49 正体
「それではお話しましょう。契約者、宜しいですよね?」
ソフィアが悪魔だということを知ってエディアがどんな反応をするのかは怖いが友人であるエディアに嘘をつき続けるのも大変、気持ちが悪い。
こういうことになってしまった訳だし、仕方がないだろう。そう思って俺が頷くとソフィアは話を始めた。ソフィアの正体が悪魔であること、ソフィアが人間界の情報を得るために俺と契約をしていることについて。
すると、エディアは沈黙してしまった。あまりの衝撃で言葉を失っているらしい。一方、サイズ達はというと
「俺は元から知ってたからなあ。どんな反応をしたら良いのやら」
「私もソフィアの羽を見て大体、察していた」
『我は一発で見破っていたぞ。フハハハハ』
と、全く驚いた様子は見せていなかった。
「……ふっ、ふふ」
ヤバい。エディアがなんか笑い始めた。怖い。
「お、おい、エディア?」
「二人とも、其処に正座」
「「......はい」」
俺とソフィアはエディアの圧倒的な圧力に負けて黙って従った。
「いやね、確かに失神するくらいに驚いたよ? 彼女の羽から何と無く察していたとは言ってもそりゃあ、こんなに身近に悪魔がいたなんて僕は今でも信じられずにいる。でもね、仮にそれが真実だとしたら私に隠していたことが許せないなあ。僕達は友達だろう? 違うかな?」
「それはその、本当に、悪かった」
「申し訳ありませんでした」
ソフィアと俺の二人は正座のまま謝罪の言葉を口にしてエディアに頭を下げた。
「……もう良い。で? ソフィア君は正体がバレたら魔界に帰らなくちゃいけないんじゃなかった? それは大丈夫なの?」
明らかにもう良い、とは思っていなさそうなキレ気味の口調でエディアは聞く。それに関しては俺も気になっていたところだ。
「はい。今回の場合は皆さんに契約魔法を掛けて口外を禁じることが出来たので契約内容は適応されません。その契約の内容が適応されるのはあくまで此方のミスで正体がバレて、取り返しの付かなくなった時のみなので」
「良かった......」
俺は思わず、息をついた。彼女と離れなくて良い。それだけでとても嬉しかった。
「はははっ。良かったな、オルム」
「何を笑っているんだいサイズ? 次は君の番だよ?」
エディアの笑顔にサイズが硬直する。
「俺は別にガキんちょとオルムみたいに複雑なことはないぞ? ただ、俺が実は八つ首の肆だっただけ。本名はアウグスティン・アハト・アーベントロート。サイズは偽名だ。本名は嫌いだからこれからもサイズって呼んで欲しい」
コイツ、さらっととんでもないことを言い出した。いや、確かに昼間、炎龍に名前を聞かれて肆の十三と答えていたが。
「宜しい、君も正座しろ」
「は、はい」
俺とソフィアの横にサイズも正座をさせられた。
「君とは長い付き合いで互いに隠し事は必要ないくらいに親しい仲だと思っていたんだが......どうやら、僕の片思いだったようだね」
「そ、そんなことはない! ほ、ほら、どんなに仲良しでも少しは相手に秘密があるもんだろ? ほら、好きな異性のタイプとか。その秘密がちょっと大きかっただけで......。いや、本当に悪かった。俺が八つ首の子孫だということをお前に知られたら、態度を変えられるかもって思ってたんだ」
「馬鹿! そんなことで僕が態度を変える訳ないだろ?」
エディアが叫ぶ。なんか、痴話喧嘩っぽくなってきたぞ。
「いや、でも、初代の肆の勇者は人に注目されることを嫌って行方を眩ましたんだ。それから、肆の勇者ってのはずっとそうやって自分が勇者であることを誰にも教えずに生きてきて......その、勇者であることを言わないのは一種の家訓みたいなものなんだよ。許してくれ」
「家訓と僕、どっちが大切なんだ!?」
「そ、そりゃ、エディアに決まってるだろ! だからこそ、好きなエディアに勇者であることを知られるのが怖かった。お前も信じられなかった俺を許してくれ!」
何度も、何度も許しを乞うサイズにエディアは溜め息を吐いて
「じゃあ、これからは隠し事は無しだよ? 様子を見る限り勇者の力は君の重荷になっていたようじゃないか。そういうこと重荷は僕がこれからは一緒に背負ってあげるから」
うわ、ナチュラルにイチャつき始めた。
「成る程。この前、私に貴様が弐の勇者であることに責任を感じることはないと励ましてくれたのは自分が勇者だったからか」
アデルが成る程とばかりに頷いた。
「ま、そんなところだ。後、ガキんちょに契約を持ち掛けられたことを覚えてるのも勇者に備わっている魔法耐性があってガキんちょの記憶消去が効かなかったからだ」
一気に疑問が解決した瞬間だった。サイズが昨日、俺と出会う以前にソフィアと面識があったことを示唆するようなことを言っていたが、それの答えがこれか。
