81 激昂
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「来たな。首切り魔王」
圧倒的な存在感と威圧感を放ちながら静かに立つソフィアをルドルフは睨んだ。
「貴方は自分が何をしているのか、分かっているのですか?」
ソフィアの声は信じられない程に低く、冷たかった。
「ああ、勿論だ。我らはこの人間の命と引き換えに、先程交わした契約魔法の破棄を要求する」
「貴方には聞いていません。答えなさい。フランチェスカ・アインホルン。......一体、誰の了承を得てソフィアの契約者に手を出しているの?」
目を見開き、フランを睨み付けながらソフィアは聞く。味方である俺ですら生命の危機を覚える程にソフィアからは殺気が漂っていた。
「誰の了承ゥ? じゃあ、聞くけど貴方は一体、誰の了承を得て不死族を攻撃したのッ!? ネエッ!? 教えてよッ!? はあ......はあ......殺してやる。殺してヤル。絶対にコロシテヤル。この人間の命が惜しければ、さっさと契約を解除しなサイッ! そしたら私が今度こそ、この斧でお前を殺してやるワッ!」
フランはそう叫んで斧を更に俺の首に近づけた。俺が少しでも動いたら皮膚が裂けそうな勢いだ。
「......分かりました。契約を解除しましょう」
感情を剥き出しにして叫ぶフランとは対象的に、ソフィアは静かに頷いた。
「そ、ソフィア!? 何で......」
ソフィアが契約を解除すれば、この斧は完全にフランに返還される。斧が手元に戻ってきた彼女はその斧でソフィアに襲いかかるだろう。そうなれば、かなりの苦戦が予想される。魔法攻撃を主体として戦うソフィアとあの斧の相性は最悪だ。
それなのにソフィアは俺の命を優先した。俺はそのことに対する驚きを隠せず、声を漏らしてしまう。
「ソフィアは契約を遵守しただけ。何も可笑しなことはありません」
ソフィアの声は少し重く、余裕が感じられない。やはり、ソフィアも斧を手にしたフランの相手は難しいと感じているのだろう。
「それなら、早く契約を切りなさイ! 早くッ!」
斧をギュッと持って、目を光らせるフランにソフィアは戦闘態勢を取りながら魔法陣を描いた。
「契約の解除と同時に、契約者に手を出さないという契約も結んで頂きます。宜しいですね?」
「いいから早くし」
「契約、解除しました」
フランが催促の言葉を言い終えるよりも早く、ソフィアはそう伝えた。そして、俺の耳がその言葉を捉えた瞬間にはもう両者が戦いを始めていた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねエエエエエエ!」
何かに取り憑かれたかのようにそう連呼しながらフランはソフィアに突っ込む。その様子は一昨日の夜、俺達に襲いかかってきた時のフランと全く同じだった。何時もの冷静で話の通じるフランとは全く違う。
「......くれぐれも、契約者に流れ弾を当てないように」
斧による斬撃と斧魔法によって放たれる火の玉を避けながら、ソフィアはそう言った。やはり、ソフィアが押されている。
「俺に出来ること、俺に出来ることは何か無いか.....」
俺は頭を掻きむしりながらそう呟いた。ソフィアが劣勢を強いられているこの状況を指を咥えて眺めていることなんて出来ない。しかし、俺がソフィアのために出来ることは限られている。
アデルを呼びに行くことも考えたが、アイツはギルドの方に行ってしまったので此処から呼びに行くのは現実的では無い。......待てよ。アデル?
俺はとあることに気付き、ポケットをガサゴソと探った。薄っぺらく硬い物がある。これは恐らく、クロードの名刺だ。これじゃなくて......。
「あった」
ポケットの中にゴツゴツとした触感の鉄の塊を見つけて、俺はニヤリと笑った。
「貴様、何を笑っている?」
そんな俺にルドルフが訝しげな表情を向けてきた。どうやらフランに加勢しても大した力にはなれないと判断したらしく、彼も俺と同じように二人の戦闘の行く末を見守っている。
「いや、別に。それよりルドルフさんよ」
「何じゃ」
「俺、フランがあんなに殺意剥き出しにして戦ってるのおかしいと思うんだ。戦うにしてもあんなに興奮してたら隙が出来るだろうし、聡明なフランらしくない。何か知らないか?」
現に、防戦一方ではあるが、ソフィアはフランの斬撃を容易く躱しているように見える。怒りに頭が支配されているせいで戦闘の質が下がってしまっているようだ。
「冷酷無比な首切り魔王とは違い、姫様には感情がある。内に秘めていた怒りが爆発したのだろう」
そう言いつつも、ルドルフが一瞬、顔を逸らしたのを俺は見逃さなかった。
「そっかそっか。でも、自分から怒りを爆発させた割にはフラン、辛そうだったけどな」
「何が言いたい?」
睨んでくるルドルフに俺は苦笑した。
「其処まであからさまな態度を取ってくれるならもう十分だよ。悪いな」
「貴様! 一体、何を言って......」
ゴオンッと、耳をつんざく様な音が四度部屋に鳴り響いた。俺は反射的に目を閉じる。
「契約者!?」
鼓膜が破裂したら回復魔法で治せるのだろうか、なんてことを考えているとソフィアが甲高い声でそう叫んだ。
