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42 羞恥心


 ......とは言え、俺だって折角の温泉で何も行動しないなんて野暮なことをするつもりはない。サイズの前では無欲に振る舞ってみたが、俺だって立派な年頃の少年だもん。それに長年、男しかいないむさ苦しい兵士の寮で虐められながら暮らしてきたんだ。少しくらい、良い思いをしてもバチは当たるまい。


「さて、どうしようか」


 俺は温泉に浸かり、その温かさを堪能しながら呟いた。俺は温泉の中に存在する木製の壁をさすってみる。この壁の向こう側は女湯。そして、ソフィアは絶賛入浴中である。しかも、俺もソフィアも風呂に入るのが遅かったため男湯には俺とサイズしかいない。


「悪い顔してどうしたんだ? オルム」


「いんや、別に?」


 俺はどっかの誰かさんと違って頭脳派だ。決して、女湯に特攻を仕掛けて迎撃されたアホと同じ轍は踏まない。


「それにしても、酷いよなあエディア。あそこまでしなくても良いのによお」


「自業自得だろ」


 俺も同じようなことをしようとしてるけどな!


「いやいや、温泉なんだから覗きは必要だろ。覗きのない温泉は温泉じゃない」


「何を言っているんだお前は」


 俺も同じような考えだけどな! しかし、頭脳派とは言ってもどんな作戦を立てるべきか。ソフィアを覗いたときに他の婦人方も一緒に覗いてしまったら迷惑だしなあ。


「いやあ、上空から侵入する、完璧な作戦だと思ったんだけどなあ。全く。エディア、怒り狂ったモンスターみたいになりやがって」


 確かにあの後も本気でキレてたもんな。俺も思わず、逃げ出したくなったし。ん? 思わず、逃げ出したくなる.......?


「それだあっ!」


「は?」


「いや、何でもない。それより、この温泉って俺達が最終入浴だったよな!?」


「あ、ああ、そうだな。俺達が更衣室に入った瞬間、今日の入浴は終了です、って看板を宿の人が置いてたし。俺達が出たら掃除をするんだろ。それがどうした?」


 つまり、俺とサイズ以外の男はもう此処に入ってこない! 女湯も今、居る人達が出て行ったらもう、新しく人が入ってくることはないということ。フフ......フフフフフ。我ながら素晴らしい作戦を思いついた。


「いや、何でもない。それより、エディアに機嫌を直してもらうために早く上がった方が良いんじゃないか?」


「だなあ。悪い。それじゃあ、先に上がるわ」


「おう。俺ももう少し浸かったら出るよ」


 その作戦はこうだ。まず、サイズ適当なことを言って出ていってもらう。覗きをするのにサイズの存在は色んな意味で都合が悪い。そして、次にすることは簡単。大声で『モンスターが出た!』というのだ。そうすれば、その声を聞いた女湯の婦人方は逃げるだろう。そして、ソフィアはというと俺を助けるために裸のままで此方に移動してくる、という寸法だ。俺が物音をモンスターの鳴き声と間違えたことにすれば、角もたたないだろう。


「......いや、止めよう」


 しかし、俺はそんな企みを考えついた次の瞬間には無意識にそう呟いていた。自分のためだけに関係のない人に恐怖を与え、迷惑を掛けるなんてとてもではないが俺には出来ない。それに、俺をモンスターから助けたい一心で飛んで来てくれるソフィアの純粋な気持ちを利用するのは流石にクズ過ぎる。駄目だ。ソフィアを愛するあまり自分を見失うところだった。


「はあ......」


「契約者?」


 俺が溜め息を吐くと、女湯側から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ソフィアか? どうしたんだ?」


