50 葛藤
一週間投稿遅れちゃったあ。お兄ちゃん、ごめんなちゃい(ウルウル)
頭痛が痛い......もとい、頭が痛い。朝起きた俺の目の前には体をロープで縛られエディアに睨まれているソフィアの姿があった。その横には銃を持ったアデルの姿がある。
「うちの堅物何かやらかしちゃいました?」
「ああ。やらかしてくれたよ。とんでもないことをね! 僕としてはソフィア君を今すぐに地下牢に送ってやりたいよ!」
エディアが苛立った口調で叫んだ。え、本当にうちの娘何やったの?
「い、いや、あの、エディア? 何度も説明したが、ガキんちょは自分の意思で行為を中止した訳で、未遂ですらないんだ。あまり、怒らないでくれ」
「そ、それにソフィアには全く、逃亡や戦闘の意思はないと見える。縄で縛る必要も銃で脅す必要もなくないか? 出来れば、恩人に銃は突きつけたくないのだが」
「二人は黙って、僕の言う通りにしてろ!」
「「……はい」」
悪魔を縄で縛り、八つ首勇者を怒鳴り付けるエディアも中々、肝が座っているな。
「んで、本当にソフィアは何をしたんだ?」
俺が聞くと、彼女の口からは信じられない話が飛び出した。
「ソフィア君はね、サイズを殺そうとしたんだ!」
「……え?」
その時、俺の思考が止まった。
「契約者」
ソフィアが俺を呼ぶ。
「......う、うん」
放心しながらも、ソフィアがエディアの言葉を否定してくれるのを期待した。
「申し訳ありませんでした」
しかし、ソフィアはそう言って俺に頭を下げるだけだった。彼女の目からは光が消えている。
「嘘、だろ? 何で」
「嘘じゃない。本当のことだ。出来れば、僕も友人であるソフィア君を責めたくはないんだよ? でも、サイズが殺されかけたんだ。怒らずには居られない」
そりゃ、そうだ。エディアにとってサイズは親友であり、恋人のような存在だ。俺もエディアにソフィアが殺されかけたら彼女を責めるだろう。
「オルム、勘違いしないでくれ。ガキんちょは俺を殺すことをずっと躊躇っていたんだ。それで結局、指一本俺に触れることはなかった。それどころか俺を殺そうとした自分への戒めで自分の腹に剣を刺したんだ」
......は?
「だ、大丈夫かソフィア!? 傷は!?」
サイズの言葉に俺の頭の中はたちまち、ソフィアの心配でいっぱいになった。
「治癒魔法で完治しています。心配には及びません」
「そ、そうか。良かった」
ソフィアの体の強さと治癒魔法の腕は伊達じゃないな。
「良くない!」
その時、エディアの叫び声が聞こえた。
「おい、エディア。いい加減にしろ。さっきも言った通り、ガキんちょは自分で俺を殺すのを中止した。それに自分の腹まで刺したんだ。十分、罰は受けてる」
興奮した様子のエディアをサイズがそう宥める。
「......じゃあ、ソフィア君、せめてサイズを殺そうとした理由を教えてくれ」
エディアの言葉に縄で縛られたソフィアが静かに頷いた。
「この前、悪魔の長から魔法で連絡があったのです。『人間の情報を集めるのに支障をきたさない程度に見つけた八つ首勇者は殺せ』と。弐の勇者はエルフの長でもあるので、殺せば面倒なことになるでしょうが、肆の勇者なら昨日の混乱に紛れて殺せば大丈夫かもしれないと思いまして」
ソフィアの声色は何時もより暗く感じた。
「そ、そんな、命令無視すれば良いじゃないか!」
「......何か勘違いしていませんか?」
エディアの言葉にソフィアが冷たい声で聞いた。
「え?」
「ソフィアは悪魔です。上の命令や、契約は絶対です。今回の命令は人間の情報を集めるのに支障をきたさない範囲で、と言われていたので肆の勇者を殺すのは止めましたが、ソフィアが命令を破ることは有り得ません」
空気が凍る。まるで、ソフィアが出会ったばかりの頃に戻ったようだった。
「じゃ、じゃあ、君はその悪魔の長にオルム君を殺せって言われたら殺すのかい!? 殺さないだろう!?」
「いえ、契約ですので。殺します」
心臓が締め上げられるような感覚がした。分かってはいた。ソフィアは悪魔だ。悪魔にとって、契約は絶対。長との主従関係という絶対的な契約を悪魔の彼女が破る筈がない。それにソフィアが堅物なのは俺が一番、知っている。しかし何故だろう。やはり、少し寂しい気がした。
「……普通じゃない。君は普通じゃないよソフィア君。オルム君をパートナーとして信頼しているんだろう!? オルム君を好きなんだろう!? なのに、何故」
エディアが体をブルブルと震わせながら叫び、立ち眩みでも起こしたのだろうか。倒れそうになって、アデルとサイズに支えられた。
「ソフィアは契約者を確かに信頼していますが『好き』という感情はよく分かりません。それに、ソフィアは勿論ですが普通ではありません。ソフィアが皆さんの目にどんな風に映るのかは分かりませんが、あまりソフィアを信用しない方が良いかと。ソフィアは悪魔ですから」
いつの間にか、縄を解いたソフィアはエディアの背後に回ってそう言った。エディアが泣きそうになる。
