3 堅物悪魔との契約
これで今日の投稿は終わりです! 明日も投稿する予定です!
「此処なら大丈夫でしょう」
そう言って、少女に案内されたのは街の外れにある廃墟だった。昔は学校だったらしいが数十年前に使われなくなって、今は誰も寄り付かない場所である。その理由は様々だが、一番の理由が
「あのさ、此処今にも崩れそうなんだけど」
そう、建物の老朽化だ。それも少しでも建物を支えている木製の柱を叩けば簡単にバリバリと砕ける程の。
「万が一、崩れた場合にはどうにかするので大丈夫です」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からない」
「......兎に角、此処なら人に見られる心配も無いので気兼ねなく話が出来ますね」
「ああ、うん。もう何でも良いや」
崩れたときは崩れたときだし、長年崩れなかったのだから今日崩れることなんて中々、無いことだろう。俺はそう思うことにした。
「それではこれを見て頂けますか?」
そう言うと、少女は突然背中から蝙蝠の様な漆黒の翼を生やした。
「はっ.....!?」
俺は訳も分からず硬直する。しかし、それがとても恐ろしいものだと言うことだけは本能的に分かった。
「察して頂けたようですね」
少女は依然、先程と変わらない落ち着いた声で俺に告げる。しかし、その声を聞いて受ける印象は先程と全く違った。今聞いた彼女の声はまるで俺への殺害予告か何かのように聞こえたのだ。
「......魔族か?」
「はい」
少女は悲しいことに俺の問いを肯定した。魔族とは、俺達人間が暮らす人間界とは別に魔界と呼ばれる場所に住んでいる種族のことだ。人間よりも遥かに長寿で遥かに戦闘能力が高い魔族は、幾つかの種族に別れている。そして今、俺の目の前にいる少女の持つ羽は『悪魔』か『吸血鬼』の魔族に見られるモノのはずだ。
魔族と人間は長い歴史の中、何度か大きな戦をしたが殆どの戦いで魔族が圧勝している。人間界と魔界は『大結界』と呼ばれる大きな山脈によって分けられているため、どうにか人間界は魔族に侵略されずに済んでいるが今でもたまに大結界を越えてきた魔族が人間を虐殺したという話は聞く。それもその筈、魔族は総じて気性が荒いのだ。
「や、やめてくれ......」
あまりの恐怖で腰の抜けてしまった俺はその場に尻餅をつきながら懇願した。
「......やはり、貴方もそんな反応をしますか」
少女は少し、落ち込んだように視線を落とした。
「え?」
「安心してください。此処から逃げ出さない限り、貴方を傷付けたりはしません。私の名前は『ソフィア・オロバッサ』と言います。両親は人間の言うところの悪魔の長の家臣で、長からの命令で人間界のことを調べに来ました」
少女、もといソフィアが嘘を言っているようには見えない。取り敢えずは安心して良さそうだ。そしてどうやら、『傷付けることになるかもしれない』というのは物理的な意味でのことだったらしい。
「信じて、良いんだな?」
「ソフィアの言うことはそんなに信用ならないのですか?」
「いや、まあ......信じ難くは有るが。取り敢えず信じることにする」
悪魔が人を欺くことを得意としているというのは幼児でさえ絵本で知っている常識だ。ソフィアを信じたいのは山々だがやはりそのイメージが離れない。
「ありがとう御座います。ソフィアが家に帰るためには友好的な人間の生活に密着しその人間から人間についての情報を聞き出すことを2年間続けなくてはなりません」
魔界からのスパイ、という訳か。
「それで?」
「貴方はソフィアを助け、パンをソフィアにくれました。貴方となら二年間一緒に過ごしても良いと思います。ソフィアと契約しませんか?」
悪魔との契約も良くある話だ。大概の話では悪魔と契約した人間は最初のうちこそ莫大な権力や富を得るものの契約内容に落とし穴があり人間は悪魔に魂を奪われてしまうことになっている。ソフィアを信用しない訳では無いが、そう簡単に話には乗れない。
「で、その契約の内容は?」
「......ソフィアが貴方の身の回りの家事や生活の管理をしたり、極端にソフィアが不利益を被らないような命令を遂行する代わりに、ソフィアが貴方と共に生活をしてソフィアが貴方に人間に関する質問をした場合、答えられるものには答える、というものでどうでしょうか?」
聞いている分には悪くなさそうな契約だ。というか、俺のメリットが多すぎる。
いや、早計は危険だ。十分に検討してから考えよう。
「ソフィアが不利益を被らない命令って例えば?」
