83 勃発
それからおよそ一時間後、新聞の執筆及び印刷の第一弾が完了したらしく、近衛騎士はその新聞を配るため外へと出て行った。味方の居ないところで配れば、デレックス派に襲われる危険性が高いので一度、議事堂に戻るらしい。
それと同時にリョウジはギルドの屋根に付いている拡声器を用いてギルドの近衛騎士支持を表明した。
流石にそれと同時に兵がやってくる様なことはなかった。が、それから更に一時間程が経ったとき、彼らは突然、やってきた。
「デレックス宰相閣下はギルドマスターに王城への出頭を命じられた。ギルドマスターを呼べ」
数人の兵士達はギルドに乗り込んでくるなり、大きな声でそう言った。外には更に多くの兵士が待ち構えている。戦闘のプロである冒険者が集うギルドの占領に相応しい量の兵士を送ってきているらしい。
しかし、彼らにとって最大の誤算があるとするならばこの私の存在だ。
「申し訳ない。既知のことかとは思うが、ギルドマスターは貴殿らではなく、近衛騎士派の支持に回った。貴殿らの要求に応える義理はないとのことだ」
私とアルバンは他の冒険者を守る様に兵士の前に立ち、そう言った。
「近衛騎士派の支持、だと? ギルドマスターたるものが国王陛下を暗殺し、国権の奪取を企む反乱軍を支持するというのか?」
「......私達の役目はこのギルドを貴殿らから守ることだ。話は無用。出て行け」
「冒険者の分際で我々に命令をするなど、許されると思っているのか?」
そう言いながら兵士の代表が目配せをすると、他の兵士達が私とアルバンを取り囲んだ。そして、全員が剣を私達に向けて来る。
「お、おい! クソ兵士ども、何しやがんだ!」
「出て行きなさいよ! 此処は冒険者ギルドよ! ギルドの独立を守りなさい!」
一連のやり取りを見ていた冒険者達がそんなヤジを投げるが、兵士はお構いなしに口を開く。
「宰相閣下の命令の遂行の妨害をすると言うなら、貴様をこの場で.......」
言葉を言い終わる前に私は背中に背負っていたライフルの銃身で彼を殴り飛ばした。
「貴様は私達に剣を向けたのだ。当然、それは私達と戦うという意思表示だろう?」
慌てて切りかかってきた他の兵士もアルバンと私で殴り飛ばし、彼らの拘束を冒険者達に頼んで私達は外に出た。見ただけでも40人以上は居そうだ。
特に気になるのが最後方で此方を睨みつけている女性。彼女は他の兵士とは似ても似つかない聖女のような服を着ており、その周りには彼女を守る様に他の兵士とは異なる服を着た兵士が立っている。
「アデル様.......あれは」
「ああ。アルバンの考えている通りの存在に違いないだろう」
彼女が敵に居るとは予想もしなかった。
「参の勇者よ、此処から兵を引き上げてくれ」
私は毅然とした態度で彼女にそう要求するが、女性は首を縦にも横にも振らずに、ただ微笑を浮かべながら口を開いた。
「それは無理なお話ですね。私はデレックス様にギルドの制圧を頼まれていますので。王城の前での戦いでは邪魔が入って撤退のやむなきに至りましたので、次こそ結果を残さなければ」
参の勇者の邪魔を出来るような人物......ソフィアかフランだろうな。恐らく。彼女らは私達よりも先にコレと戦っていたらしい。
参の勇者の命令によって私達に剣を抜いて突進してくる兵士達を私はライフルの銃身で薙ぎ払いながら、アルバンの方を見る。
「アルバン、お前は無理をするな! 私だけで十分だ!」
「いえ、失礼ながら、殺すのであれば兎も角、峰打ちでこれだけの兵士からギルドを守るのは、アデル様一人では厳しいかと! この、アルバンがサポートさせて頂きます!」
「分かった! だが、無理はするな。ソフィアも此処にはいない。怪我だけは負うな」
アルバンは私の言葉に頷くと、彼もまた剣で突進してくる兵士を銃身で迎えうった。参の勇者である私とは違い、彼はただのエルフだ。確かにエルフは人間と比べて高い身体能力を誇るが、それでも鍛えられた人間の兵士を複数相手にするのはかなり厳しそうに見えた。
アルバンは持ち前の運動神経で包囲されるのを回避しながら、上手くヒットアンドアウェイを繰り返し、着実に敵を倒していっているが、それでも押され気味であった。
「ふふっ。お二人とも、かなりお強いようですね」
弐の勇者がそんな風に笑った次の瞬間、気絶させた筈の兵士達が何事もなかったかの様に復活して此方へと襲いかかって来た。やはり、参の勇者は使ってくるか。持ち前の回復魔法を。
「アルバン! 私は参の勇者を叩く! どうせ、回復魔法を使われるのだ。多少、怪我をさせても良い! 耐えてくれ!」
「分かりました!」
アルバンの自信に満ちた返事を信じ、私は相手に多少の怪我をさせる覚悟で兵士を薙ぎ払いながら参の勇者の方へ走っていった。
参の勇者は回復魔法に特化している代わりに、戦闘能力は一切無いと聞く。一方、弐の勇者は飛び道具を扱ったときの強さは勿論、身体能力もかなり高い。この勝負、私の方が有利だ。
「.......っ!?」
予想以上に速いスピードで私が距離を詰めて来たことに驚いたのだろう。参の勇者は私に向かって銃を撃ってきた。が、飛び道具で私に挑むのは愚策中の愚策だ。私の頭部に直撃しそうになった銃弾は、私の額スレスレの位置で突如、減速して地に落ちる。
「......弐の勇者に飛び道具は効かない。そんなことも現在の八つ首は忘れてしまったのか」
私はそう言って溜息を吐くが、その言葉は彼女らに届いていなかったらしく、参の勇者とその護衛の兵士達は此方に何度も銃弾を打ち込んでくる。が、その全ては俺の目の前で地に落ちる。参の勇者の目に焦りが見えた。もう少しで、参の勇者に攻撃が出来そうだ。
そう思った時、明らかに違う方向に銃弾が飛んでいく音がした。
「アルバン!?」
私が慌てて振り返ると、其処には腹部に銃弾を食らったアルバンが倒れていた。突如、アルバンが瀕死の状態になったこと、そして、もう少し、銃弾がズレていたら自分達に当たっていたことから兵士達はアルバンをどうすることもなく、放心してただ立ち尽くしている。
私は頭が真っ白になるのを感じながらアルバンに駆け寄った。
「.......大丈夫、です。アデル様。命に関わることは、無いかと」
しゃがみこんで、アルバンの体を抱えた私にアルバンは血を口から吐き出しながら弱々しく言う。
兵士達は硬直し、ことの成り行きをギルドの中から見守っていた冒険者達は大騒ぎで医者を呼べと叫ぶ。
「何を止まっているのです? 早く、その者達をひっ捕らえない。それが貴方がたの宰相のご命令ですよ」
「お前が撃ったのか?」
アルバンを寝かせ、立ち上がった私は参の勇者に聞いた。
「ええ。貴方には不思議と銃弾が当たらなかったので。どんな魔法をお使いですか? 私の周りで補助魔法の類いを使うことは不可能な筈なのですが」
「黙れ」
一言、そうとだけ言って私は彼女の心臓を狙い、ライフルの引き金を引いた。