76 占拠
「ボクです! 通して下さい」
扉の向こうから鬼気迫る声が扉の外から聞こえてきた。
「団長......!? はっ、お通り下さい!」
扉の番をしていた人物がそう応えると、勢いよく扉が開いた。
「ソフィアさん! ソフィアさんは居ますか!?」
見慣れない少年を抱き抱えたクロードは血相を変えながらそう叫んだ。
「ええ。どうか致しましたか? というか、今、何が起こっているのかご説明を......」
「後でしますから! どうか、どうかお願いします! この方の治療を!」
クロードは食い気味にそう言うと、抱き抱えていた少年をソフィアの前にゆっくりと寝かせる。
少年の目は閉じており、意識を失っているようだった。
「け、契約者......」
クロードに強く頼まれたソフィアはオロオロと俺に判断を求めた。俺は短く『頼む』とだけ返す。
「分かりました。昏睡状態になっているようですが、一体何が? 目立った外傷は無いようですし」
「毒を、毒を盛られたようです」
「毒ならば参の勇者が居るでしょう。彼女の方が専門だと思いますが」
「参の勇者様は毒が身体の中に見当たらないと仰いました。きっと、嘘をついているのです。どうか、どうか、お願いします」
何故、一応は国賓という立場でこの国に来ている参の勇者が、相手の国の軍のトップ相手に嘘を吐くのかは分からないが、兎に角、今は飲み込むしかない。
「......毒の正体を探ってみます」
ソフィアが少年に手をかざすと、その手から出る紫色の光が少年の体を照らした。その様子を俺達は黙って見つめる。
「どう、ですか?」
「この方の体内に毒を検知出来ません」
クロードの問いにソフィアは答えづらそうに答えた。
「そんな......!」
悲痛な叫びをあげるクロードを見て、堪えかねた様子のフランが口を開いた。
「アンタ、近衛騎士団長よね!? アンタが私達の元に寄越した黒パーカーは何処に行ったのよ! アイツなら治療出来るんじゃないの!? 薬とかに詳しそうだったし!」
フランやアデル達と共に行動し、俺とソフィアを助けるのに一役買ってくれた謎の人物『黒パーカー』。彼女___彼の可能性もあるが___は俺達が王城から脱出をした後、気付いたら消えていたのだ。
「あの方はあの方のするべきことをするためにこの地を去りました。『黒髪の少女を頼れ』という伝言を残して」
クロードの言葉に俺は背筋が凍った。確かにクロードは俺とソフィアが金製のメダルに値する冒険者であることは知っている。
しかし、今の今まで気付かなかったが、そもそも、クロードはソフィアが昏睡状態の人間を治療出来る程の力の持ち主であることは知らない筈なのだ。
彼は普通に考えれば病院に行く筈のところを、真っ先にソフィアに助けを求めてきた。これは随分可笑しな話だったのである。そして、クロードがソフィアに助けを求めた理由は『黒パーカー』の指示。
つまり、黒パーカーにはあの短期間でソフィアの実力......いや、正体までをも見破られていたのかもしれない。
「黒髪の少女、か。十中八九、ソフィアのことだろうな。悪いが私でもこの方の治療は不可能だ」
アデルが首を振りながらそう言った。そっか、此処にいる全員、アデルの正体を知っているんだったな。
「この前、ソフィア、通常の検知魔法では引っ掛からない毒があるみたいなこと言ってなかったか? 何だったかは忘れたけど。あれは?」
俺はソフィアに聞いた。
「吸血鬼の血ですね。一応、調べてみましょうか。少し、血液を頂戴しても宜しいでしょうか? 傷は痕がつかないように魔法で塞ぎますので」
「お願いします」
クロードは重苦しい表情を浮かべながら頷いた。採血を許可されたソフィアは爪で少年の皮膚を引き裂き、傷から溢れ出た血液をハンカチで拭き取る。そして、直ぐに魔法で傷を塞いだ。
そのハンカチを一体、どうするのかと俺達が注目していると、ソフィアはそのハンカチに人差し指で触れ、軽く息を吹きかけた。どうやら、魔法か何かの類いらしい。