「......魔物などの討伐、ソフィアの回復魔法の使用、気に食わない人間の暗殺程度で有れば行えます」
最後の方に物騒な言葉が聞こえたが、それを除いたとしても俺にとって良い話であるのは事実だ。
「本当にそれで良いのか? どう考えても俺へのメリットが多すぎるけど」
そう言うと、ソフィアは大きく首を振った。
「ソフィアは魔族です。勿論、ソフィアも正体がバレないようにあらゆる力を駆使して人間を欺きますが、それでも人間に見つかった場合、ソフィアは貴方を置いて、即刻魔界に帰還します。それが貴方へのデメリットです」
その時、俺はハッとなった。人間に見つかった場合のリスクとは盲点だった。人類の大敵である魔族との交流など、この国では当然死刑だ。つまり、この契約の本質は『悪魔の力を得る代わりに人類を裏切る』ことに有るのかもしれない。
「因みに俺から聞いたり、人間界で学んだ人間の知識は何に使われるんだ?」
「それに関しては、ソフィアも分かりかねます。すいません」
ソフィアは頭を下げた。
「成る程......。もし、俺が契約を断ったらどうなる?」
此処での彼女の返答は俺が彼女と契約するか、しないかの判断に大きく影響することになるだろう。
「ソフィアが魔族であると知ってしまった以上、そのまま返す訳にはいかないので記憶処理を施させて頂きます。勿論、そのあとは今まで通りの生活に戻って貰っても構いません......一応、忠告ですがこの場から逃げるようなら、少々手荒な」
言いにくそうに話す彼女を俺は静止した。
「ああ、うん。有り難う。何と無く分かった」
ソフィアと話をしている限り、記憶処理も丁寧にしてくれそうだ。それならやはり悪魔と契約をして人類に喧嘩を売るよりも大人しく新しい仕事を見つける方が良いかもしれない。
「それで......どうしますか?」
俺はソフィアに無言で頭を下げた。
「すまん。やっぱり遠慮しておく」
その瞬間、ソフィアの表情は僅かに引きつり何故だか俺の胸は傷んだ。
「......そうですか。無理強いは出来ません。メロンパンとクロワッサン、とても美味しかったです。あれほど優しくしてくれた貴方の記憶を消すのはとても心苦しいのですが、上からの命令なので」
ソフィアがそう言うと、彼女の目から水が一滴、地面に滴り落ちた。それは俺達人間と全く変わらない涙だった。
「......お見苦しいものをお見せしてすいません」
ソフィアの瞳は直ぐに涙を止めて、彼女の顔は元の無表情なモノに戻った。しかし、彼女の顔は依然として少し引きつっていた。静かに俺に手をかざし記憶処理を実行しようとする彼女に、気が付くと俺は叫んでいた。
「すまん。やっぱり今の無しで! 契約することにする!」
記憶を消されてからでは遅いので俺は兎に角、早口で言った。するとソフィアは何処か安心したように手を下ろす。
「他の人間に見つかれば、貴方は死刑ですよ?」
しかし、ソフィアがそんな安堵の表情を見せたのも束の間。次の瞬間には彼女の表情は心配そうなものに変わっていた。
「其処はソフィアの人の目を誤魔化す力を信じるよ」
「そうですか。それでは、先程の条件で契約をしましょう。契約を破った場合は......。互いの言うことを一つ聞くようにしましょうか」
ソフィアはそう言うと、無言で手の平を差し出してきた。俺はその意図を察すると笑顔でその手を握った。
「ああ、分かった。宜しくな」
すると突然、握手をしている腕が燃えるように熱くなり、その熱は手から腕へ、腕から全身へと広がった。
「仮にソフィアか貴方が契約違犯をしたとき、逃げ出すことが出来ないよう契約魔法を使わせて頂きました。契約者、これからは宜しくお願いします」
「俺に契約を破るつもりは更々無いから安心してくれ」
「悪魔も一度した契約を違えることは有りません。そういう意味では必要のない魔法だったかもしれませんね」
「それじゃ、取り敢えず街に帰るか」
緊張が解けた俺の体は酷い脱力感に支配され、気付くと俺は柱に凭れ掛かっていた。
「......あの、其処の柱脆いのでは?」
ソフィアは柱に凭れ掛かる俺の姿を見て、心配そうにそう聞いてきた。
「え?」
そして現に、ソフィアの心配は的中しており俺の体重に耐えかねた木製の古びた柱は
そのまま後ろへと倒れてしまった。このボロボロの廃墟の柱が倒れたことで、次に
何が起こるかを予測するのはそう難しくない。
ミシミシと軋むような音がなったかと思うと、一瞬にして俺の視界は暗転し激しい音と共に、俺の思考は途切れてしまった。
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