39 むかしばなし
嵐の後のような静けさが漂う寝室の机。其処で俺はランプの光を使い、本を読んでいた。この国の歴史についての本だ。
「契約者」
俺が頭の中で本の内容を整理していると、寝室の扉が開いて綺麗な声が聞こえた。
「ソフィア? どうしたんだ?」
俺がそう聞くと、ソフィアはばつが悪そうに体をモジモジとさせて俺から顔を逸らした。
「何時もの家の寝室ではない場所で一人で寝るのは少し難しくて。......端的に言うと、契約者と一緒に寝させて頂きたいです」
「マジで!?」
「......申し訳ありません。かつては一人で野宿をしたり、空を飛びながら寝たりすることも苦痛ではなかったのですが」
「いやいや、良いよ。寧ろ嬉しい」
美少女悪魔と添い寝とかもうそれご褒美だもん。
「契約者は本を読んでいたのですか?」
「ああ、この国の歴史についての本」
「歴史、お好きなのですか?」
「いや、ただの勉強」
俺の言葉にソフィアは首を傾げる。
「勉強?」
「ああ。ほら、俺って学校とか殆ど行ったことがないからさ。昔からこうやって勉強してるんだよ」
他にも、数学、理科、国語、一般常識など幅広い範囲を学校に行っていない分自主勉で補っている。教養は大切だ。必ず何処かで役に立つ。
「確かに契約者は知識が豊富で、聡明ですよね」
ソフィアに褒められた.......! やったやった。
「いや、そんなこともないけど。ほら、この国が建国されたのは約1000年前のことで第一次人魔大戦の終結後なんだ。陸の勇者の姉であるアグネス・クリストピアを女王とした王政の国として建てられたんだとか」
俺は開いていたページをソフィアに見せて説明をする。......いや、これくらいのことは流石に勉強するまでもなく知っていたが更に詳しいことが載っているので勉強になる。
「建国したのが陸の勇者本人ではないのは、彼が大戦後に行方不明になったからですね」
「そうそう。流石、ソフィアだな」
俺はスッとソフィアの頭の上に手を伸ばして、彼女の頭を撫でた。
「......っ」
可愛いかよ。
「よしよし」
俺はソフィアの頭を撫でる手を徐々に下にずらして、彼女の頬をつついた。
「......楽しい、ですか?」
「うん。とても」
「食い気味ですね」
ランプの明かりしかない薄暗い部屋でつつくソフィアの頬はとてもプニプニしていた。
「よ~しよしよし」
俺はその手をさらに下にずらし、ソフィア顎の部分を撫でた。すると、ソフィアは無意識なのか少しだけその手に頬をくっ付けてきた。まるで猫か犬のようだ。
「んっ。あの、かなり失礼な質問かもしれないのですが」
「何だ? ソフィアの質問になら何でも答えるぞ」
というか、応えたい。
「何故、契約者は学校に行かなかったのですか?」
ソフィアは可愛い声を出して、俺に撫でられながらそんなことを聞いてきた。
「そういえばソフィアにはその話、したことなかったな。何でだと思う?」
「家が貧しかったから、とかでしょうか」
ソフィアは俺の顔色を窺いながら恐る恐る答えた。
「大体、あってる。家が燃やされたんだよ。そんで、父親が死んだ」
「なっ......」
ソフィアは彼女らしからぬ動揺の感情を乗せた声を出す。
「それは、誰に?」
「アレ、誰だったんだろうな。名前も、目的も、住所も、全てが謎の奴だった。唯一、分かるのはソイツの正体だけなんだ」
「その正体というのは?」
「いや、これに関してはソフィアに嫌な思いをさせるかもしれないんだ。それでも聞くか?」
ソフィアは静かに頷いた。
「悪魔」
「え?」
「俺の家を焼いて、親父を焼死させたのは悪魔なんだ。比喩ではなく種族的な意味での。大結界を命がけで越えてきた悪魔だったんだろうな。たまに有るんだよ。目的不明の魔族による虐殺とか放火とか」
「……えっと」
「勿論、ソフィアを責めてる訳じゃない。ソフィアがどんなやつなのかは俺が一番よく知ってるから。ただ、聞かれたことに答えただけだ」
ソフィアは体をブルブルと震わした。
「ですが、悪魔に親を殺されて悪魔を恨んでいない訳......」
「母親はその後、人間に殺された」
俺は少し興奮気味のソフィアを宥めるようにそう言った。
「......え?」
「そりゃあ、最初は悪魔という種族全てを恨んだよ。大結界の向こうにいるらしい羽根の生えた魔族をな。でも、その直後に母さんは悪魔に家を燃やされたことで穢れだの、何だのと言われて迫害され、自殺に追い込まれた」
俺は大きな溜め息を吐いて、話を続ける。
「それで、俺は思ったんだ。人間も悪魔も結局は変わらないじゃないかって。それで俺は悪魔を嫌うのはやめた。......というか、食いぶちを稼ぐのに忙しくて何かを嫌う余裕なんてなかったしな。まあ、それが俺が学校に行けなかった理由だ。この国も学校くらいタダで行かせてくれたら良いんだけどな。たく、何が先進国だよ」
「・・・・」
沈黙してしまったソフィアを見て、俺は本を閉じると
「さ、そろそろ寝るか」
と言って布団に入った。そして、ソフィアにも布団に入るように言う。
「......失礼します」
すると、ソフィアは遠慮がちに布団に入ってきた。
「流石、村長の屋敷のベッド。広いな」
「ですね」
「でも、ちょっと暑いな」
これに関してはベッドにはどうしようもないのだが。季節はそろそろ初夏。部屋の中はかなり蒸し暑いのだ。
「魔法で冷やしますね」
「ありがとうな。......あ」
「乾燥もさせますよ。湿度が高いのが不快なんですよね?」
「凄いなソフィア」
ピタリと俺の考えていたことを当てるとは......。
「ソフィアは契約者のパートナーなので」
クールにそう言ってのけるソフィア。何と無く、その言葉が嬉しくて俺は
「そふぃああ。可愛いよお」
と言いながらソフィアに抱きついてしまった。
「......酒が入っていますね?」
「うん。なんか、酔いがまわってきた」
俺はそう言いつつ、ソフィアが嫌がる素振りを見せないことを良いことに更に彼女をぎゅっと抱き締めた。
「更に暑くなりますよ?」
「ソフィアの体、ひんやりしてるから大丈夫」
「......そうですか。まあ、悪い気はしませんが」
ああもう、本当に可愛いなあ。