ソフィアの息が掛かったハンカチは忽ちヨウ素液を掛けられたジャガイモのような青紫色に変化した。ソフィアの表情が強張る。
「......この方の血に、吸血鬼の血が流れていました」
ソフィアは冷静に、クロードにそう告げた。
「吸血鬼って、アンタ達の......! いや、何でもないわ」
真っ先にそんな言葉を発したのはフランだった。吸血鬼は悪魔であるソフィアの同盟種族である。フランはそのことに言及しようとしたようだが、クロードの前ということに気付いてそれ以上は何も言わなかった。
「吸血鬼の血を飲むとどうなってしまうのでしょうか......。まさか、吸血鬼になってしまうのですか?」
クロードが驚く気力もないほどに気の抜けた様子でソフィアに尋ねる。
「確かに吸血鬼が直に首元から血液を流し込んだ場合は、眷属になってしまいますが、今回の場合は経口摂取とのことなのでこのように昏睡状態に陥るだけで済みます。ご安心ください。毒の正体が分かれば治療は出来ます」
「そう、ですか......」
ソフィアの言葉に安心しきった様子のクロードは軽く溜息を吐いて、そのままバタッと床に倒れ込んだ。
「クロード殿!?」
アルバンがクロードの元に駆け寄る。
「すみません。安心したら、つい、気が抜けてしまいまして」
「それは結構なことだけど、僕達としては全然、安心出来ない状況だからさ。早く説明に入って欲しいな。何で王城をやっとの思いで脱出した僕らはこんなところに軟禁されてるのか」
ディーノが少しだけ不機嫌そうに言う。それにはルドルフも同意らしく、遺憾だとばかりに頷いた。
「ご、ごめんなさい。えっと、皆さんはボクが城内にした放送、聞きましたか?」
いや、あるんだろうけどさ。城内放送とかあるのかよ。ハイテクだな王城。
「たまたま、放送が聞こえないところに居たんですかね。俺達は聞いてませんよ。俺とソフィアが脱獄した後、クロードさんの所に皆で行こうとしたんですけど、途中で出会った近衛騎士の方に先に脱出するように言われまして」
俺の説明にクロードは納得した様子で頷いた。
「成る程。大体、分かりました。して、皆さんはどのような経緯で此処に?」
「城を脱出してクロードさんを待っていると、城から出てきたその近衛騎士の方に半ば無理矢理、此処に連れて来られました。てか、そもそも、此処は何処なんですか?」
王城に詰め掛けていた民衆の波をかき分けるように連れてこられたので俺達は此処が何処なのかも分かっていない。
「その近衛騎士が皆さんを此処に連れてきたのはボクの命令に従ったからです。申し訳ありません。此処は議事堂です。ほら、オルムさんとソフィアさんは昨日、一緒に見に行きましたよね?」
「ああ、デモ隊が押し掛けてた所ですか。......そんな所に連れてこられてたのか俺達」
「それでどうして、議事堂なんかに私達を連れて来たのよ」
フランが若干、苛立った様子で聞いた。
「単純に広くて活動拠点として使いやすいのと、民衆の支持を得られるからですかね。ほら、民衆がデモで囲ってた議会に近衛騎士団が切り込んでいったら近衛騎士団は民衆の味方ですよ、ってアピールになるじゃないですか」
あの少年が治ると分かってすっかり調子を取り戻したクロードはフワフワとした口調で訳の分からないことを言い出す。
「切り込むとはどういうことだ。まさか、そのままの意味ではあるまい。回りくどい言い方はやめろ」
ルドルフの言葉にクロードはかぶりを振る。
「いえいえ、そのまさかですよ。この議事堂は近衛騎士団とそれに追随する兵士、そして武装した民衆によって占拠されました。まあ、占拠って言っても議事堂を守ってたのは近衛騎士なので、血は一切、流れてないんですけどね。中でワイワイやってた貴族の皆様方に出て行ってもらっただけです」
飄々とそう語るクロードと少年の治療に専念するソフィア以外の全ての人物が顔を見合わせた。
「悪い。クロード殿。一言でこの都の現在の状況を説明して頂けるか?」
アデルの言葉にクロードは頷くと
「この王都は内戦の主戦場になりました」
と、落ち着きを払った声で説明した。