28 酒場、再び
「酷い朝食だったな」
大きな溜め息を吐いて俺は言う。
「......はい。結局何も食べないまま酒場を後にしてしまいました」
「今何時だ?」
「9時47分21秒です」
ソフィアの時間感覚が鋭すぎることにはもうツッコまないぞ。
「10時前か。それなら開店してる店も多いだろ。適当に食材買って帰ろうぜ」
「分かりました。近いうちに大金がギルドから支払われるそうですし少し贅沢品を買っても良いかもしれませんね」
従業員に裏切られ、責任不行き届きということで大金を支払わなくてはいけなくなったギルドには悪いがこういうことにはケジメが必要だ。まあ、エディアのことだから俺達に払った金額よりも多くの賠償金をヴィルヘルムに請求するのだろうが。
「贅沢品か~。あ、そうだ。ホームベーカリーを買うのとか良いんじゃないか?」
「ホームベーカリー、ですか?」
「うん。ホームベーカリー。簡単に説明すると、材料を入れるだけで美味しいパンを作ってくれる機械」
「買いにいきましょう」
ソフィアは俺の説明を聞くなり即答した。
「おう。ホームベーカリーなら電気屋に売ってる筈だから行くか」
こんな田舎の街にも電気屋が有るこの国に感謝しつつも、俺達は電気屋へと向かった。この前、ソフィアと一緒にパンを作りたいと考えていたがどうやら思ったより早くその目標は叶いそうだ。そんなことを考えていると突然何者かが俺の肩に手を置いた。
「よお。1ヶ月振りだなあ......オルムとチビ女。ヒック」
それは相変わらず酒に酔った様子で話し掛けてくる男。アルベルトだった。
「アルベルト・ゲイザー、貴方の弟が私達の料理に毒を盛ったことを知っていますか?」
ソフィアは俺の肩に乗せられたアルベルトの手をどかし、俺をアルベルトから遠ざけるようにしながらそう聞いた。
「はあ? ヴィルヘルムがそんなことするわけねえだろ。何時の話だよ。ヒック」
「今日、それも1時間くらい前の話だ」
アルベルトの質問に俺が答える。
「あ? ヴィルヘルムは朝からずっと俺と一緒に居たぞ? つい、さっき別れたけどよ。ヒック」
「そのヴィルヘルムに罪の疑いが掛かってるんだよ。アリバイが有るって言うなら今からヴィルヘルムのところに案内してくれないか」
エディアの話によると、ヴィルヘルムは俺達に毒を盛って直ぐに逃走したとのこと。アルベルトに場所を教えて貰えるのなら捜索の手間が省けて良い。
「チッ、めんどくせえな。わあったよ。付いてこい。無実の弟が疑われてるってのも気持ち悪いしな。ヒック」
アルベルトは俺の予想に反して、素直にそう言った。彼は朝からずっとヴィルヘルムと一緒に居たと言った。それが仮にヴィルヘルムを守るための嘘なら俺達をヴィルヘルムの元に案内したりしない筈だ。間違っていたのはギルドの捜査だったということだろうか。
「契約者、念のためソフィアにくっ付いておいて下さい」
ソフィアはそう言うと俺とアルベルトの間に立って俺との距離を縮めた。
「ケッ、俺を信用してねえのかよ。ヒック」
「決闘で首を狙ってきた者のことを信用すると思いますか?」
「チッ」
「ハッ」
ギスギスした雰囲気を漂わせる二人を横目に俺がアルベルトの案内でやって来たのは懐かしい兵士の酒場だった。
「ほら、彼処にいるだろ。ヒック」
アルベルトが指差し先には確かに数人の兵士に紛れて酒を飲んでいるヴィルヘルムの姿が有った。やはり俺に料理を提供した従業員の顔に似ている。
「久し振りだな。ヴィルヘルム」
俺はソフィアと共にヴィルヘルムに近付くとそう話し掛けた。
「ンー? アア、オルムか。解雇された負け組が兵士の酒場に何の用? ツーカ、その女誰?」
ヴィルヘルムは酒をガブカブと飲みながら、ソフィアを睨んだ。
