6 取引
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「ほい、金貨180枚」
俺達は街のとある酒屋で料理を食べていた。サイズは机の上に布で出来た袋を置く。ジャリジャリと気持ちの良い音がした。外見は兵団の上官に渡された物と同じだが中に入っているのは石ではない。紛れもなく本物の金貨だ。
「ありがとう。サイズ、お前に頼んで良かった」
「良いってことよ。俺は黒牙猪を冒険者じゃないお前らの代わりにギルドに届けただけで金貨を20枚も貰えたんだからな」
当然、黒牙猪を倒したのはソフィアなので黒牙猪の所有権は俺達にあった。だが俺達は冒険者ではないので魔物を倒しても報酬を受けとることが出来なかったのだ。其処で俺達は冒険者のサイズに黒牙猪を換金して貰う代わりに、換金額の一割をサイズに支払うという契約をしたのである。
「いやあ、それにしても驚いたぜ。ギルドの職員が黒牙猪を見るや否や、凄い早さで俺をギルドマスターの部屋に通してさ。ギルドマスターから黒牙猪は何処に出たのか、誰と一緒に倒したのか、お前はそんなに強い冒険者だったのか、って質問責めにされた」
『ハッハッハッ』と顔を紅くしながら、話すサイズ。臨時収入が入ったからか既にサイズはビールを四杯も飲んでいた。
「それで、俺達のことは?」
「冒険者ギルドに入ってない凄腕のガキんちょと男が助けてくれたって説明した。ああ、そういえばこんなもんをギルマスが寄越したな。ガキんちょとオルムにだとよ」
サイズがポケットから出したのは、ぐちゃぐちゃの白い封筒だった。恐らくサイズがポケットに無理矢理押し込んだせいで変形したのだろう。
「契約者、手紙の旨は?」
「俺達が冒険者になりたがってることをサイズから聞いた。今回の黒牙猪を倒した功績を称えて登録料を免除するから是非うちのギルドに来てくれって......は!?」
「ギルマスからの推薦とはやるじゃねえか! こりゃあ今のうちに貸しを作っておいた方が良さそうだな」
サイズは景気良く、木のコップに入ったビールを飲み干した。
「契約者。ギルドマスターとは?」
ソフィアの質問に俺は口籠る。ギルドに関してはあまり詳しくないのだ。サイズはそのことを察してくれたようで、サイズはギルドマスターの説明をし始めた。
「んだよ、ガキんちょ。あんな馬鹿みたいに強いのにギルマスも知らねえのか? しゃあねえな。俺が教えてやるよ」
サイズはそう言うと、酒屋の店員を呼びつけビールのお代わりを要求した。どれだけ飲むつもりなのだろうか。
「貴方には聞いていないのですが」
「まず、ギルドってのは独立しつつも国から幾らか援助を受けて成り立ってる組織だ。ギルドの本部はこの国の王都に有り、支部は色んな街に有る。ギルマスってのはその支部ごとにあるギルドの元締めみたいなもんだ」
ソフィアのことを無視して、サイズは話を進めた。
「店の店長、みたいなものでしょうか?」
ソフィアは仕方なく、といった感じでサイズの話に耳を傾ける。
「まあ、有り体に言えばそうだな。だが、街とその周辺の治安を守るのが兵士だとすれば、街の外の安全を守るのは冒険者だ。それにさっきの黒牙猪の牙みたいに貴重な魔物の素材の殆どはギルドが冒険者から買い取って市場に流している。つまり、どういうことか分かるか? ガキんちょ」
「国の援助を受けていると言っても半分は独立しており、貴重な素材の流通をコントロール出来て、街の外の安全を守る役割を担っている......それだけの力がギルドに有るのなら豪商のように一定数の権力を持っていても可笑しくありませんね」
ソフィアは冷静に分析し始めた。そして、彼女の分析は当たっている。ギルドは多くの冒険者という戦力を抱えていて、その権威はかなり強い。ギルドマスターであればその辺の貴族と対等に接するくらいのことなら出来るのではないだろうか。
「お、ガキんちょの癖に賢いな。そうだよ。ギルマスは一般国民でもなれるから形式上は平民なんだが、権力者で有ることは間違いない。そしてお前ら二人はそのギルマスに自分達のギルドに来てくれってお願いされてる訳だ。凄いことだぜ?」
「いや、あの......俺はソフィアと違って滅茶苦茶弱いんだが」
一応、元々兵士の職に就いていたので一般人より強い自信はある。しかし、その兵士の中では最弱だった。ギルドマスターが俺に黒牙猪を倒すほどの力を求めているならそれは無理な話だ。
