51 首切り魔王
「『首切り魔王』......それが、ソフィアの正体です」
『単刀直入に言います』と話を切りだし、ソフィアはそう言った。首切り魔王、という言葉は聞いたことがない。
「それはソフィアの異名みたいなものなのか?」
「異名、というよりかは種族名や役職名に近いですね」
「何やら物騒な名前だが、それは何なんだ?」
サイズが真剣な表情で聞く。
「それを説明するには人と魔族の歴史の話をしなくてはなりません」
「というと?」
「現在より、約5、600年前。魔族と人の全面戦争があったことは知っていますか?」
その言葉には全員が頷いた。学校に殆ど行っていない俺でさえ当たり前に知っている常識だ。
「第二次人魔大戦だね。人間界にやって来た不死族が多くの人間を虐殺し、たまたまその場に居合わせた漆の勇者を殺したことを理由に四勇帝国が魔界に攻めいったことで始まった戦争だ。序盤は武器や八つ首勇者の力があった四勇帝国の有利に進んだが戦線は大結界の中で膠着し、結果的には空を飛べるものの多い魔族に人間が山岳で勝てる筈もなく、人間の敗北となった」
エディアがそんな風に説明をしてみせた。因みに漆の勇者を殺し、その力を途絶えさせた不死族だが、彼もまた漆の勇者と相討ちになって死んだらしい。最後まで民間人を守った漆の勇者には敬意を表したい。
「我々、エルフが人間に不信感を抱き続けてきた理由の一つもそれだ。第二次人魔大戦では多くの人間が死んだ。四勇帝国が戦争を吹っ掛けたからだ。当時の四勇帝国の四皇帝は漆の勇者の死も魔界に侵攻する良い切っ掛けが出来た程度にしか思っていなかったそうだ。八つ首としての能力があるから、傲っていたのだろう」
アデルが少し、苛立ったような口調で言った。確かに第二次人魔大戦は必要なかったといわれることが多い。四勇帝国が仮に魔族に勝てたとして、どうするつもりだったのだろう。四皇帝は大結界を四勇帝国領にしたかったり、賠償金が欲しかったりと色々目的があったようだがそんなことをすれば魔族に復讐されるに決まっている。
「それを言うなら、当時の肆の勇者も馬鹿らしくて参戦しなかったみたいだぜ? というか、何で陸、弐、肆の勇者が消息不明で漆の勇者も居ないのに魔族と戦って勝ち目あると思ったのかねえ。当時のお偉いさん方は」
『我は人の歴史に興味はない。さっさとそのことと貴様の正体にどのような関係があるのか教えよ』
偉そうに今まで黙っていた龍が言う。
「漆の勇者の遺体は漆の勇者を殺した不死族とは別の不死族によって魔界へと持ち帰られ、そして不死族はその遺体を使って、八つ首勇者の力を解析して再現しようとしたのです」
「ん? じゃあ、不死族が漆の勇者を殺したのはその不死族が勝手にやったんじゃなくて不死族の政府的なのが指示したってことか?」
俺の質問にソフィアは頷いた。そんな話は人間界の教科書にはまず乗っていない。
「はい。不死族が人間を無差別に殺したのも八つ首勇者を誘き寄せるためでした」
「おいおい俺達、もしかしてかなりヤバい話を聞かされてるんじゃねえか?」
サイズは困惑した様子だ。
「不死族は順調に研究を進め、八つ首勇者の能力を解析に成功し、その力の再現の研究も苦戦はしたようですが頓挫はしませんでした。しかし、いよいよその力の再現を行おうとしていたときに事件は起こります」
「「「『「事件?」』」」」
全員の声が被った。
「不死族と共同でその研究をしていた悪魔が突如として悪魔の長、直属の兵士の助けを借りて他の研究者の不死族を戦闘不能にして、漆の勇者の心臓を盗み出したのです。此処まで言えば、察しがつくのでは?」
ソフィアの問い掛けに俺が口を開いた。
「ソフィアの正体は不死族から奪った研究結果と漆の勇者の遺体によって作られた擬似的な八つ首勇者、ということか?」
ソフィアは俺の回答にコクリと頷いた。まあ、話の流れからしてそうだろうな。
「悪魔の長に代々仕えるオロバッサ家の現在の当主、アグネス・オロバッサの一人娘であるソフィア・オロバッサは赤子の状態で研究室へと連れていかれて漆の勇者の心臓を口から取り込まされ、八つ首勇者の力を引き出すための改造を施されました。そうして、ソフィアは生まれたのです」
衝撃的な事実を知らされて、一同は沈黙する。この場合はどのような反応をするのが正解なのだろうか。すると、一通りの話を黙って聞いていたアデルが手を上げた。
「『首切り魔王』ということは、悪魔は貴様を八つ首勇者を倒すために作ったのか?」
その質問にソフィアは首を横に振った。
