72 黒パーカー
地下牢に収容されてしまった俺とソフィアの間には静寂が流れていた。というのも、見張りの兵士が居るせいで話しづらいのである。
「なあ」
俺は不意に兵士に話しかけた。
「......何だ」
「俺らどうなるんだ?」
「参の勇者様がこの国に御滞在されている間のいつかに裁判が執り行われる。お前達の処分はそれで決まる。言っておくが、脱獄しようなんて考えるなよ? この檻は魔法を使える犯罪犯を捉えるための結界が張ってある。この檻の中では魔法は使えない」
自信満々の兵士の忠告を聞いた俺はソフィアに視線を向けた。
『結界の力はこのように無視出来る程度です。魔法の使用に問題はありません』
すると、ソフィアはテレパシーを俺に送って返事をした。テレパシーも魔法なので彼女の言うことは事実だと分かる。
というか、過去の弐の勇者が構築したエルフの村の結界を破壊できるソフィアにただの収容所の結界が効くわけないか。
『契約者、本当に裁判の時まで此処に居るおつもりですか?』
『いや、それより先にクロードさんが助けてくれることを期待してる』
俺はそんな言葉を心の中で言った。俺はテレパシーを使うことは出来ないが、俺の考えていることを彼女に読ませることなら出来る。
といっても、ソフィアの気遣いで俺が彼女に伝われと念じた言葉でなければ、彼女は俺の心を読めないことになっているのでプライバシーに関しては安心だ。
『成る程。......彼は助けてくれるでしょうか?』
『まあ、友好の印のカードをくれたくらいだし助けてくれるんじゃないか? 俺達何も悪いことしてないし』
『それもそうですね』
うーん。この頭に直接ソフィアの声が響く感じ、良いな。二人だけの会話をしてるみたいで。
それにソフィアの声が耳を通して聞くよりもクリアに聞こえる。ヤバいこれ癖になりそう。
『ソフィア、俺のこと呼んで』
『は?』
『俺のこと、契約者って呼んで』
『......契約者』
これ良い。めっちゃ良い。頭の中が幸せ。これが脳内麻薬って奴か。
『もっと』
『何故、こんなことをさせるのか理解に苦しみますが......。契約者』
『もっと!』
『契約者』
『もっと、もっと!』
『契約者。契約者』
『もっとおおおおお!』
俺が心の中でそう叫んだのと同時に、何かが破壊されたような大きな音が聞こえて来た。俺達の牢があるこの部屋の扉の方だ。
「誰だ貴様ら! 王城に無断で侵入するとは良いどきょ.....」
音が聞こえて来た方からそんな声が聞こえたが、途中で途切れてしまった。どうやら侵入者に攻撃されたらしい。
俺達の牢の見張りは狼狽しながらも剣を引き抜いて侵入者が居ると思われる方向に走っていく。しかし、直ぐにバタリという音が聞こえた。彼もまた直ぐに倒れてしまったらしい。
牢の中からでは扉の方が見えないため、何が起こっているのかが分からない。
「契約者、ご安心ください。どうやら、侵入してきたのは味方のようです」
魔法か何かの力でそう判断したのだろう。ソフィアは俺を落ち着かせるようにそう言った。味方、ということはクロードさん達だろうか。
いや、それなら扉を破壊するなんてことしなくても鍵くらい持っているだろうし、何より兵士が誰だ、なんて言う筈が無い。だとしたら、誰だ?
