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66 違う


「突然、何すんのよアンタ達! 痛いわね……」


「それはこっちの台詞だわ!? 前も寝てたときに襲ってきたし、この奇襲型メスガキが!」


 タンコブをさすりながら俺は言う。ソフィアに回復魔法を掛けて貰ったので痛みはかなり引いたがそれでもまだ少しジンジンする。


「だっれが奇襲型メスガキよ! それにアンタも容赦無さ過ぎんのよ! 確かに扉をいきなり開けたのは私が悪かったけど、だからって本気で拳骨喰らわせることないでしょ!」


「頑丈な不死族にはそれくらいが十分です。実際、死んでいないでしょう?」


「死ぬか死なないかをやって良いか悪いかの基準にするんじゃないわよ! たく、このジュース貰うわよ」


 そう言うと彼女は鼻を鳴らしながらジュースを瓶ごとグビクビと飲んだ。


「何あの娘態度デカい怖い」


 俺は呆れたように呟く。


「ん。これ、エルダーフラワードリンクじゃない。美味しいわね」


「エルダーフラワー? 何だそれ?」


 聞き慣れない名前に俺は首を傾げた。


「何って……エルダーフラワーはエルダーフラワーじゃない。初夏に小さくて白い花がたくさん出来る植物」


 聞いたことがない。


「エルダー……セイヨウニワトコのことですね。セイヨウニワトコの花は薬用効果があり、漢方やドリンクとして飲まれていると聞いたことがあります」


「そそ。不死族は漢方とかそういうのが大好きだから魔界ではよく飲んでたのよ。ウチの庭でもそれこそ色んな植物が育てられててね、高麗人参なんかもあったわ」


 やはり、いくら自らの身を守るためとは言っても故郷から遠く離れた場所で過ごすことは苦痛なのだろう。故郷について語るフランの表情は楽しそうでもあり、悔しそうでもあった。

 それにしても、庭で漢方用の植物が育てられているとか流石、不死族のお姫様だな。その気軽に言う『ウチ』というのもきっと城か何かなのだろう。

 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。従業員だろうか。

 