「いえ、『首切り魔王』という言葉は単に魔族の中で憎悪の対象である八つ首勇者をも倒せる魔族の王のような存在、という意味で付けられたのだと思います。人間界にも『竜殺し』や『鬼殺し』といった名称のものが有るでしょう? あれと同じです」
「成る程。それで、本来の目的というのは?」
アデルが更に質問をする。
「ソフィアも詳しくは知らされていませんが、恐らく魔界での悪魔の優位性を築くための兵器としての運用かと。魔界には吸血鬼、悪魔、不死族という人間界でいう大国のような三大種族の集まりが有るのですが、悪魔は元より不死族と政治や経済問題で対立していました。そして、先程お話しした悪魔側が不死族の研究結果と漆の勇者の遺体を不死族から奪ったことでこの二種族間で戦争が始まったのです」
悪魔と不死族が戦争をしていたことはソフィアに聞いたことがあるが、そんな理由で起きた戦争だったとは驚いた。
「そこで、ソフィア君が投入されたんだね?」
「はい。悪魔は吸血鬼と友好条約や相互軍事支援条約を結んでいたため、吸血鬼も不死族へと宣戦布告。ソフィアは悪魔と吸血鬼の混成軍の主力として常に全線で戦い、多くの不死族の命を奪いました」
そのとき、ソフィアが一瞬だけ苦い表情を浮かべた気がした。
「魔族の戦争にも宣戦布告とか、そこら辺のルールが有るんだな」
サイスが興味深そうに言う。
「一応、人間界で言うところの国際法のようなものはあります。あまり守られませんが」
「そこも人間とおんなじか」
サイズが苦笑する。
「ソフィアが今、人間界にいるってことはその戦争は悪魔と吸血鬼の勝利で終わったって認識で良いのか?」
「一応、まだゲリラ化した不死族との戦いは続いていますが勝利は揺らがないだろうという判断のようです」
「成る程……。ソフィアは八つ首勇者みたいに得意な武器があったりはしないのか?」
八つ首勇者はそれぞれ得意な武器が違う。肆の勇者であるサイズは鎌、弐の勇者であるアデルは弓、の筈だがアデルは銃を使っているので飛び道具だったら何でも良いのかも知れない。八つ首勇者の得意な武器は、初代が得意だった武器に由来するらしい。
「いえ、特には。ただ、ソフィアは魔法に長けた悪魔ということもあり魔法はかなり得意です。それに、首切り魔王は八つ首勇者としての力以外に悪魔と不死族の技術を用いた改造も施されているので八つ首勇者と首切り魔王とでは根本から異なるのだと思います」
「......今更だが、その話って悪魔の機密事項とかじゃないのか?」
「特にそういった契約はされていないので問題ありません」
人間がそんなことを知ったところで、何も出来ないだろうと思っているのだろうか。まあ、事実そうなんだけど。
「じゃあ、安心だな」
「はい。契約者はソフィアの正体を知ってどう思いましたか?」
ソフィアは俺の目を見つめながら聞いてきた。
「いや、特にどうも思わなかったな。ソフィアが悪魔の上層部に酷い扱いを受けていたのも前から知ってたし普通に『ああ、そういうことだったんだな』って納得しただけ」
消息不明となっていたエルフとの出会い、エンシェントドラゴンとの戦い、サイズの正体の判明というえげつないイベントをここ二日間で経験した俺はそれくらいのことでは動揺しない。
しかし、ソフィアは何処か驚いたような表情を浮かべていた。
「いえ、あの、もっとこう......歪な存在で気持ち悪い、とか、不死族を大量に殺めるなんて恐ろしい、みたいな感想はないのですか」
「うん、ない」
「俺も、あんまりないな。少し、驚きはしたが」
「というか、そもそもソフィア君が恐ろしいのは今に始まったことじゃないしね」
「貴様が多くの不死族を殺したのは、上層部にそれを強制されて戦場に送り込まれたからだろう? 戦場では殺さなければ殺される、無理矢理戦わされる兵に罪はない」
『我は面白かったぞ? 1000年前と比べて魔族の技術の進歩が窺えて』
口々に感想や意見を述べる俺達にソフィアは困惑した様子だった
「ソフィアの正体が何であろうと、ソフィアはソフィアだ。ソフィアを嫌う理由がない。俺はソフィアが好きなんだ。あ、勿論、パートナーとしてだぞ? ......いや、別に、異性として見てないとかそういうわけでもないこともないけど。とか言ってみたりみなかったり」
最後の部分は滅茶苦茶、小声になってしまったのでソフィアには聞こえていなかっただろうが少し、恥ずかしかった。
「そう、ですか。では、これからも今まで通り宜しくお願いします」
そして、ソフィアは少し気分が良さそうにそう言ったのだった。