4 野宿決定
今回はちょっと文字数が多いです! お楽しみ下さい!
「此処は?」
地獄では無いことを祈りつつ、俺が目を開けると周囲にはレンガの建物が建っていた。残念ながら此処は天国ではないらしい。更にぐるりと首を回転させると其処には死神を思わせる不吉な色使いの服を着た少女が居た。やはり此処は地獄のようだ。
「あの後、ソフィアと契約者が居た廃墟は崩れました。ソフィアは契約者を守りながら脱出しましたが廃墟の崩落のショックが原因か、契約者が気絶してしまいましたので人通りの少ない道まで移動して様子を観察させて頂きました」
自棄に可愛らしい容姿の死神は淡々と現在の状況を告げる。どうやら彼女のお陰で間一髪、助かったらしい。
「悪魔との契約も捨てたものじゃないな」
「いえ、あのような崩落の恐れのある廃墟に案内したのはソフィアです。契約者が契約を選ばなかったとしても当然の義務として助けるつもりでした」
「......そっか。というか、ずっと思ってたんだけどソフィアって何歳?」
容姿だけ見れば14歳くらいの気がするが、悪魔は長寿で知られる魔族だ。もしかしたら、予想よりも高齢なのかもしれない。何よりソフィアの口調はあまりにも大人びていて、丁寧過ぎるのだ。
「17です」
「まさかの1つ下!?」
俺は人間と同じように14歳前後か、逆に100歳や500歳などという魔族らしい年齢のどちらかになるだろうと予想していたのだが彼女の答えはそのどれでもなかった。
「契約者は18歳なのですね」
「いや、うん。まあ、そうだけど......え? 17歳?」
「何か問題が有りますか?」
俺が若干、引き気味に言うとソフィアが鋭い声でそう言ってきた。
「いや、別に問題は無いんだけどさ。魔族の17歳の見た目は人間の14歳くらいと同じような見た目になるのか......」
「少し違います。魔族は人と比べて長寿なため、体も老いにくいのです。赤子から少女に育つスピードは人間と同じくらいですが、それ以降の老化スピードは悪魔の場合、人間の20倍の遅さになります」
「成る程。魔族の中でも悪魔は長寿な方なのか?」
「寿命は吸血鬼に続いて第2位ですね」
吸血鬼の中には1000年、2000年の時を生きる者もいると言う。そんな吸血鬼が魔族の中で最長の寿命を持つ存在だと言うなら、納得だ。
「100年で長生きと言われる俺達からしたら考えられないな」
「人間がそうであるように魔界にも国と言う物があり、戦争や紛争を続けているので寿命を全う出来る者は少数ですが」
「ま、魔族も人族もそう変わらないってことだな」
静かに頷くソフィアの瞳からは憂いのようなものが見てとれた。ソフィアは悪魔の長に仕えている家の出らしいので尚更そういったことを目の当たりにしてきたのだろう。
「さて、そろそろ契約者の家に案内して貰っても宜しいですか? 人間がどのような家に住んでいるかも調べなくてはなりませんし。散らかっているなら掃除も......」
「家なら無いぞ」
「そうですか。では......え?」
俺の即答にソフィアは困惑しながら疑問符を浮かべた。
「今まで兵士の寮に泊まってたからな。親は死んだし、実家は燃えた。金もない。つまり、身寄りもなければ宿屋に泊まることも出来ない。つまり、野宿」
「は? え......は?」
クールで無表情だったソフィアが分かりやすく動揺し始めた。それもそうだろう。このまま、暖かい家に行くつもりが野宿と宣告されたのだから。
「てへっ♪」
「......仕方ありませんね。街から出て、少し歩いたところにある森に簡易テントを張っています。そろそろ夜になりそうですし、向かいましょう」
「マジか。それは助かる」
俺は元々地べたで寝るつもりだったので、そんな提案をしてくれたソフィアは女神に見えた。その正体は多くの宗教で神敵とされる魔族な訳だが。そんなことを考えながらソフィアの案内に従い、街を出て少し歩くと大きな森林が俺達の前に立ち塞がった。
不意に俺が森の入り口の方に目を向けると、其処には血を流しながら仲間に支えられて街へ向かっている者達が視界に入った。冒険者ギルドの連中だ。
「さて、テントはこの森の中です。行きましょう」
「うん。ちょっと待て」
先程の者達を見ておきながら何事も無かったかのように話を進めて森の中に入ろうとするソフィアを俺は止めた。
「何ですか?」
「今の見ただろ? この森はこの辺りの森でも特に危険な魔物が出るんだよ。こんな所で野宿なんてしたら夜のうちに魔物の腹の中だぞ?」
幾ら、強い魔物が出るとはいえ悪魔であるソフィアが負けるとは思えない。だが、ソフィアが寝ているうちに俺だけが食われる可能性は低くないだろう。
「それについてはご安心下さい。魔物は寄ってきませんよ」
「え?」
「魔族、特に悪魔を始めとする一部の魔族は魔法の源である魔力の貯蔵量が異常に多いので本能的に魔物はソフィアを避けようとする筈です。念のために魔物よけの魔法もこの周辺に掛けておくのでご安心下さい」
「......そう言うことを聞いていると、人間は何でそんなに強い魔族への抵抗に成功し人間界を築けたのか疑問に思えてくるな」
過去に何度か起きた人間と魔族の大戦。確かに魔族が圧倒的に有利だったらしいがそれでも人間は魔族に支配されることなく、繁栄してきたのだ。
「......様々な理由が有るでしょうが、大きな原因は魔族の結束力の低さでしょうね」
「と言うと?」
「魔族は何時の時代も種族同士の戦争に明け暮れており、人間界にまで手を伸ばす余裕が無いのです」
「悪魔も他の種族と戦ってるのか?」