「はあ......。僕は今日、疲れたよ。寝てくる。もう、正座止めて良いよ」
そう言い残すとエディアは足早に去っていってしまった。
「あ、ちょ、おい、エディア! 一緒に寝ようぜ!」
そして、それをサイズが追いかけて行った。というか、なんだよ。今日の朝、ソフィアと一緒に寝ていた俺に色々と言ってきたくせにサイズもエディアと寝てるのか。
「じゃあ、俺達もそろそろ寝るか。じゃあな」
俺は先程まで寝る、というか失神していたが普通に眠い。エディアじゃないが本当に今日は疲れた。
「ええ。それでは」
俺とソフィアはアデルと炎龍に礼を言うと、その部屋を後にして寝室に行ったのだった。後、今更だが此処はアデルの家だったようだ。
☆
『ああ、久し振りだな。ソフィア・オロバッサ』
連絡用の魔法越しに聞いたあの方の声が頭に響いた。横では契約者が寝息を立ててぐっすりと眠っており、弐の勇者も夢の中。命令を遂行するなら今しかない。そう思い、静かにベッドから起き上がると扉を開けて向かいの部屋に忍び込んだ。
「んう。サイズ、いい加減にしてくれよ......」
突然、聞こえてきたギルドマスターの声に一瞬、ドキリとしたがどうやら寝言らしい。
一方、肆の勇者であるサイズ・アハト・アーベントロートは大きないびきをかきながら爆睡していた。目を覚まされると面倒なのでギルドマスターに睡眠魔法を掛ける。これで明日の朝までは起きることが出来ない筈だ。そして、肆の勇者の方を向いた。
勇者である彼に睡眠魔法を掛けるのは困難を極めるだろう。それに、下手をすれば自分の存在に気付いて目覚められるかもしれない。大丈夫。一発で蹴りを付けよう。そう思い、錬金魔法で剣を生成して自分の力を最大限に解放した。手から紫色のオーラが放たれ、それが剣にも伝わっていく。此処で彼を......
刺せる筈がなかった。振り降ろした剣を彼の首元で止め、その勢いのまま自分の腹に突き刺す。
「かっ……。はっ……」
自分の血が二人の寝室を汚す。契約者には見せることの出来ない、兵器である自分にあるまじき不様な姿だ。だが、彼を殺すことは出来なかった。彼は自分に契約者の選び方を教えてくれた人である。彼がいなければ、オルム・パングマンという人間には出会えなかった。
そして、彼は『悪魔、ソフィア・オロバッサ』のことを知りながら自分を殺そうとはしなかった。彼は勇者。しようと思えば、何時でも殺せると思っていた筈なのに。......まあ、そう簡単に殺されるつもりもないのだが。そして、何より彼は契約者の命を何度も守ってくれた。兵士達に集団で殺されかけたときも、炎龍と戦ったときも。
特に後者は自分一人だけだったら、本当に苦しかった。炎龍を倒すことは出来ても辺りは焼け野原になっただろうからだ。それに、今日の自分は何処か可笑しかった。頭から出た自分の血液に不思議と暖かみを感じて、放心してしまっていたのだ。
もしかしたら、自分は失敗作なのかもしれない。
「っ......仮にソフィアが失敗作だとしても、この力だけは成功したようね」
腹部の痛みはそのことを染々と感じさせた。八つ首勇者に致命傷を与える筈の一撃を自分に叩き込んだのだ。その威力は計り知れない。
「おい、お~い。ガキんちょ?」
血を垂れ流しながら倒れていると、肆の勇者の声が聞こえてきた。
「……申し訳ありませんでした」
素直に謝った。
「い、いや、謝られても困るんだが。それ、大丈夫なのか?」
「死にはしません。というか、何時から起きていたのですか?」
「お前が、俺の部屋に入ってきてからずっとだよ。これでも一応、八つ首だからな。殺気には敏感なんだよ。最悪、戦おうと思っていたが本当にガキんちょが俺を殺す決断を下せるのか興味があってな、油断させる意味でも良いだろうし寝たフリをしてた」
あっけらかんとそう説明する肆の勇者。流石、八つ首勇者と言ったところだろうか。彼の寝たフリを感知することが自分に出来なかった。
「まあ、アレだ。夜這いをするならオルムにしてやれ。後、お前が傷付くとオルムが泣くからさっさとそれの治療をしろ」
肆の勇者は笑う。
「……分かり、ました」
治療魔法を使って出血した血液を体に戻し、腹の穴を塞ぐ。わざわざ、血液を再利用したのは掃除しなくて良いようにするためだ。
「後、明日はまたエディアの説教を受けて貰うからな。それに、俺を殺そうとした動機も説明して貰う。だから、今日はもう契約者さんのベッドに戻って休め」
そんな彼の言葉に自分は黙って頷くことしか出来なかった。
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