75 外交
「レイナード国王陛下、デレックス宰相、お初にお目に掛かります。三勇帝国三勇者が一人、ルイズ・アハト・ルフェーブルでございます」
「クリストピア王国国王レイナード・クリストピアと申します。此度の三勇帝国からの御来訪、誠に感謝致します」
「クリストピア王国宰相デレックス・ヴュルツマーと申します。何卒」
儀礼的な挨拶を三人は交わしたのち、椅子へと座った。テーブルには多種多様な饗膳が並べられている。
「我々、クリストピア王国と貴国との間には長きに渡り、国境や利権を巡る争いがありました。しかし、国王陛下はその長きに渡る不毛な争いを止め、貴国と我が国の間に友好関係を結ぼうと考えておられます」
宰相、デレックスが参の勇者へと話を切り出す。
「して、争点となるであろう係争地域、ブラモースの扱いはどのようにするおつもりですか?」
彼女の質問に宰相は軽く頷く。
「ブラモースの住民の大半を占めるのはクリストピア人です。しかし、歴史的に見ると貴国が支配していた期間の方が長い。そのため、我々はブラモースを高度な自治権を持つ自治区として貴国に帰属させてはどうかと考えております」
勇者は暫し沈黙し、自らその沈黙を破った。
「直ぐに了承はしかねますが、他の勇者と前向きに検討させて頂きます。私としては陛下のお考えに賛成なので」
デレックスは満足そうな表情でパンをひと齧りして、飲み込み、口を開く。国王陛下はというと、真剣な表情で二人の話を聞き、食事に手を付けてはいない。
「聡明なご判断、感謝いたします。ところで、もう一つ提案をしたいのですが」
「ええ。何でしょうか?」
「貴国との経済的連携と軍事同盟を記した条約を締結させて頂きたいのです。貴国と我が国に共通する最重要課題の解決のため」
「......反王政派の活動ですか」
「ええ。ユクヴェル革命の余波は我々の国にも押し寄せています。我々が失脚し、王政が廃止されれば、クリストピアはユクヴェルと結託し、共和の波を貴国にも広げるでしょう。貴国には既に多くのレジスタンスが潜んでいるとお聞きします」
「......分かりました。それも検討致しましょう」
トントン拍子で進んでいく三勇帝国とクリストピア王国の交渉。しかし、その交渉の全てはデレックスが行い、陛下は最初の挨拶以外、一言も言葉を発していない。
「ところで、私があの女に発砲したため、民衆の暴動が起きているとのことですが......」
「ああ、ご心配には及びません。今、兵士を用いて鎮圧を試みているところですので。それよりも、どうか、我が国民のご無礼をお許し下さい。今、総力を上げてあの暗殺未遂を起こした者達を探しているところですので」
「あの二人は今、何処に?」
「この城の地下牢に収容しております。明日にでも形式的な裁判が行われ、有罪判決が下されることでしょう」
にこやかな微笑みを浮かべ、デレックスは当然のようにそう言った。形式的な裁判、という言葉を平然と受け入れている勇者の国でもまた、同様のことが行われているのだろう。
その後も当たり障りの無い、正に外交と言うのに相応しい会話が二人の間では行われた。その間、陛下は食事に一度も口をつけず、一度も声を発することはなかった。
「国王陛下、此度の宴膳はお気に召しませんでしたか?」
食事会が始まって二時間程度の時が経ったとき、やっとデレックスが陛下に声を掛けた。
「いや......頂こう」
陛下は溜息を押し殺したような表情でスプーンを持つと、スープを一口、口にした。そして、軽く頷く。
一先ず、味は気に召されたようだと私が胸を撫で下ろしていると、突如、カシャンという金属音が聞こえた。
