23 アルベルト・ゲイサー
「所持金全部だあ~? ケッ、女の癖に随分と肝の据わったこと言うじゃねえか。勿論、俺が勝ってもテメエらの所持金を全部頂けるんだよな? ヒック」
「勿論。どうですか? 契約をしますか?」
ニタニタと笑うアルベルトにソフィアは問う。
「よし、乗った。約束は違えんなよ? ヒック」
「契約魔法を使いますので違えようとしても違えれないかと。では、契約魔法を使いますが宜しいですか?」
「オイ、待て。ヒック。契約魔法ってあの契約魔法か?」
アルベルトは食い気味にソフィアに尋ねる。恐らく、当たり前のようにソフィアが契約魔法を使うと言ったことに驚いたのだろう。魔界ではどうか知らないが人間界で契約魔法を扱える者は基本的に契約師と呼ばれる契約魔法専門の魔法使いしかいない。それほど習得するのに何年も掛かる魔法らしいのだ。
「貴方の言っている契約魔法がどのようなモノを指しているのか分かりませんが契約魔法は契約魔法です。契約を破ったときのペナルティーは強制的に所持金を奪えるように体を拘束するというモノでいかがでしょうか?」
「オメエ契約師なのか? いや、それにしては若すぎるな。まあ何でも良い。好きにしてくれ。俺は負けねえからよ。ヒック」
アルベルト......銀製メダルを持っていながら、契約魔法を使えるということをもう少し怪しめば良いものを。
「それでは始めましょうか。契約者。審判をお願いします」
「え、俺? ああ、分かった。よーい、始め!」
決闘の審判などやったことがないので突然、指名されたことに驚きつつも俺はそんな風に決闘を始めさせた。
「それでは、行きます」
決闘が始まるとソフィアはアルベルトとの間合いを風のように詰めて手刀で攻撃を仕掛けた。ちゃんと手加減してくれると良いが。
「なっ!? お前武器は何処に有るんだよ!?」
アルベルトはソフィアの間合いを詰める時の異常なスピード、そしてソフィアの手に剣が握られていないことの二つに驚いたようで明らかに狼狽えていた。アルベルトがあんなに驚いている顔は今まで一度も見たことが無かったので何だか気持ちが良い。
「武器なら此処に」
そして、アルベルトの質問にソフィアは手を見せながらそう答えた。その返答をアルベルトは『お前の剣捌きなんて余裕で掻い潜れるからお前には拳で十分だ』と解釈してしまったらしく顔を真っ赤に染め上げる。本当のことを言うとソフィアの手刀はその辺の剣よりも鋭いのだが。
「こんのっ、クソアマアッ!」
ソフィアの返答を自分への挑発だと勘違いしたアルベルトは怒りを露にして剣を振り回した。決闘のための不殺の斬撃ではなく、ソフィアの命を刈り取ろうという意志が籠った一撃だ。アルベルトの決闘相手がソフィアではなく俺だったら直ぐに首を跳ねられて死んでいただろう。
しかし、ソフィアは違う。彼女は自分の首に向かってきた剣を手刀で切り捨てアルベルトに急接近し、彼の首を掴んだ。ソフィアの手刀によって意図も容易く折られたアルベルトの剣が地面に落ちて悲しげな金属音を奏でる。
「アルベルト・ゲイザー、勝負有りました。負けを認めてください」
「離せっ......!」
「降参しないのでしたら、服を燃やしますよ? 勿論火傷は負わせませんが」
ソフィアは人魂のようなモノをアルベルトに散ら付かせながらそう言った。ソフィアが脅しをしているのは初めて見た気がする。いや待てよ? 裸にする......つまり恥ずかしい思いをさせるぞ、と言うこの脅しは『恥ずかしい』という感情を知っていなければ考え付かない脅しだ。そしてその感情を教えたのは俺だ。あれ、ということはソフィアに脅しを教えたのは俺ってことになるのか? 何てことしてんだ俺。
「クッ......そんな脅しに俺が」
「なら、裸体を晒しながら帰れ」
ソフィアは図太く低い声でアルベルトにそう告げて彼の服を燃やしていった。
「こっわ」
