60 いさかい
更新遅れてすみません!
「起きて」
「んう?」
「んう? じゃないわよ。起きなさいっ! もう、昼よ」
頭に軽く衝撃が走った。誰かに叩かれたらしい。この声は......?
「フランチェスカ・アインホルン、契約者に手を上げるとは何たることですか。契約者は昨日の一件でお疲れなのです」
「ちょっ、離して! その人間を叩き起こしてやるの!」
「させません」
そうか、フランチェスカ。この声はフランの物か。眠りから意識が覚めるに連れて段々と昨日の出来事が思い出されてきた。
「ふあああ、悪い、二人とも。今、起きた」
俺が体を起こして目を開くと其処には、見慣れた黒髪の悪魔ソフィアと、見慣れない赤髪に青のメッシュの入った不死族フランチェスカが居た。
彼女の体にはあの魔法の縄が無い。どうやら、ソフィアに解いて貰ったらしい。
「いえ、昨日はこれが襲撃してきたせいで契約者も精神的な混乱と疲弊が大きかったでしょうし、何より寝不足の筈ですから謝ることはありません」
「......そう言うソフィアもしんどそうだぞ。大丈夫か?」
やつれているというか、何と言うか、彼女には珍しく気分が悪そうだ。
「いえ、少し可笑しな夢を見て頭がぼやけているだけです。問題ありません」
「ソフィアも悪夢とかにうなされるタイプなんだな。何かあったら言えよ?」
「了解です」
「てか、人のことをこれ呼ばわりするんじゃないわよ。昨日はあんなにしおらしかったのに今日になって急に態度がデカくなったわねアンタ」
「元々、貴方とソフィアは敵同士です。馴れ合うつもりはありません。それに、別に貴方がソフィアの命を狙ったことを許した訳では無いのでそこのところ、宜しくお願いします。......契約者、直ぐにお食事をお持ちしますね」
そう言ってクールにフランをあしらうとソフィアは焚き火の方に行ってしまった。フランは分かりやすく不機嫌になり、舌打ちをする。
「悪い」
俺が手を合わせて頭を下げると、フランはプイッとそっぽを向いてしまった。
「別に私だってアイツと馴れ合うつもりはないし、アイツも言ってたけど私はアイツにとって自分のことを殺そうとしていた相手なんだから許せなくて当然。それに、私も隙があれば殺してやろうと思ってるからお互い様」
「止めてくれよ......」
「私は知人を、友人を、家族を殺されたんだから、アイツのことを許すつもりはないわよ。ま、不死族も悪魔を殺しはしたけどね」
『ま、私は謝るつもりなんて毛頭ないけど?』
と鼻で笑いながら彼女は付け加える。
戦争、という人生で考えられる限り最悪の悪夢に巻き込まれ、争いあった二派の間に出来た溝がそんな簡単に埋まる筈がないということか。
「ソフィアも貴方に殺されるつもりは毛頭ありませんがね。契約者、どうぞ。パンにチーズを乗せて焚き火で炙った昨日と同じ物ですが」
「おお、ありがとう」
「いえ、契約ですので」
俺がその朝食......いや、もう時間的に昼食か、それを口にするとフランがジトーっと見つめてきた。彼女の口元には今にもヨダレが垂れそうだ。
「欲しいのか?」
俺の質問にブンブンブンと物凄いスピードでフランは頷いた。
「ほらよ」
俺はリュックの中から黒パンとチーズ、干し葡萄を取り出してフランに手渡した......つもりだったのだが、それはフランの手には渡らず、ソフィアが取り上げてしまった。
「昨日、貴方はソフィアと契約者が寝た後に干し葡萄やパンを食い荒らしていたでしょう。知っていますよ。もう、貴方に渡す食料はありません。その辺りにキノコがたくさん自生していますから、食べるならそれを」
『たとえ、毒キノコであろうと、不死族の貴方なら問題ないでしょう』と、涼しい表情でそう言ってみせたソフィアにフランは顔を真っ赤にする。
「チッ。バレてたか。アンタなんて私の相棒の戦斧さえあればボコボコに出来るんだからね!」
「その相棒はソフィアの手元に有る訳ですが」
