれてきたことは重々承知していたつもりだったけど、やっぱりキツイわよ? 自分の体や心が他人に操られるってのは」
フランは自嘲気味に笑うとソフィアに視線を移した。
「爺が首切り魔王を憎むのも、『首切り魔王への復讐』が不死族みんなの望みだってことも分かるわ。私も憎かったもの。でも、私、あの斧が其処の悪魔に奪われてからその憎しみがちょっと薄らいだのよ。あの斧は最初っから私の心を操っていたのよね?」
「......『五芒星ノ魔王』には何としてでも『首切り魔王』を討って頂かないといけなかった。しかし、姫様は悪魔を憎みこそしていましたが、自ら悪魔に復讐をしようとはしなかった。私とて、姫様の身体を道具のように操るのは本意では無かったのです。ですから、姫様の復讐心を煽った......」
観念した様子で全てをフランに打ち明けるルドルフ。その言葉の節々からは懺悔の念が感じ取れた。
「でも、上手くいかなかったから仕方なく私の身体を操ってソフィアを殺そうと目論んだ訳ね。結局、返り討ちにされたけど」
フランは苦笑して溜息を吐く。何気にフランがソフィアのことを名前で呼んだのは初めてじゃないだろうか。
「......申し訳ありませんでした」
「謝るならオルムにも謝りなさい」
「すまなかった。我々の争いに巻き込んでしまって。肩を切り付けたのも謝る」
「い、いやまあ、アレは俺も相当なことやってるから謝らなくても良いけど」
腹にエルフ印の銃弾を撃ち込んだからな。斬られても仕方がないと言えば仕方がない。
「話は終わりましたか?」
退屈そうな表情でソフィアはフランに聞く。
「あ、アンタ......そこそこ自分にも関係のある話だったでしょ。何よそのどうでも良さげな感じは」
「ソフィアにとって道具として使われることは当たり前のことですので、それで一々、騒いでいる貴方に興味が湧かなかっただけです」
「はいはい、隙あらば無感情堅物サイボーグアピールはいいから。オルムともっと一緒に居たいからって、契約解除の条件を満たしながら契約を継続した癖に」
「......お二人とも、契約魔法を掛けますね」
「あ、話逸らした。汚い。首切り悪魔汚い」
フランのそんな言葉を無視し、クララとクロードにソフィアが今度こそ、契約魔法を掛けようとした時
「申し訳ありませんが、その魔法、私も掛けて頂けますか?」
と、聞き覚えのない声が聞こえた。
驚いた俺達は辺りを見回す。すると、其処には先程まで横たわり意識を失っていた青年が立っていた。
「こ、国王陛下ああああああ!?」
クロードの叫び声が部屋中に響き渡る。