「グッ、ガハッ、......」
「ア、え......?」
残響が鳴り止み、目を開けた俺の目に飛び込んできたのは血だらけになって倒れているルドルフ。フランの方に目を向けると、彼女は両腕からダラダラと血が垂れており、斧をその場に落としてしまっていた。
「俺なら大丈夫だ! 早く、斧を!」
俺の無事を確認したソフィアの行動は早かった。両腕に大怪我を負い、放心状態のフランに思い切り蹴りを入れて、吹っ飛ばし、フランが落とした斧を奪う。
「許さない。絶対に許さない......。契約者を、契約者を巻き込んだこと、後悔させてあげる」
「待って!? これどういう状況なのよ!? ごめん。頭の中整理させ......」
そして、ソフィアは壁にもたれかかる様に倒れているフランにゼロ距離の魔法弾を喰らわせた。
「フフッ、フフフフッ......」
体中から出血をし、肉片を飛び散らせるフランを見てソフィアは不敵な笑い声を発した。しかし、彼女の顔は一切、笑っていない。
「ホント、に、やめ、て! お願、い、だから......」
「黙りなさい」
瀕死のフランの腕をソフィアは斧で切る。既に銃弾で怪我を負っていたフランの腕は完全に体から切り離され、切断面からはこれでもかというほどの血が流れ出た。
「あっ......がっ、あああああああああああああああっ......!」
フランが金属音のように高い声で叫んだ。俺はあまりの衝撃に目を瞑る。あまりにもグロテスクな光景であった。
「ソフィア! もう止めろ!」
「其方の腕もいきますよ」
無視しているのか、聞こえていないのかは分からないが、ソフィアは俺の静止も聞かずに更にもう片方のフランの腕も切断した。
「んひぎっ、かっはああああああああ、いやっ! いだいいいいいい! だすげてえ! おねがっ、い!」
俺は見るに耐えない姿のフランから目を逸らしながら、ソフィアの方へと走っていき、血まみれの彼女を羽交締めにした。
「ソフィアっ! 聞けっ! もう止めろっ!」
俺はソフィアの耳元でそう叫ぶ。
「申し訳ありません。本当に申し訳ありません、契約者。ソフィアが、ソフィアが居ながら、契約者をこのような目に遭わせてしまうとは......。ソフィアは、契約者が攫われたというのに気付けませんでした。ソフィアは、契約者を守れませんでした」
不安定な声色で譫言のようにソフィアは言う。
「良いから、良いから、な? 俺は無事だった訳だし」
「しかし、ソフィアは契約者の助けが無ければ彼女に負けていたかもしれません......。ソフィアは自分が許せません。許せない。許せないの......うっ、ずっ」
ソフィアは歯をガタガタ言わせながら震え、しまいには嗚咽を始めた。
「ソフィアでも、泣くことってあるんだな」
そして、俺の口から出たのは慰めの言葉ではなく、そんなデリカシーの欠片も無い言葉だった。
「......泣いていません」
「いや、泣いてたから」
「申し訳ありません」
「謝るのはもういいって。俺は気にしていないから」
「それではいけません。契約を継続するにしろ、何かソフィアに罰を......」
「はいはい、分かった。また、何か考えておくよ。罰。......それで、その、フランの治療とか、出来る? 腕をくっ付ける魔法とかあるのか?」
「これは不死族です。其処までしてやる必要はありません」
「はあっ!? 不死族でも痛いもんは痛いのよっ!
後、四肢全部切断されて、腹も抉られたりしてたら普通に死んでたんだからね! 手加減しなさい!」
と、抗議するフランは既に両腕をくっ付け、傷の大半を治していた。......マジか不死族。
「黙れ。殺してもよかったのよ? 契約者が止めてくれて良かったわね」
「その喋り方止めてくんない? 何だかすっごい怖い。後、何が起きてるのか私、把握してないんだけど。気が付いたらアンタにぐちゃぐちゃにされてて」
「はあ......取り敢えず、帰らないか。話は後でも良いだろ」
フランの元気な声を聞いて、俺が安堵の溜息を吐いたとき、突如、大怪我を負った筈のルドルフが立ち上がり剣を抜いて此方に向かってきた。
「貴様あああああああああっ!」
反応に遅れた俺の首に剣が迫る。俺は反射的に銃の引き金を引いた。銃弾はルドルフの胸に当たり、そのことによって体がよろけたルドルフの刃は俺の肩にグサリと食い込んだ。
「っ!? いってええええええええええ!?」
肩に深い傷がパックリと出来た俺はあまりの痛さに悶絶した。一方、ルドルフはそのまま倒れそうになったが、倒れるよりも先にソフィアによって魔力弾をぶつけられ、2mくらいの距離を吹っ飛ばされてから倒れた。
そっか、そうだよな。ルドルフも不死族だもんな。そろそろ、怪我を修復し終わってる頃だったんだよな。
「申し訳.....ありません......」
どうやらルドルフの動きはソフィアも全く予想外だったらしく、止めに入れなかったソフィアは息を荒くしながら謝る。
「いや、その、謝らなくていいから......さっき、病院で言ってた奴。神経魔法で部分麻酔する奴してくれないか? めっちゃ痛い」
俺はソフィアに息を切らしながら、そう頼んだ。