「姫様~! お声が聞こえましたぞ! そこに居るのですな!? 開けてくだされ!」


 皺枯れた老人の声だ。


「……面倒臭い方だったな」


「そのようですね」


 この中に『姫様』と呼ばれるような奴は一人しかいない。そして、ソイツを『姫様』と呼ぶような奴の所属も一つしかない。


「チッ。見つかったか。爺の奴、もう高齢の癖に何でそんな耳良いのよ」


 そう。フランの関係者、すなわち不死族だ。


「契約者、如何致しますか?」


「フラン共々お引き取り願いたい」


「はあ!? 嫌よ! この裏切り者!」


「いや、そもそも味方じゃないし。どっちかというとソフィアの契約者である俺は敵だし」


 相手は不死族。悪魔であるソフィアとその契約者である俺は不倶戴天の敵であり祖国の敵だ。面倒臭いことにならない訳がない。


「そういうことですので、どうぞお引き取りを」


「ぐぬぬ……! アンタみたいな悪魔なんか私の相棒があれば……あ」


 フランがやってしまったとばかりに口を抑えると


「悪魔!? そこに悪魔が居るのですか姫様!?」


 扉の向こうから鬼気迫った声が聞こえて来た。そして、次の瞬間、部屋の扉が叩き割られた。


「クッ、こんなところで襲ってくるとは卑怯な悪魔め! 姫様はこの私が守りますぞ!」


 剣を引き抜き、ソフィアに向かって突撃して来る老人。突然の出来事に俺は混乱しながらも俺はソフィアを庇うように彼女の前に出た。

 その時、バチンッという大きな音が部屋中に響き渡る。気が付くと老人はばったりと倒れていた。


「たく、先走り過ぎよ」


 フランの口振りと老人の様子、そして先程の音から導き出せる事実は……。


「おま、こんなお爺さんをぶったたいたのか!?」


 鬼畜の所業である。


「大丈夫よ。不死族だし。それに悪いのは話を聞かずに先走った爺だもの」


「ひ、姫様……その悪魔から離れて下され……。私はもう、駄目なようです。くっ、悪魔め」


 どうやら、老人は自分はソフィアに倒されたのだと思っているらしい。


「……ソフィアは何もしていないのですが」


「うん。どっちかというと被害者だよな」


「悪いわね。ほら、爺、起きなさい!」


 溜息を吐きながらフランは老人に蹴りを入れる。不死族だから大丈夫らしいが見た目死にかけの老人に少女が蹴りを入れている絵面は地獄でしかない。


「グハアッ! ひ、姫様! 老人はもっと労るべきですぞ」


 うん、それはそうだよお爺さん。


「良いから、起きなさい。さっきも説明したでしょ。コイツらに敵意はないの。私が斧を取られた以上、勝ち目はないんだから大人しくしてて」


「......姫様のご命令であれば」


 老人は唇を噛みながら立ち上がり、そう言った。


「ルドルフ・バルトよ。私が小さい頃、執事として魔界で面倒を見てもらってたの。私が10歳くらいの頃に人間界の視察の為にクリストピアに転勤になったんだけど、私が亡命してきたから匿ってくれることになったの。私は爺って呼んでる。爺、此方が話してたオルム・パングマンにソフィア・オロバッサよ」


 俺とソフィアが何を話そうかと迷いながら軽く会釈をすると、ルドルフはソフィアに近づいて


「貴様の力であれば、私も姫様も殺すことは容易な筈。一体、何故殺さぬ?」


と聞いた。

 ソフィアの目の青色が少し暗くなった気がした。


「この場で殺すのはあまりにリスクが大きいと思いまして」


 その言葉にフランが何か言おうとして、踏み止まったようだった。


「そのリスクとは」


「ソフィアは人間の力を侮ってはいません。貴方達を死体も残らぬように消し炭にしたとしても何かしらの騒ぎになる筈です。ソフィアはあくまで諜報の為に人間界に来ています。人間に正体を見破られるのは本意ではないので」


「つまり、絶好の機会が来れば殺すと?」


「そうなります」


「な……!」


 驚いたような、苛立ったような声を漏らしたのはフランだった。


「どうかしましたか?」


「っ………! ア、アンタさっきまでもずっと私をそういう目で見てたって言うの!?」


「そういう目、とは?」


「だ、だから、さっきからずっと、私を殺そうと思ってたのかって聞いているの!?」


「……? ですから、此処で貴方を殺すのはリスクが大き過ぎます。なので、殺そうとは思っていませんでしたが?」


 首を傾げるソフィアの言葉にフランが苛立ったように地団駄を踏む。


「だからっ、そういうことじゃなくて! いずれは私を殺そうと思っていたのかって聞いてんの!」


「はい。いずれ、機会があればと」


「・・・・」


 フランの感情は怒りや驚愕から絶望に、言葉は沈黙へと変化した。


「貴方も隙さえあればソフィアを殺すと息巻いていたではありませんか。そんなに失望の視線を向けられても困るのですが。ソフィアは悪魔族の兵器です。傀儡です。しかし、それは貴方も変わりはしないでしょう。貴方も所詮、不死族の都合で作られた兵器なのですから。感情という不具合があるようではありますが」


 違う。全然、違う。


「……爺、帰るわよ。人通りの多いところにいれば殺される心配はないみたいだし」


「はっ」


「迷惑掛けて悪かったわね、オルム。でも、それがソイツの正体よ。じゃあね」


「違う。全然、違う」


 部屋から出ていくフランとルドルフの背中を見ながら俺はそう呟いた。今までフランと接していたときのソフィアの目は深く、静かで、綺麗な青色だった。今のソフィアのように『暗い』青色で

はなかった。違う。全然、違う。


 サイズを殺そうとしたとき、ソフィアは踏み止まった。温泉で俺に裸を見られかけたとき、ソフィアは怒った。パンを食べるときのソフィアの目は輝いていた。それに、無感情な者は感情を理解出来ない。フランの『失望の視線』なんてものは感じ取れない筈だ。感情がソフィアに無い、なんてことは事実と反している。違う。全然、違う。


 それに、俺と会ったばかりのときの感情が乏しかったソフィアは口数が少なかった。しかし、先程のソフィアは無意味にフランのことを攻撃するような、挑発するような言い回しをしていた。


「違う。全てが違う。ソフィアとは」


「……?」


「なあ」


「はい」


「お前、誰だよ」

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