俺は思わずそう呟いた。
「……チッ。わあったよ。金なら全部置いていってやる。ヒック。ほら持ってけ」
アルベルトはソフィアに逆らうことがどれだけ愚かな行為か理解したらしく顔をしかめながらも、腰にぶら下げていた巾着をソフィアの顔に投げ付けた。ソフィアはそれを眉一つ動かさずに手でキャッチすると中を見る。
「契約魔法の力も働いていませんし、どうやらこれが全てのようですね。契約者、皿とパンを再度購入するための金額は有るようです。行きましょう」
「お、おう。アルベルト、それじゃあな」
「……ヒック」
不思議なことにアルベルトは俺達に恨みの一つも言わなかった。何か企んでいないと良いのだが。俺はソフィアに折られ、無残な姿になった彼の剣。見ながらそう思った。
「あ、契約者。忘れていました。すみません」
「ん、何がだ?」
「先程、あの男に殴り飛ばされたときに傷を負いましたよね? その傷を回復魔法で治そうと思いまして。問題有りませんか?」
「ああ、そういうことか。頼む」
「では......」
ソフィアが俺の体に触れると、俺の傷がどんどん閉じていき痛みが引いていった。回復魔法というのも、本来は回復魔法専門の魔法使いでなければ使えない魔法の筈なのだが一々、ツッコむのも野暮というものだろう。ソフィアがチートなのは今に始まったことではない。
「治療は終わりました。それでは、行きましょうか」
「あのソフィア、一つ頼みが有るんだが」
「『命令』ではなく『頼み』ですか」
「ああ頼みだ。ソフィアの感情と都合と考えとその他諸々を考慮して実行するかしないか考えろ、という命令でもある」
ソフィアに抽象的な言葉を使うのはあまり良くないのだということが最近分かってきた。言葉の意味を具体的にし、定義付けることがソフィアに反論させないコツだ。
「成る程。して、その頼みと言うのは?」
ソフィアは何度も頷きながら聞いてきた。
「俺に稽古を付けてくれないか?」
「は?」
「さっきだって俺の力がもう少し有ればアルベルトに殴り飛ばされずに済んだかもしれないだろ? 折角、ソフィアという最強の先生が居るんだから俺を強くして欲しいんだ。勿論、努力は惜しまない」
「すみません」
俺の頼みにソフィアが返した答えは謝罪だった。
「え?」
「ソフィアがもう少し、緊張感を持っていれば契約者があの男に殴り飛ばされるのも防げたかもしれません。以後、気を付けます。どうかソフィアを見捨てないで下さい」
突然、そんな訳の分からないことを口走り、頭を下げるソフィアに俺は酷く困惑する。何故、ソフィアに稽古を付けてくれと頼んだことがソフィアを見捨てることに繋がるのだろうか。
「ちょっと待て。俺がソフィアを見捨てる訳ないし、そもそも俺達は契約で結ばれてるだろ?」
「ソフィアと契約者が結んだ契約はソフィアが契約者のことを必ず守ると言うモノです。しかし、ソフィアは契約者を守ることが出来ませんでした。契約違反かどうかと聞かれれば微妙ですが、十分契約者が契約を破棄する理由にはなるかと」
「はあ......」
別に軽い傷を負っただけなのだが。
「......ソフィア自身、契約者との契約を破棄するのは嬉しいことでは有りませんので敢えて黙っていました。すみません。契約者はソフィアが頼りないから自衛を出来るように稽古を付けてくれ、と言ったのですよね?」
いいえ、違います。
「ソフィアが頼りない訳無いだろ? バケモノ染みた強さの持ち主だし。一緒にいると安心するし。俺が稽古を付けてくれ、って言ったのには別に深い意味は無いよ。ただ、強くなりたいなあって思っただけで」
「そう......ですか。でしたら、喜んで鍛えさせて頂きますね。剣の腕にもそこそこ自信が有りますので」
「お、お手柔らかに」
やっぱり、変な頼みをしなければ良かったかも知れない。ソフィアの稽古って絶対スパルタだ。
アルベルトは最高の小物。