26 サンドイッチ
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これからも堅物悪魔を宜しくお願いします!
「契約者、朝食の材料が有りません」
俺が寝ぼけ眼をこすりながら起床してリビングに移動すると、先に起床して紅茶を啜っていたソフィアがそんなことを俺に報告した。
「あー、昨日買い出しサボったもんな」
俺はあくびをしながら、昨日の自分を呪った。この生活に慣れてきたのは良いのだが最近は慣れすぎて怠惰な生活を送ってしまっている。
「ソフィアが何か買ってきましょうか?」
「今何時だ?」
「7時23分31秒です」
「デジタル時計かな?」
ソフィアにストップウォッチで10秒チャレンジとかさせたらピッタシ十秒で止めそうだ。怖いなそれ。
「悪魔ですから」
「一応、言っておくけどその言葉にはもう騙されないぞ。ソフィアがただの悪魔じゃないってことは薄々気付いてるんだからな。何時か絶対に正体を暴いてやる」
「暴けるものならお好きにどうぞ」
「その返しは自分が普通の悪魔じゃないことを認めたも同然だぞ」
ソフィアの正体に関して俺は様々な仮説を立てている。しかし、どの仮説も根拠に欠けていて俺は未だに結論を出せていない。
「......どうでしょうね」
「ま、ソフィアの正体はいずれミラと一緒に考察することにして今は朝食だ。材料を買いに行くにしても7時じゃ、何処の店も閉まってる。久し振りにギルドの酒場にでも行くか。パンも食えるし」
ギルドとギルドの酒場は24時間365日、常に営業している。朝食の材料を切らしている今の俺達にはもってこいの飲食店だ。
「はい。それでは準備をしましょう」
☆
何事もなく酒場に着いた俺達はテーブル席に座ってメニュー表を眺めていた。
「ソフィアは何を頼む?」
「契約者と同じものが良いです」
「分かった。それじゃあサンドイッチセットにするか」
ソフィアが頷いたのを確認すると、俺は手をあげて従業員を呼んだ。
「はい、注文お伺い......」
近くの従業員が俺の手を見て近寄ってくると、突然別の従業員がその従業員を突き飛ばした。
「邪魔だ。はいはい、注文お伺いします!」
「え、えと、サンドイッチセットを二つ......お願いします」
俺は困惑しながらも、突き飛ばされた従業員が怪我をしていないことを確認して料理を注文した。その従業員の容姿に何とも言えない違和感を感じながら。
「サンドイッチセット二つっすね。了解でーす! あの、関係無いんですけどお二人ってアレですよね。オルムさんとソフィアさんっすよね」
「ああ、はい。そうですが......?」
「ん? ああいや、最近よく噂を聞くから気になっただけっす。それじゃ」
自棄に軽い口調の従業員はそれだけ言うと、心なしか慌てた様子で厨房へと駆けて行った。一体、何だったのだろう。
「可笑しな方でしたね」
「……ん? ああ、そうだな」
「どうかしましたか?」
「いやなに、さっきの従業員どっかで見たことがある気がしてさ。多分、気のせいだと思うんだが」
俺の知り合いにあんな軽い口調の者は居なかった筈なのだが、何故か彼の外見は何処かで見たことがあるし、彼の声は何処かで聞いたことが有る気がする。
「仮に契約者のお知り合いだったとしてもそのことを今、思い出す必要はないでしょう。今は忘れたらどうですか?」
「まあそうだな。取り敢えず今はソフィアとの朝食を楽しむか」
「契約者は朝食が好きなんですね」
「というよりも、ソフィアとの朝食が好きだな。まったりできるし」
「ソフィアも契約者との朝食……いえ、契約者と一緒に居る時間は全て好きですよ」
「っ!?」
笑みを浮かべながらそう言う俺にソフィアは、眉一つ動かさずそう返してきた。俺の顔が一気に熱くなる。駄目だ。凄く駄目だ。
「どうかしましたか?」
紅くなった顔を全力で隠そうとする俺を見て心配そうに言う。
「今のはソフィアが悪い」
「え?」
ソフィアが疑問の声を漏らす。
「はーい、サンドイッチセットお二つお持ち致しましたー!」
しかし、ソフィアの声は突然現れた先程と同じ従業員の声によってかき消された。
「ありがとうございます」
「はいっ! ごゆるりと~!」
従業員は俺達にそう言い残すと、妙に浮かれた様子で歩いていった。