ソフィアが軽く手を振ると、何処からともなく斧が現れて彼女の手に収まった。昨日、フランが使ってソフィアを追い詰めたあの魔法を吸収するという恐るべき力を持った武器はソフィアの物となってしまっていたのである。
「『不死なる伍芒星』は私にしか持つことが出来ない筈なのに何でアンタが持ててるのよ! ホント、訳分かんない!」
というよりも、俺はその斧の名前が訳分かんない。『首切り魔王』と言い『伍芒星ノ魔王』と言い、この戦斧『不死なる伍芒星』と言い、ネーミングセンスどうなってんだ。
「ソフィアにも何故かは分かりかねます。ただ、これはあくまで考察に過ぎませんがこの斧は貴方だけが使えるのではなく、伍の勇者の力を持つ者だけが使えるのではないでしょうか。仮にそうであるならソフィアと貴方だけがこれを扱えることにも説明がつきます」
確かにソフィアとフランの共通点はどちらも伍の勇者の力を元にした力を持っているということくらいしか思い付かない。
「むう......確かにそうかもしれないけれど、私の相棒がアンタでも使えるってのは何だか凄い癪だわ。というかそれ、何時、返してくれるのよ」
「魔法に特化したソフィアがこの斧を天敵としているのは事実なので貴方がソフィアに敵意を向ける限りはお返しできません。この斧があれば、貴方は何も出来ないのでしょう? 魔法を撃つのにも媒体としてこの斧に頼り切っているようでしたし」
「ま、アレだ。フランがソフィアと互いに攻撃をしないっていう契約を交わしてくれた時で良いんじゃないか?」
困ったときの契約魔法である。
「そんな日は来ないわ」
「であれば、貴方の斧が貴方に返される日も来ないですね」
「奪い返してやるわ」
「させません」
しかし、何と言うか、二人のノリを見ていたら本気で命を取り合う仲というよりも良きライバルのような関係に見えてきた。
「あー、でも、ソフィア?」
「何でしょうか」
「やっぱり、フランが可愛そうだからご飯、あげて良いか?」
「駄目です。昨日のソフィアの判断も間違っていました。一度、餌付けしてしまったせいで次も貰えるものと思っていますしこれ」
そんなことを言うソフィアの頭をフランがペシリと叩いた。
「私を野良犬か何かと一緒にすんな!」
「では、食料を与えたらソフィア達の元を去ると約束して頂けますか?」
「無理。だって、アンタを殺さないといけないし。斧だって返して貰ってないし」
彼女の返答にソフィアが不満そうな表情を浮かべた。
「てか、昨日、オルムに聞いたけどアンタ達って王都に行くんでしょ? 私も王都に会わないといけない人が居るから、最終的にはどちらにせよアンタ達に付いていくことになるのよね」
「では、一先ず貴方がソフィア達に付いてくるのは王都までということで良いですか」
「ま、一応はね。その後、どうするかは向こうで会う約束をしている不死族と話して決めるわ。……てか、アンタどれだけ私が付いてくるの嫌なのよ」
「ソフィアは俺と二人旅が良いんだもんな?」
「いえ、単純に命を狙う者と一緒に行動するのが嫌なだけでそういうことではありませんが」
ソフィアの言葉が俺の心にダイレクトアタック。
「まあ、一緒に行動することになったからには、騒がれても不快なので食事は差し上げましょう」
ソフィアは渋々、妥協をするようにそう言うと、パンにチーズを乗せて焚き火で炙った物をフランに差し出した。
「あ、ありがとう......」
何だかんだ言って、仲は良さそうなので一安心だ。
「ねえ、それはそうと、何か近くに人の気配しない?」
パンを食みながら、フランが言う。
「ソフィアは特に感じ取れませんが、こんな森の奥に人が来るとは思えません。気のせいでは?」
「そうだと良いけど......」
「まあ、悪魔最強のソフィアと不死族最強のフランがいれば、どんな奴が襲ってきても大丈夫だろ」
俺は呑気にそんな事を言う。実際、この面子に勝てる奴が襲ってきたなら諦めるしかないしな。
「コイツと共闘とか絶対嫌なんだけど」
「同意見です」
やっぱり、仲良くはない......のか?