陛下は突然、うめき声を上げてピクピクと痙攣すると、体を揺さぶり、そのまま椅子と一緒に倒れてしまう。先程の金属音は陛下がスプーンを落とされた音だったのだ。
「陛下!?」
私は直ぐ様、陛下の元へと駆け寄った。
「クロー......ド。身体で何か、が、暴れて......」
陛下は言葉を言い終わるよりも先に白目を向いて意識を喪失してしまった。
「ガルニエ! 国王陛下から離れろ!」
デレックスが叫ぶ。
「いいえ、離れません。デレックス! 陛下に毒を盛ったのは貴様か!?」
「馬鹿なことを言うな! 陛下に毒を盛るような者など、軍人の癖に陛下に取り入り、政治への干渉を強めていた貴様以外に居ないだろう!? それにこの場には参の勇者様が居られる! 貴様が毒を盛った犯人では無いと言うのなら、参の勇者様に解毒魔法を使って頂こうではないか!」
デレックスの言葉にルフェーブルは頷き、陛下に杖を向けた。回復魔法に特化した参の勇者ならば、解毒くらい簡単な筈だ。
しかし、ルフェーブルはかぶりを振った。
「解毒魔法を使わせて頂いたのですが、毒素を分解するどころか、そもそも国王陛下の体に毒が見当たりません」
「ガルニエ......! 貴様! 国王陛下に何をした!?」
「それは此方の台詞だ! そもそも、ルフェーブル様が本当のことを言っている証拠は一体、何処にある。貴様らは陛下を殺し、私に罪を着せ、国権を奪おうと画策しているのだろう!」
大きくそう叫ぶと、私は服から魔道具を取り出し、床に投げつけた。すると、忽ち光が辺りに広がり、私以外の者の全ての視界を奪う。
「全兵士に告ぐ! ガルニエを捕縛せよ!」
光で視界を奪われながらもデレックスはそう叫んだ。
「無駄ですよ。此処の警備に当たっているのは全て近衛騎士団なので。......我ら近衛騎士団と志を同じくする王国の兵士達よ! 宰相デレックスによる国王陛下暗殺が起きた。この城の兵士はデレックスに協力する者が多い! 直ちに城から脱出せよ!」
私は通信機器を使い、城中に声を飛ばした。この城の通信系統は全て近衛騎士団の管轄下にある。デレックスが命令を城中の兵士に出すのは不可能だ。命令無くして、兵士が勝手に行動を起こすことは無いだろう。
そう思った私は、城の中での近衛騎士団派とデレックス派の兵士の衝突を危惧しながらも更に叫ぶ。
「デレックス派の兵士達よ! 君達も近衛騎士団も国王陛下の元に一つである! 一上官でしかないデレックスと、国王陛下、どちらに付くべきかは聡明な君達であれば分かる筈だ!」
私は国王陛下の体を抱き抱えながら、部屋から脱出し、近衛騎士達と合流しながら城の外を目指した。
「ガルニエ! 貴様は国王陛下を暗殺し、国権を奪おうとする反逆者だ! 近衛騎士団と幾らかの兵士を味方に付けたくらいで驕り高ぶるな! 何処へ行こうと、正統な王国軍で貴様を捕らえ、処刑してやる!」
そんなデラックスの声が後ろから聞こえるが、最早、私の頭の中は陛下の安否でいっぱいになっており、あの男の言葉など気にしている余裕は無かった。
「団長! 例の方々があの二人を牢から解放し、団長に会いたいと言っておられますが!」
近衛騎士の一人が私の元に駆けてきて、そう言った。
「先程の放送は聞こえていましたね? まずはあの方々の城からの脱出を優先させて下さい。城からの脱出に成功し、一段落付いたらお会いします」
「了解致しました!」
......まだ、諦めるのは早い。陛下の心臓はまだ動いている。参の勇者の言っていたことはきっと、嘘だ。猛毒なのは確かだろうが、彼女なら......きっと。
もう75話目ってマジですか? もう少しで100話ですね。ここまで書き続けてこられたのは、読者様達のお陰です。本当にありがとうございます。