「それじゃあ食うか」
「はい。頂きましょう」
「「頂きます」」
俺達は手を合わしてそう挨拶すると、ハムとレタスが挟んであるサンドイッチを口いっぱいに頬張った。具材を挟んでいるパンが非常に柔らかくとても美味しい。マヨネーズにはカラシが練り込まれているらしく、舌がピリピリと痺れる。実を言うと俺は辛いものに耐性がないのだが、成る程。これは確かに合う。
「.......!? 契約者、それを早く吐き出して下さい!」
俺がサンドイッチの味を堪能していると、突然ソフィアが目を見開いてそう叫んだ。しかし、時既に遅し。彼女が叫ぶ数秒前に俺はサンドイッチを飲み込んでしまっていた。
「もう、飲み込んじゃったんだけど......」
一体、何がどうしたと言うのだろうか。
「失礼します」
ソフィアは何時に無く慌てた様子で椅子から立ち上がり、俺に近づくと俺の体を手で触った。何だかくすぐったい。
「ど、どうしたんだよ」
「あのサンドイッチには毒が盛られていました。それも微量で簡単に人を殺めることが出来る毒が。ソフィアは解毒魔法が苦手なのですが、やってみます......」
ソフィアは低い声でそう告げる。あの痺れの正体はカラシではなく毒だったのか。
「お、おい、今の話ホントかよ!?」
「ど、毒!?」
「従業員を呼べ!」
「いや、その前に医者が先だ!」
「私、死にたくないよ......」
ソフィアの言葉を聞いた他の客はそんな風に騒ぎ出し、たちまち酒場は混乱に陥った。しかし、ソフィアはそんな周りの様子に目もくれず、息を整えながら自らの右手に光を纏わせて俺の腹をゆっくりとさすった。俺の体は何ともないのだが。
「ソ、ソフィア、お前は大丈夫なのか?」
「ソフィアはこれくらいの毒、どうってこと有りません」
ソフィアは少し苛立った様子でそう言った。どうやら解毒魔法はあまり上手くいっていないらしい。俺達がそんなやり取りをしていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「オルム様、ソフィア様、どうやら貴殿方がこの騒ぎの発端のようですがこの騒ぎは一体?」
冒険者取締役のカリーナ・レティクルムだ。初めてギルドに来たときは世話になった。
「あ、ああ、えっと」
状況を正確に理解していない俺が余計なことを言うのもアレだと思い、俺はソフィアに目配せをする。
「頼んだ料理に毒が盛られていたのです」
「毒、ですか?」
「はい。恐らく毒蛇系の魔物から取り出した毒だと思われます。摂取してから数日後に吐き気、悪寒、高熱、頭痛、味覚や痛覚の麻痺、などの症状が表れ死に至る毒です」
ソフィアは専門家のようにスラスラと毒の解説をしながら、俺の腹に解毒魔法を使い続けた。成る程。俺が毒を摂取したのに体が何ともなかった理由は症状が表れるのが遅い毒だったからか。
「......状況は把握致しました。直ちに医者を」
「その必要は有りません。医者の処方する解毒薬よりソフィアの解毒魔法の方が効果が有ります。一時は失敗しかけましたが、今は順調ですし」
「失礼ですが、ソフィア様は銀製メダルの冒険者様ですよね? 解毒魔法は高位の魔法。ソフィア様に使えるのですか?」
カリーナは訝しげな表情でソフィアを見る。
「カリーナさん、ソフィアはギルドマスターに金製の実力が有ると言われた冒険者です。
彼女の腕は確かです」
「……相方のオルム様がそう仰るのならそうなのでしょう。兎に角、酒場にいるお客様には料理を食べないように此方の方で伝えておきます。では、また後で」
カリーナは礼をすると、直ぐ様立ち去っていった。冒険者取締役という肩書きだが実際は冒険者の取り締まり以外もこなしているようだ。
「さっきのソフィアの説明を聞く限り、間違って混入してしまうような毒じゃないらしいな」
「はい。確実に誰かが悪意を持って盛ったモノだと思われます。それが酒場の客全員になのか、ソフィア達だけになのかは分かりかねますが」
「マジか......もし、全員に盛られてたら解毒お願い出来るか?」
流石に見殺しにする訳にもいかない。解毒薬もあまり効かないらしいし。
「はい、勿論。......契約者、毒の無毒化に成功しました。」
どうにか俺は一命を取り留めたらしい。