21 スローライフ
そういえば前回、記念すべき堅物悪魔20話を迎えてたんですね。気付きませんでした。
ということで......オメデト!
程よい固さのマットレスと大きく柔らかい布団の感触が心地よい。そうか、此処が天国だったのか。そう思わせる程にマイホーム初の目覚めは気持ち良いものだった。
「ふああ。ソフィア、起きてるか? ......って、いないのか」
エディアから破格の値段で買い取ったこの家には客用と家主用のベッドがあったのでソフィアと俺は別々のベッドで寝ることにした。同じベッドで寝るのは恥ずかしいと言っていた俺だが、いざとなると少し寂しい気もする。取り敢えずリビングに行こう。
「起きてるか~?......あ、ソフィア」
俺が家具の設置されていないリビングに行くと、ソフィアがだだっ広いリビングで一人、ちょこんと正座をして俺を待っていた。
「......おはようございます、契約者」
ソフィアは俺に挨拶をして、礼をするとほんの少しだけ顔を紅くして俺から顔を逸らす。
「ああ、うん。おはよう」
俺もソフィアにつられて顔を逸らしてしまった。俺とソフィアの間に気まずい空気が漂っているのは、昨日の互いの頭を撫で合うという行為が原因だろう。あの一件をきっかけにお互い、顔を合わすことさえも恥ずかしくなってしまったのだ。
「......昨日のソフィアはどうかしていたようです。本当にすみませんでした」
ソフィアは気まずそうに頭のリボンを弄くりながら謝った。
「そ、そもそも始めたのは俺なんだからソフィアが謝ることではないだろ」
「しかし、ソフィアがあの後、契約者の頭を撫で続けたのも事実です」
「いや、だからあの行為は別に誰かが悪かった訳じゃないんだって。ただ二人とも恥ずかしくなっただけで。俺も悪い気はしなかったし」
「そうですか......」
ソフィアはまだ何か言いたげな表情をしながら口を噤んだ。
「ま、取り敢えず朝食を食おうぜ。この前買ったパンがまだ残ってる」
「分かりました。用意しますね」
ソフィアはそう言うと、荷物を固めて置いておいた場所から紙袋を取って戻ってきた。
「ありがとう。......うん、やっぱり美味いな」
「はい。美味しいです」
ソフィアは俺の二倍、三倍のスピードでパンをパクパクと食べていく。余程、気に入ったらしい。
「良い食べっぷりだな」
「美味しいので」
「なら仕方ないな」
「はい。仕方ありません」
こんなにソフィアがパンを気に入っているのなら、家で一緒にパンを作ってみるのも楽しいかもしれない。どうせ、これからは暫く働かなくで良いのだ。新しい家での生活を満喫しようじゃないか。
「満喫するのなら、やっぱり色々買わないとな」
「はい?」
「この家の話だよ。ソファもテーブルも、調味料も何も無いだろ? 色々と買う必要が有ると思ってな。冷蔵庫とかも欲しいし」
快適な生活をするには、それなりの金がかかると言うのがこの世界の理な訳だが幸い今の俺達の財布はとても潤っている。家具と家電、薬など生活必需品を買う金くらいは余裕で有る筈だ。
「冷蔵庫......というのは?」
「あれ、冷蔵庫知らない? 肉や野菜を保存しておくために使う、タンスを縦にしたような形の機械だよ。他にも物を冷やしたり冷凍庫がついてたら凍らしたりも出来る」
「......魔界にも似たような魔道具がありますが、高価なのでは?」
「いや、確かに安くはないが其処まで高くもない。冷凍庫は魔道具じゃなくて機械だから量産出来るし」
魔道具とは、文字通り魔法を複雑に張り巡らして作る道具のことで、とても便利な物が多いのだがその反面、製造は職人の手作業で行われるのでどれも高額な物ばかりだ。逆に機械は魔法の類いを一切使わずに作る道具のことで、機械を作るための機械が存在するため大量生産が出来、比較的安価で購入ができるのだ。
「そういえば以前、契約者がこの国は科学が発達した国だと言っていましたね。それも安価で冷凍庫が買える理由の一つなのでしょうか?」
「ああ、そうだな。この国は機械産業で豊かになった国なんだ。他の国に機械の輸出もしてる。だから、機械類は他の国よりも安いんだ」
「成る程......。魔界では機械はあまり使われておらず、魔道具が主流なのでこの国の機械には非常に興味があります。早速、買いに行きませんか?」
「了解。ソフィアって結構、好奇心旺盛だよな」
俺がそんな風にからかうとソフィアは
「人間界の情報を集めるのがソフィアの使命です。決してソフィアが個人的な感情で契約者に物を言うことはありません」
と、不満そうな声色で言った。最近のソフィアは表情こそ無表情だが、声色や言動行動の節々に喜怒哀楽が現れている気がする。
「ふむ......人間界の情報を集めるため、ねえ?」
「言いたいことがあるならどうぞ」
「じゃあ、今日はパン買って帰らないけど、良いよな? ソフィアは個人的な感情で俺に意見しないらしいし」
「嫌です」
「即答かよ」
清々しいほどに個人的な感情をさらけ出しているじゃないか。
「ソフィアにパンを買わないなんて、契約者は鬼ですか?」
お前は悪魔だろ。
「どれだけパンが好きなんだよ」
「世界一です」
「俺は?」
「その次の次くらいでしょうか」
「俺はベスト3に選ばれたことを喜ぶべきなのか、それともパンに負けたことを悔しがるべきなのかどっちなんだ......?」
「契約者はソフィアに好かれたいのですか?」
ソフィアがボケてくれたことに少し喜んでいると、彼女は突然そんな質問を俺に投げ掛けてきた。
「へ?」
「ですから、契約者はソフィアに好かれたいのですか?」
しまった。『好きは好きでも友達として』という断りを入れて、『勿論』と返答するのが俺にとっての最適解だったのだ。しかしその方法はもう使えない。何故なら俺がソフィアのことを友達や仲間としてしか見ていないのであれば即答出来た筈だからだ。
彼女の質問に少しでも狼狽えてしまった俺は、少なからずソフィアのことを恋愛対象として見てしまっているのだろう。今から『友達として~』なんて言ったところで見苦しいだけだ。
「無理に答えなくてもいいですよ。ただ、ソフィアは人間界で右も左も分からないソフィアと契約を交わし、『情』を持ってソフィアと接してくれた貴方のことは別に嫌いではありません。ソフィアが言いたいのはそれだけです」
「その、嫌いではないというのは……つまり?」
「それ以上を今の段階でソフィアの口からは言いたくありません。命令だと言うなら話させて頂きますが?」
俺が恐る恐るソフィアの発言の詳しい意味を探ろうとするとソフィアは強気な態度でそんな言葉を返してきた。
「お前、俺が嫌がってるソフィアに無理矢理命令することはないって分かって言ってるだろ」
「はい。契約者はソフィアに『情』を持って接してくれることを知っているので」
「コ、コイツ......」
まあ、俺の扱い方を覚えてくれたり、ボケてくれたりするソフィアの方が『契約ですので』と堅いことばかり言うソフィアより何倍も良いのだが。
「ですが、もし契約者が命令をした場合は必ずそれに従うつもりです。勿論、契約の内容通りソフィアが極端に不利益を被る命令は拒否しますが」
「じゃあ、パン食べるの止めて」
「拒否します」
「ええ......」
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