「はい。悪魔の長は長年、不死族の領地を奪い取ることを目的に何度も出兵しています。ソフィアも長のご命令で不死族と戦ったことがあります」
人間界も相当荒れているが、魔界はそれ以上に酷いらしい。そして何よりもソフィアが戦いに駆り出されていたというのが衝撃的だった。
「ソフィアは不死族と戦うことについてはどう思っているんだ?」
「......別にどうも。命令だったので遂行したまでです」
ソフィアは少しの迷いすら見せずに淡々とそう語った。
「じゃあ、その長とやらが俺を殺せって言ったらソフィアは俺を殺すのか?」
興味本意でそう聞いてみると、ソフィアは此方をギロリと睨んできた。背筋が凍る。
「勿論。ご命令と有れば」
「......そうか」
その言葉を聞けただけで十分だった。彼女の言ったことは当たり前のことだ。しかし、何故だろうか。恐怖を感じる訳でも、失望するわけでもないのに何と無く寂しい気がするのは。
「そのような状況になる確率は極めて低いです。考えるだけ無駄ですよ」
「......ごめん」
そんなやり取りを終えると、俺とソフィアは無言で歩き出した。何とも微妙な空気が俺達の間に流れる。
「着きました」
ソフィアの言葉通り、確かに其処には小さなテントがあった。
「二人はキツそうだな」
一人で使う分には十分な大きさだが、二人となると快適に過ごせるかは些か疑問だ。
「では、契約者は中で寝てください。ソフィアは外で寝ます」
「いやいやいや、そもそもこれはソフィアのテントだ。持ち主のソフィアが使わないなんて可笑しいだろ」
俺の言葉にソフィアは、理解しがたいと言うように首を傾げた。
「......ソフィアは契約上、貴方の命令は基本的に全て聞くことになっています。つまり、ソフィアは契約者の奴隷の様なもの。奴隷がどうなろうと別に構いはしないでしょう? ソフィアはそのつもりで契約を交わしたのですが」
「......はい?」
「ソフィアに外で寝ろ、テントは自分の物だ、と命令してくださればソフィアはその命令を遂行します」
この少女にとって、契約や命令は死んでも守り抜かなければいけないような物らしい。誠実と言えば誠実なのだろう。しかし、俺は彼女を奴隷のようにコキ使うつもりは更々無かった。どうやら今回の契約についての認識は俺達の間で大きくズレていたらしい。
「ソフィア」
「はい」
「俺とソフィアは確かに契約だけの間柄かも知れないが、その関わり方までを全て損得勘定で考えるつもりは俺には毛頭ない。烏滸がましいかもしれないがソフィアは俺にとって二年間限りのパートナーだと思ってる」
「......パートナー」
ソフィアは俺の言った言葉を反芻するように呟いた。勿論、契約なので俺の生活にも幾らか協力してもらおうとは思っているがやはり、パートナーを地べたで寝かせるのは気が引ける。
「別に俺は外で寝ても大丈夫だから、ソフィアは中で寝てくれ。俺と中で密着しながら寝るのは嫌だろ?」
俺の提案にソフィアは首を横に振る。
「もう春とは言え夜は冷え込みます。契約者を寒空の下で寝かせることは出来ません。中に入って一緒に寝てください」
「......分かった。と言っても、まだ六時頃だろ? まだ寝るには早いんじゃないか?」
「そうですね。では、どうしましょうか?」
「それじゃ、今後の俺達の方針についてでも話し合うか」
無職の元兵士とスパイ悪魔では路頭に迷うのは目に見えている。何とか収入源を確保しなければならない。
「話し合いのテーマはソフィアと契約者が何の職業に就くかになるのでしょうか。ソフィアは契約者と一緒にいなければならないので必然的に同じ職に就くことになるかと思われますが」
「それだったら、やっぱりソフィアの能力を活かせる仕事がいいよな」
ソフィアの能力が活かせる仕事と言えば、やはりその人並外れた戦闘力を活かせる仕事だろうか。
「ソフィアは、隠密系の魔法に妨害系の魔法、闇魔法が得意です。後、それら程では有りませんが回復魔法も幾らか使えますし、いざとなれば魔法で具現化させた武器での物理攻撃や魔法での会話の盗み聞き、敵の位置の特定も可能かと思われます」
「よし、暗殺者かスパイでもやるか」
そう言わざるを得ないくらいに影の者の適性がソフィアには有る。だからこそ人間界のスパイに抜擢されたのだろう。
「その場合、契約者も暗殺者、若しくはスパイを職業とすることになりますが」
「いや、冗談だ。そもそも、暗殺者やスパイになるツテが無い」
俺が笑いながらそういうと、ソフィアは何かを考え始めた。
「そもそも、働くには求人の募集がされていなければならない訳です。常に人手を欲していてソフィア達でもこなせるような仕事が無いことには始まりませんね。心当たりは有りませんか?」
「いや、そんな都合よく何時でも人材を欲しているような仕事なんて......」
「無いのなら仕方がないですね。冒険者ギルド、でしたか。あそこで求人募集を」
「それだ」
ソフィアの言葉を遮るかのように俺は力強く言った。
「え?」
「冒険者ギルド、あそこなら登録料を払うだけで幾らでも働ける。それにその仕事の殆どがソフィアの力を活かせるような戦闘だ。ソフィア! 明日からはどうにかして登録料を集めるぞ!」
俺はソフィアの手を両手で握り、そのまま振った。それほど冒険者という職業は就職が簡単で分かりやすい力仕事だったのだ。
「あの、あまり振らないで頂けると嬉しいのですが......」
俺とソフィアの人生を大きく変えるであろう、就職。その職種が決まったとてもめでたい瞬間であった。
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