「ほらほら、皆、かかって来なさい! 全員、眠らしてやるわ!」
俺が侵入者の正体について考えを巡らせていると聞き覚えのある挑発的な声が聞こえて来た。
「クソっ! コイツら、毒を使ってやがる! おいっ、止め......」
「安心しろ。ただの麻酔のようなものだ。身体に害はない」
この横長な部屋は一つしか外に続く扉が無いため、侵入者から逃げることも増援を呼ぶことも出来ず、兵士達はバタバタと眠らされていく。
というか、この声も何処かで聞いたことがあるような......。
「おーい! 俺達は此処だぞ!」
檻の隙間から手を出して侵入者、もとい救援者に俺はアピールをした。
「オッケ。今、行くわ」
少女が俺の言葉に返事をする。兵士を全て眠らせることに成功したらしく、彼らは小走りで俺達の元へと駆けてきた。
「今朝ぶりね。獄中の気分はどう?」
からかうような笑みを浮かべながら赤髪の彼女が檻の中の俺達を覗いた。
「特に感想はありません。湿気も温度も魔法で調節したので」
「ソフィアのお陰で結構快適だった」
「それは良かったわね......」
何とも微妙な表情をしながら彼女は溜息を吐いた。
「てか、お前らは何で居るんだよ。アデルにアルバン」
俺の視線の先にはエルフ族の長であり、弐の勇者であるアデルとその側近であるアルバンの姿があった。フラン達不死族と行動を共にしていたようだがエルフの村にいる筈の彼が一体何故、こんなところにいるのだろう。
「お前達に出会ってから我々エルフも少しずつ、人と関わりを持っていこうと思うようになったのだ。そのことをウカト殿に話したところ、具体的な交渉は宰相とやってくれと言われてな。王都までお前達を追ってやってきた」
『ソフィアに結界も壊されたしな』とアデルは呟く。
「王都のギルドマスターであるリョウジ殿にもウカト殿の紹介でお会いし、そのリョウジ殿の紹介で私達はクロード殿にもお会いしたのです」
アルバンの説明を聞いて俺の頭を過ったのは昨日のリョウジの様子。俺達がギルドを訪れた時、来客が居ると妙に忙しそうにしていたが、その来客とはアデル達のことだったのかもしれない。
「じゃあ、俺達をアデル達が助けにきてくれたのはクロードさんの頼みか?」
「ああ。クロード殿も国賓のことで忙しいらしく、中々、お前達のことまで手が回らないようでな。お前達を自分の元に連れてきてくれと彼が私とアルバンに手紙で頼んできたのだ」
何せ今は国賓が発砲したことで王都の人々が大暴動を起こしている最中だ。クロードが忙しいのも仕方がない。
それにしても、脱獄の手助けの指示をするとか、彼が責任に問われそうで心配だ。
「それで、其処の三人は何故此処に?」
ソフィアがディーノ、ルドルフ、そしてフランに視線を向けて聞く。今の話を聞いている限り不死族トリオのコイツらとエルフ達の接点は無い様に思えるが。
「実は私達は王都に行く途中、お前達の後を付けていてな。フランチェスカの存在を知っていたんだ」
「「は?」」
俺とソフィア、二人の声が重なった。
「マジよ。コイツら私達のことずっと見てたんだって。私がアンタらと王都を目指している時に感じた気配はコイツらのだったみたい」
「だったら、何でお前らはフランとソフィアが戦った時に助けてくれなかったんだよ!?」
フランの斧は魔力を吸い取る恐るべき武器だが、物理攻撃は防ぐことは出来ない。アデルがアルバンが銃でバキュンとしてくれればあんなにソフィアが追い込まれる必要も無かったのに。
「ソフィアなら負けることは無いだろうと思ってな。見守っていた。だが、一応フランチェスカに照準は合わせていたぞ?」
「はあ!?」
俺の次に声を上げたのはフラン。あの斧でソフィアを追い詰めていたフランだったが、結局、勝ち目はなかったということか。
「貴様......」
ルドルフは自分の姫に照準を合わせたエルフを睨み付ける。
「友人が殺されそうになったのだ。仕方あるまい。......それで、クロード殿から手紙を貰った時にアルバンと私だけでは力不足に感じてな。偶々、ディーノと街で出会ったため、フランチェスカを紹介してもらったのだ」
アデルはルドルフの向ける殺意を一蹴して、フラン達と組んだ理由を説明する。そして、説明が少し足りなかったと思ったのか『因みにディーノがフランチェスカの仲間であることは弐の勇者の感覚が教えてくれた』と付け加えた。
弐の勇者の感覚凄えなおい。どちらも不死族だから分かったのだろうか。
「それで、貴方がたが弐の勇者の頼みを聞いた理由は何です? ソフィアと貴方がたは本来、敵対している筈でしょう」
「ま、アンタらに恩を売っといたら後々、得かなって。アンタが恩を感じなくても、オルムが感じてくれそうだし」
軽い口調で理由を話すフランの横に立っているルドルフの表情は険しかった。きっと、ルドルフは俺達を助けることは反対だったのだろう。
まあ、それが普通だよな。恩、なんて見えない物の為に自分達のカタキを助けるなんて。
「ありがとうな、フラン。今度三人にパンを好きなだけ奢るよ」
「報酬かっる!?」
「好きなだけ......悪くないわね」
至極当然の反応をするディーノにちょっと心配になるくらいチョロい反応を示すフラン、そして、何も話さず険しい表情を崩さないルドルフ。
この凸凹トリオ、マジでキャラが違いすぎる。
「兎に角、此処からいち早く脱出しましょう。話はその後です」
ソフィアは素手でいとも簡単に檻を曲げて、其処から外へと出た。
「鉄を手でグニャアッて曲げる奴初めて見たわ」
俺は相変わらず最強なソフィアに苦笑しながら、彼女の曲げて作ってくれた出口から出る。
「それでは、クロード殿の元に行くぞ。黒パーカー殿、案内してくれ」
「了解。というか、あなたも地図を持っているのだから、少しは先導してくれないかな?」
......。
「悪いな。今まで森の外に出たことがない為、方向音痴なのだ」
「そう。分かった。付いてきて」
「「......誰?」」
俺とソフィアの声がまたしても重なった。