73 潜入
注意:ちょっと話が前後します
「人が多いわね......」
王城の門前に押し寄せ、大声で何やら叫んでいる人々を見て私はそんな感想を述べた。
「オルム達の件で民衆の怒りが爆発したようだな」
「まあ、仕方ないよねー。そもそも、招きたくなかった国賓が自分達に銃口を向けたんだから」
「でも、戦争だらけの魔族の世界に比べたらかなりマシよね」
「姫様が言うと説得力が違いますな......」
爺が苦笑する。私達は今から、この王城に潜入する。はっきり言ってあの無愛想で何考えてるか分かんないような悪魔を助けるのは癪だけど、彼女の契約者のことは別に嫌いじゃないし、彼のことを助けるための行為と考えれば、そんなに抵抗は無い。
まあ、初めて会った時は彼にしてやられたし、油断して良い相手では無いのだけど。
「で? こっからどうやってこの城に潜入すんのよ。当然、何か策があるのよね?」
「ああ。近衛騎士団長のクロード殿が案内の為の部下を派遣すると言っていたので、もう近くにいる筈だ」
「アデル様? あの方では?」
アデルの部下のエルフが抗議のために集まった人混みの中の一点を指さした。
其処には黒いパーカーのフードを被り、如何にも怪しい風貌の者が誰かを探しているような素振りを見せていた。
「......少し、近づいて見るか」
アデルがそう言って頷く。
「それにしても、明確な場所も指定せずに待ち合わせをさせるとか、近衛騎士団って馬鹿なんじゃない?」
「突然のことだし、そこまで気が回らなかったんじゃないですか〜?」
そんな会話をしながら黒パーカーに私達が近づくと、彼? 彼女? の方から此方へと近づいて来た。
「耳、見せて」
少し低めの少女の声だった。アデルが黙って、帽子から耳を出して彼女に見せると、彼女は頷き
「付いてきて。案内するよ」
と、涼しげで綺麗な声で言う。
どうやら、この少女が私達が探していた者で間違いないらしい。布で鼻までを覆い、パーカーのフードを被っているあめ、殆ど顔が分からない。が、目が青いことだけは分かった。
「貴方が近衛騎士団長の部下、で良いのよね?」
移動中、周りに聞こえないように彼女の耳元で私は聞く。
「違う」
「え......?」
もしかして、人違い? じゃあ、コイツ誰よ。
「心配しないで。君達が此処で会うべき者は私に違いない。近衛騎士団長は説明が面倒臭いから私を部下ということにしたのだろうね。現にそれで問題ないし」
「じゃあ、アンタの本当の正体は何なのよ?」
「私の正体が何であろうと、貴方達にも私にも何の問題も無い。貴方が知る必要の無いこと」
私の質問に彼女はさらりとした口調でそう言った。
「ひ、必要が有るとか無いとか関係ないわよ! そんな回答認めないわ! 教えなさい!」
何となく彼女の言葉が癇に障った私は声を荒らげてそう言った。
「フランチェスカ、声デカい」
ディーノがそんな注意をしてくる。一般人の前で姫様、なんて呼んでもらう訳にもいかないので名前で呼ばしているのだ。
「あ、ごめん」
私は口を押さえながら謝った。すると、彼女が私に突然、顔を近付ける。
「誰にだって、知られたら都合の悪いことはあるものだよ。君もそういうことに思い当たりはあるだろう?」
そう言って彼女は私の頬を軽く爪で引っ掻いた。出来た傷は直ぐ様、不死族の治癒力で塞がっていく。......物凄い殺気だった。
「ひめさ、フランチェスカ殿!?」
どうしても呼び捨てで私を呼びたくなかったため、名前に殿を付けることにした爺が驚いた様子で叫んで、鞘に手を掛けた。
「落ち着いて。私は貴方達の味方だから。それに私を切ったら、王城へ入れなくなるよ? フフッ......」
「......っ。早く案内をしろ」
「分かった。あそこの家」
彼女は王城の道を挟んで向かい側にある家を指さした。
「普通の家に見えるが?」
「あの家の地下が王城の地下に通じてるんだって。近衛騎士団が勝手に作った秘密の通路らしいよ」
「通じてるんだって? らしいよ? もしかして、君、近衛騎士団の関係者ですらなかったりする?」
ディーノが訝しんだ様子で聞く。
「関係者かどうかと聞かれれば、違う。私はあくまで騎士団長に案内を頼まれただけだから。道も頭に叩き込んであるだけで、一度も通ったことはない」
私の正体は見破ってくるし、自分が案内する道を一度も通ったことはないし、騎士団長はよくこんな奴を送り込んできたわね。
しかし、現状は彼女以外、宛に出来る者がいない。アデルの地図も王城のものであって入る方法までは乗っていないし、彼女を頼るより他ないのだろう。
そんなことを考えながら家に入り、地下に梯子で降りる時、私は再び彼女に尋ねた。
「貴方、名前は何て言うの? 呼ぶの、不便なんだけど」
「不便なら好きなように呼んでくれて構わない。この梯子、少し怖いわね......」
独り言の時は私と似たような口調なんだなと思いつつ、私は彼女の呼び方を考えた。やっぱり、アレよね。
「黒パーカー」
「フランチェスカさ、それはあまりにも直球過ぎでは?」
「良いの、良いの。分かりやすいじゃない!」
全員が地下に梯子から地下道へと降りると、私は黒パーカーの肩をぎゅっと掴んだ。
「黒パーカー、貴方もこの渾名気に入ったわよね?」
「......好きに呼んでくれて構わない」