「契約者、貴方もあまりソフィアに情を持たない方が良」
「断る!」
俺はソフィアが話し終わるのを待たずにそう言って彼女を抱き締めた。凛として自分の冷酷さを皆に見せ付けたソフィアだったが、何処か何時もと雰囲気が違った。表情にさえ出さないので、皆どころかソフィア自身も気付いていないようだが彼女の心は泣いているようだったのだ。
「今日のお前は、何か可笑しい」
「いえ、ソフィアはこれが普通です。ソフィアが契約と命令を重んじて、人間の感情を理解出来ないということは貴方が一番、知っているでしょう?」
冷たく、落ち着いているその声からもソフィアの泣き声が聞こえてくる。
「いや、ソフィアが堅物でちょっと感情表現が苦手なのは知ってるけど! 何時ものお前なら、進んでそんな風には振る舞わない筈だ! ソフィアと出会ってからまだそんなに経っていないが、分かるよ。俺はお前のパートナーなんだから」
俺はソフィアを更にぎゅっと抱き締め、顔を彼女の顔に近付けた。
「......顔、近いです」
「ソフィア、顔紅いぞ。感情を理解できない奴は恥ずかしくなったりしない筈なんだがな? 何か、あったんだろ? 言ってくれ」
すると、ソフィアはブツブツと話し始めた。
「ソフィアは......可笑しくなっているのです。以前のソフィアであれば肆の勇者くらい迷わずに殺せた筈。ですが、ソフィアは殺せませんでした。色々な思いが頭の中で交差して。それに、殺そうとした自分が憎いとさえ思いました。ですが、その理由が分かりません。理由なく行動をするような者はソフィアではありません。なので、常に効率的で最適な選択をするソフィアという悪魔を再確認していたのです」
その話を聞いた三人は唖然とする。しかし、俺だけは不思議とソフィアの説明に納得することが出来た。如何にもソフィアらしい悩みだ。俺はソフィアから離れて三人にヒソヒソと話をした。
「……ソフィアは悪魔達に利用されるために思想教育や感情の統制をされて育ったみたいでな、たまにあんな風に俺達と暮らしていく中で少しずつ抑えられていたアイツの感情が解放されてアイツが戸惑ってしまうことがあるんだ。どうか、ソフィアを許してやってくれ。今回の件は契約者である俺の責任だ。如何様にも償うから」
俺の言葉を三人は真剣に聞き、頷いた。
「ま、そういうことなら仕方ねえよな。要するに遅くて色々と過激な思春期ってことだろ?」
サイズが優しく笑い、アデルも口を開いた。
「私もソフィアからは邪気が感じられない。きっと、何か彼女の中で何かが変わろうとしているのだろう」
そして、エディアは
「……すまない。ソフィア君。先程は言い過ぎた」
と、ソフィアに謝った。
「いえ、謝られるようなことではありません」
「いや、それでも謝らせてくれ。これからも君とは友達として付き合っていきたいんだ」
エディアの言葉にソフィアは無言で僅かにだが、首を縦に振った。
「んじゃ、取り敢えず解決だな」
サイズが呟いた。
「待ってくれ。全て解決と言うなら一つだけまだ大きな疑問がソフィア君には残ってるよ」
エディア余計なこと言うな。また話がややこしくなる。俺はもう面倒事は懲り懲りなんだ。
「疑問?」
サイズが首を傾げる。
「サイズ、八つ首勇者の暗殺なんて大任をそんじょそこらの悪魔が任されると思う?」
「......思わないな。ただの一般的な悪魔だったら、八つ首に勝てる筈がない。というか、あの八つ首を手こずらせたあの龍を相手に戦える悪魔なんて普通の悪魔な筈がない」
「俺もそれは前から疑問に思ってた。ソフィア、強すぎるんだよな。でも、何故かそのことはソフィアが話したがらないんだ」
それは俺がずっと前から気にしていることだった。
「私も興味がないと言えば、嘘になるな」
『我も』
サイズとエディア、俺にアデル、突然現れた龍にまでそう言われたソフィアは無言で顔を逸らした。
「ソフィア、話そ?」
笑顔で圧力を掛けながら俺はそう言った。惚れた相手のことを知りたくなるのは当然の欲求。俺はソフィアのことをもっと知りたいのだ。
「......上層部にそれについての口外は禁じられていません。本当はあまり言いたくはないのですが、契約者がそう言うのであれば、話しましょう」
そして、俺の言葉にソフィアは少し俯きながらそう言った。
「良いのか? 今まで嫌がってたのに」
「ソフィアに情を持つなと契約者に言っていた先程までのソフィアの考えとは矛盾しますが、ソフィアは契約者が正体を知ってソフィアから離れていくのが少し、怖かったのです。ですが、やはり契約者にはソフィアの正体を知って貰いたい気もしまして」
そんないじらしいことを言われたら惚れてしまうじゃないか。いや、もう惚れてるけど。ソフィアの正体を知った俺が離れていくのが怖い、でも、自分のことを知って貰いたいなんて可愛すぎかよ。この娘に感情がないとか絶対、嘘。
「安心しろ。ソフィアが何者であっても俺はソフィアのパートナーであり続ける」