「ソフィア・オロバッサ、オルムの契約者兼パートナーです。貴方には私達に毒を盛った疑いが掛けられているのですが、身に覚えは有りますか?」
「ハ? ネエヨ。大体、どうやって僕がお前らの料理に毒を盛るんだよ」
「副業かなんかでギルドの酒場の従業員をやってるんじゃないのか?」
「やってない、やってない。僕は兵士一筋」
「え?」
どうも話が噛み合わない。嘘を吐くにしても、もう少しマトモな嘘を吐く筈だ。本当にヴィルヘルムは犯人ではないのだろうか。
「自分が無実だと言うなら、素直にギルドまで来て頂けませんか?」
ソフィアはそう言うと俺の体にぎゅっと自分の体を密着させた。嬉しいが何故このタイミングなのだろうか。
「エエ~面倒臭い。......面倒臭いから、消す」
俺がソフィアのおかしな行動に首を傾げているとヴィルヘルムは突然殺意を剥き出しにして隠し持っていたらしい短剣を俺の首に向けて振るってきた。
「犯人、確保しました」
しかし、ヴィルヘルムはソフィアに短剣を取り上げられて無力化してしまう。呆気なかったな。
「テメエらあっ、クソチビ女を殺すぞっ! ヒック」
前言撤回。突然、俺達の後ろにいたアルベルトがそう叫び、酒場に居た数十の兵士全員が俺達目掛けて向かってきた。成る程。最初から此処で俺達を殺す算段だったのか。
ソフィアはヴィルヘルムを片手で放り投げ、襲い来る兵士たちを迎え撃つ。40......いや、50は居るだろうか。それだけの数の兵士が俺達の元へ剣を構えてやって来る。テーブルや椅子が倒れ、割れた酒のビンが床に散乱して部屋はぐちゃぐちゃ。酒場は地獄の形相を呈していた。
「契約者、ソフィアは手加減が苦手です。直ぐに全員を無力化するのは難しいかもしれません」
「そうか。なら、取り敢えず酒場の外まで逃げよう。流石にコイツらも人通りの激しい街路で殺しは出来ない筈だ」
俺は剣を抜いて、出口までの道を塞いでいる兵士達にその切っ先を向けた。
「分かりました。今から通路を確保するので契約者は街路まで走り抜けて下さい」
「ソフィアはどうするんだ?」
「契約者が街路に出るまで、兵士に刺されないようにこの場から動かず魔法でサポートします。安心して下さい。いざとなれば本気を出してこの酒場ごと灰塵に帰させます」
ソフィアは軽く恐ろしいことを言うと、出口までのルートに電撃の魔法を放ち其処を塞いでいた兵士達を全員痺れさせた。
「早く逃げて下さい」
「ああ、分かった! 出来るだけ本気は出すなよ!」
「善処します」
ソフィアがその言葉を言うよりも早く、俺は出口に向かって走り出した。俺を逃がすまいと剣を振ってくる兵士が何人も居るがその全てはソフィアの魔法によって無力化されていく。
「死ねっ!」
すると、アルベルトが大剣を降り下ろしてきた。
「っ......伊達にスパルタ訓練受けてねえんだよ!」
俺はアルベルトの攻撃を受け止め、火事場の馬鹿力で彼を吹っ飛ばすとそのまま逃げた。確かにアルベルトはチンピラのような奴だが、剣の腕だけは確かだ。真っ向から戦って勝てる相手じゃない。奴の攻撃を受け止めて弾き返せただけでもソフィアとの特訓の成果は確実に現れていると言えるだろう。
「グハッ!?」
後ろからアルベルトの悲鳴が聞こえる。恐らくソフィアの魔法をモロに喰らったのだろう。ソフィアは本気で相手を攻撃するよりも、手加減をしながら攻撃する方が体力を消耗している様子だったのでこんなにも峰打ちの魔法を使って大丈夫なのか心配だ。
「誰か冒険者は居ないか!? 助けてくれ!」
俺は命からがら街路に出るとそう叫んだ。すると
「よう、オルム。随分騒がしいな」
「奇遇だね。どうしたんだい?」
見覚えのある二人を見つけた。