44 攻防戦
三人が無事に村の方角へ飛んでいったことを確認すると、契約者以外の人間に見られることを恐れて隠していた羽根を解放し、龍を追いかけた。
『魔力で察知してはいたが、やはり貴様は悪魔か』
村へ行かせまいと、龍を追い越して魔法を構える。
すると、その龍は思念の様なものを飛ばして話し掛けてきた。巨大な体に厚い鱗、そして言葉を話すとくれば正体は一つしかない。
「エンシェント......ドラゴン」
魔物最強と謳われる巨龍が其処には居た。
『一度で我の正体を見破るとは、褒めて使わそう。悪魔の少女よ。これより我は憎きエルフ共に復讐をする。そこを退くが良い』
エンシェントドラゴンはそう言うと、咆哮を上げて此方を威圧した。
「申し訳ありませんが、此処を通すことは出来ません、古代龍。ソフィアとしてはそちらが退いてくれると有り難いのですが」
『愚かな悪魔め。蝙蝠に多少の知能が付いただけの生命体が我の行動を阻めるとでも?』
苛立ったように龍は炎の塊を吐き出した。常人ならば数秒で炭になってしまうであろうその炎を魔法の防御壁で防ぐと、空中に作り出した魔方陣から魔力弾を発射させて龍を攻撃する。
まさに一触即発の状態から、お互いの戦意が爆発した瞬間であった。
「阻めると思っているからソフィアは此処に居るのです」
油断していた龍は魔方弾をモロに喰らい、地面へと叩きつけられた。
「ウウウウウウウウウウウッ! グアアアアアアアアアアアアッ!」
エンシェントドラゴンは怒り狂ったように赤い魔方陣を作り出して、其処から現れる火の追尾弾や火の光線で此方を攻撃してくる。それらを防いだり、避けるだけなら容易だ。しかし、その火は森の木々に引火して広がっていった。山火事が起これば結果として、村の方角に被害を与えるかもしれない。それに、これからのエルフの生活にも支障が出るだろう。だから......
『クハハハハ。我にあれほどの一撃を喰らわせるとはな! それに我の火炎弾を容易に防いで見せたのも天晴れだ。さては貴様、ただの悪魔ではないな?』
だから、水魔法で空を飛びながら消火をしなくてはいけない。龍の攻撃を防ぎながらの消火は少し、難しい。
「さあ、どうでしょうか......」
このまま距離を取りながら、戦っていても埒が開かない。そう思い、龍に一気に近づくと手に力を込めて闇魔法を零距離で放った。
龍の咆哮を遥かに上回る大きな爆発音が森に響き渡る。
「......ッ!?」
魔力の力を集めて単純な爆発を起こす、闇魔法の基本魔法。それの応用だ。龍の体の中で街一つが吹き飛ぶ力の魔力爆発を起きた。
少し間違えれば、下の森が余波で消し飛ぶかもしれない威力で龍を攻撃したのは勿論、エンシェントドラゴンという神話級の魔物の持つ防御力を見込んでである。
そして、やはりそれだけの威力を注いでも龍の体が破裂することはなかった。
「墜ちろ」
魔法で剣を作り出し、それを大鎌に姿を変えさせて怯んだ龍に一撃を入れた。龍は鎌に鱗を貫通して肉を抉られ、地上へと落下する。
龍の悲鳴が聞こえ、勝利を確信したとき......。
『馬鹿め』
龍が力を振り絞って尻尾を振った。あまりの早さに防御壁の構築が間に合わない。龍の尻尾はお粗末な出来の防御壁を薄氷のように砕き、そのままの威力で此方を攻撃した。
「くっ......!?」
1000年間、封印されていたせいで力が弱まっているとは言っても過去の弐の勇者を相手に苦戦を強いた怪物なのだ。そう簡単に倒せるはずがなかった。
体は羽根で体勢を整える暇もなく、飛んでいって巨岩にぶつかった。巨岩は粉々に砕け頭からは大量の血が溢れ出る。
「......ソフィアにも、血は通っていたのですね」
遥か遠くで龍が再び、羽根を使って浮かび上がった。このままでは村が危ない。なのに、体は血に目が釘付けになって動かなかった。
『1000年前に戦った八つ首に勝るとも劣らぬ力であった。だが、そろそろ勝負を決めさせてもらう』
自らの血に見とれていたせいで、目の前から飛んでくる火球を防ぐのが間に合わなかった。
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『では、記憶処理を施しますね』
ソフィア・オロバッサと名乗り、悪魔を自称する少女はそう言って俺に手をかざした。
ほんの数分前、途方に暮れた様子で道端のベンチに座っていた彼女に俺は声を掛けた。何か力になれないか、と。
『面倒なことになる』と警告をしてくる彼女にそれでも良いと俺が答えると、彼女は正体を明かして俺と契約をしてくれと言ってきたのだ。
しかし、俺はそれを断った。魅力的な契約内容ではあったが彼女の契約相手が俺に勤まる気がしなかったのだ。
『あー、あれだ。悪い。自分で言っておきながらガキんちょの契約相手にはなれねえ。それと、助言だが契約相手は適当に選ばない方が良い。その契約を持ち掛けるなら自分がこの人ではいけないって思わず、思っちまうような奴にしとけ』
あの時、ソフィアは俺の助言に頷いたのだろうか。忘れてしまった。しかし、ソフィアとはその後、直ぐに再会することになった。
『ンギャアアアアアアアア!』
黒牙猪に追い掛けられて逃げた先が、ソフィアとソフィアの契約者が野宿をしていた場所だったのだ。その時、俺はソフィアを初対面のように扱った。彼女の中で俺はソフィアに関する記憶が消えている存在、だったからだ。
その後もソフィアとソフィアの契約者......もとい、オルムとの付き合いは続いた。一緒に酒を飲むこともあれば、俺の友人でもあり、好意の対象であるエディアと四人で兵士の酒場に殴り込んだこともあった。
そんな関係が続いて幾らかの月日が経ったある日、四人で旅行に行くことになった。