85 ぐちゃぐちゃ
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「妹様、妹様」
「ん......くろおど?」
「ギルドの印刷機の確保に成功したとの報告が入りました。これで新聞が刷れます。ちょっと、失礼しますね」
そう言いながらクロードは私の口元をハンカチで拭いてきた。どうやら涎が垂れていたらしい。
「ふあああ、申し訳ありません。最近、働き詰めでして。んううう」
何だか懐かしい夢を見ていた気がする。
「いえいえ、もう少し寝て下さっても宜しいのですよ?」
「それは流石に部下達にも申し訳ないにょで......ふぁぁぁぁ」
「滅茶苦茶眠たそうじゃないですか妹様......」
「にいさ......レイナードさんはまだ起きませんか?」
私は共和派の指導者として国王を様付けで呼ぶ訳にはいかないし、性を捨てた身として実の兄を兄として呼ぶことも出来ない。何とも不便である。
「ええ。ずっと、眠られています。......それと、兄様で良いんじゃないですか? 血は繋がっているのですから。それにきっと、陛下も兄と呼ばれる方がお喜びになりますよ」
「むう、それもそうですね」
頬を膨らましながら、頷く私にクロードは笑った。
「妹様、表情が豊かになられましたね」
「まあ、城に居た頃より毎日、楽しいですからね。私の側近にユリウスって大男が居るじゃないですか? 彼とも結構、良い雰囲気ですし、私」
「なっ......!?」
「私、あのまま城に居たら好きでもない人間と政略結婚とかさせられていたのでしょう? あー、考えるだけで吐き気がするー」
「さ、さいですか......」
ユリウスは遠い辺境の街の元兵士長(元とは言うが実際は逃げ出してきたらしい)だ。名誉ある経歴には違いないが、国王の妹の相手としては異例中の異例だ。
まあ、私は彼の出自ではなくその人とナリが好きなのだが。
「ユリウス、良い方ですよ。あの見た目でお菓子作りとか上手いですし。私に剣技とか教えてくれましたし」
「妹様が剣技、ですか?」
「ええ。ほら、見てください。私、実は剣持ってるんですよ」
私は腰に掛けられた剣の鞘をクロードに見せ付ける。
「そ、それは妹様が婚約の時、殿方に渡す用の......!」
「申し訳ありません。盗んで来ちゃいました。これだけが私が王族であった時の思い出なんですよ。あ、返しませんからね?」
「今更返されても意味無いです......」
「そですか。儀礼用ではありますけど、めっちゃ切れ味良いんですよねえこれ。あ、この内戦が終結したら一太刀交えてみます?」
「いや、本当に妹様、キャラ、変わりましたね。どんだけ好戦的になってるんですか。......言っとくけど、ボク、近衛騎士団長ですからね。めっちゃ強いですよ」
そりゃあ、あの温室育ちの根暗小娘と比べたら今の多少なりとも世間を学んだ私の方が色々成長しているだろう。
「ふふっ、望む所です」
そう私がクロードに言った時、強く鋭いノックの音が部屋に響いた。
「どうぞ」
私がそう言うと、扉が開いて近衛騎士が部屋に入ってきた。
「ギルドとの交渉に当たっていたお二人が参の勇者率いる兵士の襲撃に遭い、アルバン様が負傷しました!」
「......怪我の程度は?」
「腹部に銃を撃たれたようでかなりの重傷です! 早急な手当が必要と判断した為、近くの病院に運び込ませて頂きました! 出血の速さを遅くすることには成功しましたが、予断を許さない状況であります!」
私の問いにそう答える近衛騎士。彼らをこの戦いに巻き込んだのは私だ。彼らの怪我は私の責任である。
「アデル様は?」
「『自分も多少は回復魔法を心得ているが、なるべく早く腕の良い医者か回復魔法の使い手を呼んでくれ』とのことです」
「ソフィアさんを呼び戻します。参の勇者が移動したということは、補助魔法が使えるようになったということ。魔法具を用いてユリウスと連絡を取るので」
私は即断すると、クロードにそう伝えた。参の勇者が補助魔法を阻害する能力を持っていたことは現地で戦っていた魔法使いによって発覚した。更に、その後、参の能力は普通の魔法に限らず魔法具にまで影響を及ぼすことが分かったのだ。
だから、私とユリウスは何時でも連絡を取り合えるよう魔法具を携帯していたのに今の今まで使うことが出来なかったのである。
「し、しかし、それでは彼らが担当している診療所の怪我人達が......!」
クロードは私の判断にそう反論する。
「城の門前での武力衝突において、デレックス派を率いていたのは参の勇者です。彼女がギルドの方に移動したということからあの地域での武力衝突はある程度収まったことが予測出来ます。ソフィアさん程の方なら、既に怪我人の治療は終えている筈ですし、これ以上、怪我人が増えるリスクが少なく、生死の境目を彷徨っている方が居られるのですから此処は彼女を呼び戻すのが正しい判断かと」
私の言葉にクロードは口をつぐみ、コクリと頷いた。
「......成る程。分かりました。衝動的に反駁してしまい、申し訳ありません。妹様の御考えが正しいかと」
クロードは低い声で頭を下げてそう謝る。
「では、ユリウスに連絡を取りますね。『ユリウス、聞こえますか?』」
ポケットから出した紫色の水晶に話しかけると、その水晶は柔らかい光を放った。よし、通じている。
『あ、クララ嬢か......どした? ちょっと、今、トラブル発生中なんだが』
「此方で生死に関わるほどの重傷を負った方が居るのでソフィア様を此方に呼び戻そうと思ったのですが。トラブルとは?」
『そのソフィアの嬢ちゃんが行方不明だ』
「「「は?」」」
私、クロード、近衛騎士、三人の声が重なった。
『ついでにそのパートナーの黒髪の少年もな。金髪の嬢ちゃん達の活躍もあって、こっちの戦いは沈静化したし、参の勇者も退かせられたみたいなんだが』
「そんな......」
「一応、王都中の医者や回復魔法の使い手を探させてはいるのですが、デレックス派が『近衛騎士達の仲間を治療する者は反逆者である』といった声明を発表しているせいで中々、協力してくれる者が見つからず、仮に居ても怪我人が多数出ているので診療所を離れられないという感じでして。申し訳ありません」
近衛騎士は頭を下げてそんな風に現状を説明してくれた。
「貴方が謝る必要は微塵もありませんよ。全てはあのデレックスのせいなので......」
「ユリウスさん。ボク、クロード・ガルニエです。ソフィアさん達のことは誰かが探して居られるのですか?」
クロードが水晶玉を覗き込み、ユリウスにたずねる。
『ああ、数人探しに行かせてるんだが、全然、見つからねえから数を増やそうとしてるところだ。......たく、何処にいったんだが』
水晶越しにもユリウスが吐いた溜息の音が伝わってくる。本当に彼女らは何処に行ってしまったのだろうか。
『離せ! はーなーせ! 離しなさいよ! 担ぐな! いてっ!?』
『黙りなさい。その口ごと燃やしても良いのですよ?』
『くっ、辱めを受けさせられるくらいならば自ら死を選ぶわい! 死なせろ!』
『ならば望み通り殺してやるわ。......契約者に手を出したのだもの。当然よね』
『ひいっ!? 爺、謝りなさい! コイツ殺気がヤバいわ!』
『あ、ごめんごめん。ユリウス。色々、あってさ』
ユリウスを含めた全員が沈黙した。水晶から聞こえてきたのは紛うことなき、ソフィア、フラン、ルドルフ、オルムの声であったのだ。