「女湯がソフィア一人になったので、呼んでみただけです。男湯も契約者だけなのでしょう?」


 どうやら先程の会話を聞かれていたらしい。


「ああ、そうだな。巨大な露天風呂と星空を独り占めしているところだよ」


「露天風呂は確かにそうかもしれませんが、その星空はソフィアも見ていますよ」


「確かにそうだな。温泉はどうだ?」


 俺は空を見上げながら笑った。本当に綺麗な星空だ。しかも、今日は満月。月の光が周囲に灯りの少ない露天風呂に反射している。


「とても気持ちが良いです。出来れば、毎日入りたいくらいには」


「だな。効能も色々、有るみたいだし。はあ~あったかい。......ん?」


 この壁さえなければ、なんてことを考えながら壁を見ていると何と無くその壁に違和感を感じた。


「どうかしましたか?」


「い、いや、何もない」


 俺は壁の向こう側のソフィアとそんな会話をしながら気付かれないように男湯と女湯を仕切る壁へと近付いて行った。あれは......。


「そうですか。それにしても、風呂は何時も別々に入っているのでこうやって湯に浸かりながら契約者と話すのは新鮮ですね」


 やっぱりそうだ。木製の壁に似たような色の木の板が上から釘で貼り付けられている。しかも、その釘が滅茶苦茶緩い。少し、引っ張れば簡単に取れそうだ。


「まあ、通常なら絶対にあり得ないシチュエーションではあるよな」


 俺がその板を引っ張り、釘を抜いて取ってみると其処には直径5cm程の穴が存在した。どうやらその穴は別世界に通じているようだ。……間違いない。これは『誰かが覗きのための穴として開けたけど板で塞がれてしまった穴』だ。それも、この釘の緩さからして先人達が板を外して覗いては暗黙の了解で次の人が外せるように緩いまま板を戻す、ということを繰り返してきたらしい。


 女湯側にも板を張らなかった宿の怠慢を皮肉るかのようなこの穴。素晴らしい。早速、覗いてみよう......あれ? 先程までは確かに女湯が見えていたのに今、覗いてみると何も見えない。いや、何も見えないこともない。青くて、丸い。


「......契約者」


 声が目の前から聞こえ、俺の背中を冷たい汗が伝った。向こう側に見えていた青くて丸い物体はソフィアの目だったのだ。


「これ何てホラー!?」


 心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に陥った俺はそう叫んで穴から目を離した。


「早く、向こうに行って下さい」


ソフィアは大層、ご立腹のようであった。


「ごめんなさいいいいっ!」


「......ふん」


 ヤベエ。ソフィアがこんなに分かりやすく怒ってるの初めて見た。だって『......ふん』だぞ『……ふん』。あのクールなソフィアが其処まで露骨に鼻を鳴らすってことは相当、お怒りですやん。


「本当に悪かった! ごめん!」


「ソフィアに恥じらいの感情を教えたのは契約者なのに」


「いや、その、マジですまん。出来心だったんだ」


「出来心、便利な言葉ね」


 うっわ、ソフィアのタメ口初めて聞いたけど状況が状況なだけに嬉しくない。


「ソ、ソフィアさん、敬語......」


「何か?」


「ナンデモナイレス。ゴメンナサイ」


「別にソフィアは貴方の契約者なので裸を見せろと言われれば見せますし、抱かせろと言えば幾らでも付き合うので怒っていません。それに、ソフィアには怒りの感情がありませんから」


 嘘をつくな。怒りまくってんだろうがYO。


「いや、でもさ......」


「反省するなら最初からしないで」


「ごもっともな意見をありがとうございます」


 ヤバい。ソフィア怖い。めっちゃ怖い。もっと、無感情な感じで『ソフィアには恥ずかしいという感情が分かりませんので』みたいな対応されると思ってた。


「ソフィアとしては別に裸を見られるくらい、全く構わないのですが契約者が申し訳なく思っているようなのでソフィアが戒めましょう。罰として今日は一緒に寝て頂きます」


「宜しいです、はい」


 俺が百悪いのだ。もう、何も言わないようにしよう。罰の内容も普通にご褒美だし。


「後......」


「ん?」


「女性の体に興味があるのなら、直接言って下さい。それでは、ソフィアはそろそろ上がります」


 そう言い残してソフィアは風呂を出ていった。


「……女性の体、ね」


 幾ら感情が豊かになっても鈍いままのソフィアに溜め息を吐いた……ということがあったのだった。思えばあれがかなりソフィアの感情の成長が見られた出来事だったのだろう。


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