「......契約者、利用出来るものは利用しましょう。仮に期待通りの働きをしなかったから登録料を払えと契約者にギルドマスターが言った場合、それは自分の目が節穴だったと彼方が認めるのと同義。恥を欠くのはギルドマスターです」
「ガキんちょ、意外にゲスだな」
「ソフィアは最善と考えられる判断をしたまでです。後、ソフィアは17歳です」
どうやらガキんちょ呼ばわりは嫌だったらしい。
「は? え? 17!? え、体のサイズちっさ過ぎるだろ!? ......サイズだけに」
その瞬間、部屋が凍った。恐らくソフィアが勝手に氷魔法を使ったのだろう。迷惑な奴だ。後でやめるように言わなくては。
「兎に角サイズ、今日は色々とありがとう」
「あ? おう。礼を言うのはこっちだぜ。命の危機から救って貰っておまけに金まで貰えたんだからな。それに金貨20枚もありゃあ、酒を浴びるように飲める。酒とカジノ、どっちにどれくらい使うか悩ましいな......」
何と無く分かっていたがコイツはダメ人間だ。
「まあ、程々にな。それじゃあ、そろそろ行くか。ソフィア」
「分かりました」
20枚の金貨を積み木のようにして、いじくりながら下品に笑うサイズに別れの言葉を言って酒屋を後にした。目指すは冒険者ギルドだ。
「そういえば、契約者はオルムという名前だったのですね」
ギルドに向かう途中、金貨の入った袋を持つソフィアが話し掛けてきた。変な奴らに奪われないように預けておいたのだ。
「ああ。そういえば、ソフィアの名前は聞いたのに俺の名前は言ってなかったな。名前を全く聞かれないから忘れてた。てか、ずっと気になってたんだけど何で俺のことを契約者って呼んでるんだ?」
「......貴方が名前を名乗らなかったので、取り敢えずの二人称として使用していたのですが、慣れてしまったので今もこうして呼んでいるのです。貴方だって今更名前で呼ばれると気持ち悪いのでは?」
「まあ、確かに。でも、人前でそう呼んでたら変に思われないか?」
「ソフィアは契約者に拾われた謎の力を持つ記憶の無い少女という設定。拾ってくれた貴方に恩を感じ、命を懸けて貴方を守る契約をした、ということにしておけば問題無いでしょう」
「まあ、そうするしか無いか」
だが、実際はソフィアとの契約は二年間だけ。まだまだ先のことだが命を懸けて俺を守る契約をした少女が二年後に消えたら不思議に思われないだろうか。
「契約者、あれは服屋ですか?」
俺がそんな風に来るべき未来を憂いていると、ソフィアはとある露天を指差した。
「ああそうだが......それがどうした?」
「魔界の服の殆どは魔力を加えるだけで清潔になり、修復される特殊な繊維で作られているので衣類を複数持つという文化が無いのです。なので、あのように様々な服が売られているというのはかなり奇妙な光景だったので驚きました」
確かにソフィアは先程の戦いで汚れた服を魔力で元に戻していた。人間界にも似たような服は有るが、高級品なので金持ち用だ。
「でも、服とかって小さくなったりするだろ? 新しい服は買わないのか?」
俺の疑問にソフィアは頭を横に振る。
「大抵の場合、専門の職人に頼んでサイズを大きくして貰います。そちらの方が安上がりなので」
「成る程。じゃあ、あまりお洒落は魔界で浸透してないんだな」
「お洒落......ああ、人間が自分達の身を着飾り、自己満足のためだけに金を大量に使うアレですか」
ソフィアは吐き捨てるように言った。どうやら、ウチの悪魔はお洒落がお嫌いらしい。
「俺も別に好きでは無いけどな。てか、そういうことを言いつつソフィアもかなり外見重視の服着てるじゃないか」
ソフィアはヒラヒラとした黒い服にリボンを着けて、スカートを履いている。どう考えても機能性重視の格好ではない。
「これは親が勝手に着せた物ですので。それに炎耐性が有り、並み程度の魔法であれば吸収することが出来るので人間の服と比べれば性能は良い方です」
「ええ......」
ソフィアが言う並み程度とは、悪魔から見た並み程度だ。それを考えると中々、チート臭い服である。
「契約者。冒険者ギルドは此処ですよね」
酒屋のようではあるが、酒屋にしては少々大きい木製の建物の前でソフィアが止まった。建物の屋根に取り付けられた看板には『guild』の文字が書かれている。
「ああ......戻ってきてやったぞ。冒険者ギルド」
一度は門前払いをされた冒険者ギルド。その建物の前に俺は再び立っていた。前回の俺と今の俺は殆ど変わらない。
ただ、一つ変わったことが有るとするならば
「行きましょう、契約者」
それはきっと、俺の横に頼もしい悪魔が付いていることだ。