2 メロンパンとクロワッサン
2020/10/7/ ぺーきんぐ様に描いて頂いたソフィアの挿絵を追加しました。
「......先程は助けて頂いてありがとうございました」
あの後、俺と少女は人通りの少ない静かな階段に座っていた。というのも保護者が居るなら引き渡そうと思い、保護者はいるかと聞いてみたのだが何か理由が有るのか少女は口籠ってしまったのだ。流石に訳ありと知りながら放置するのは気が引けるのでこうして事情を聞いている。
「ああ。大丈夫だったか?」
「......はい、お陰様で。失礼ですが貴方は本当に兵士長なのですか?」
少女の瞳には疑いの念が込められている。この少女は明らかに俺が兵士長ではないと気付いているようだった。何故、気付かれたのかは分からないが、どちらにせよ説明するつもりだったので特に困ることはない。
「すまん。あれは嘘だ。兵士長の名前にビビって投降してくれたら儲けものだと思ってな。実際は使い物にならなくて兵士という職自体今日、クビになった。別に兵士という仕事に誇りを持ってた訳じゃないけど最後に兵士らしいことを出来て良かったよ」
「兵士らしいこと、ですか?」
「ああ。民間人を奴隷商と通じている誘拐犯から守ったんだ。少しは兵士っぽいと思わないか?」
同意を求めるように俺が聞くと、少女は静かにコクリと頷いた。
「そうですね。素晴らしいと思います」
すると、次の瞬間少女のお腹は『グゥゥゥゥゥ』と大きな音を立てた。無表情な少女はほんの少しだけ顔を紅くして、俺から顔を逸らす。
「......すいません」
「いや、良いよ。丁度、俺も腹が空いてたからパンを買ったんだ。露天の兄さんがサービスしてくれてな。なんと、銅貨1枚でパン3個」
俺は紙袋からクロワッサンとメロンパンを取り出すと少女に手渡した。どちらもかなりの大きさが有る。あの青年はとても太っ腹だった。
「......良いのですか?」
「ああ。俺は食パンが1斤も有るから多すぎるんだよ。あ、足りなかったら食パンもやるからな?」
「いえ、これだけで十分です。ありがとうございます」
少女は礼儀正しく頭を下げるとパンを凝視した。食べる様子はなく難しい顔をしている。
「食べないのか? それとも嫌い?」
「いえ、パンなる物を初めて食べるので」
「マジで!?」
「はい」
パンはこの地域のみならず、この国全体で主食として食べられている国民的な食品だ。この国にパンを食べたことがない人間が居るのは驚きだった。
「それなら、尚更食ってみろよ。美味いぞ」
「......では、頂きます」
目を細めながら、少女はメロンパンにかぶりついた。少しだけ少女の纏っていたクールな雰囲気が薄れた気がする。
「どうだ?」
「......とても美味しいです」
「そりゃ、良かった」
俺は笑いながら少女を見る。少女は肩まで伸びた美しい黒髪と宝石の様に綺麗な青い瞳が特徴的で、漆黒の服に身を包んでいた。全体的に黒い少女の服装の中で一際存在感を放っている。また、髪色と同じ色のため目立ち難いが、髪にはヒラヒラとした黒いリボンが付けてあった。
服、リボン、髪、瞳。全てから気品が漂っており、何処かの貴族の令嬢だと言われても俺は疑わない。少なくとも貧乏な家の出では無さそうだ。年齢的には18才の俺よりも4つ程年下。つまり14才くらいに見えるが全身の色が殆ど黒という落ち着いた色で統一されているため、パッと見もう少し大人に見える。
「どうかしましたか?」
容姿を俺が観察していたことに気付いたらしく、少女は鋭い瞳でこちらを見てきた。
「いや、なんにも」
「......そうですか」
「ところで聞きたいんだが、どうしてあんなのに絡まれてたんだ?」
俺の質問に少女は少し黙り、目線をメロンパンへと向けながら話し始めた。
「街中を歩いていると突然あの方に、付いてこいと言われたのでそれを断ったところあのような状況に」
あの男の言動から察するに始めは少女で性欲を満たそうと考えていたが断られたため怒り狂い、奴隷商へと売り飛ばそうとしたのだろう。
「じゃあ、さっきも聞いたが保護者は?」
「......」
やはり、保護者のことを聞くと少女は黙ってしまった。恐らく何か複雑な事情が有るのだろう。それでも彼女をこのままにしてはおけない。
「家出とかなら、さっさと帰って親と仲直りした方が良いぞ? 虐待をしてくるような親なら考える必要が有るが......」
子への虐待もこの国では立派な犯罪だ。もし、そんなことが行われているのならきちんと取り締まって貰う必要がある。幸い、俺は腐っても元兵士だ。彼女の親を拘束して兵士に身柄を渡すことくらいなら出来る。
「心配には及びません。家出では無いので。ただ、少し複雑でして」
少女は早くもメロンパンを完食したようで、クロワッサンに口を付けている。
「その話、聞かせて貰っても良いか? 俺にも協力出来るかもしれないし」
こんなところまで来たのだ、協力出来ることなら協力したい。少女は再び口を閉じると、俺の顔をまるで値踏みするかのように見つめた。
「......場合によっては貴方を傷付けてしまう可能性も有ります。それでも、そう言いますか?」
少女はそう言うが、兵士時代虐めに虐められてきた俺のメンタルはそんなに柔じゃない。多少、ショッキングなことがあったとしても大丈夫だ。
「ああ、勿論。何があっても大丈夫だ」
「......分かりました。人通りが少ないとはいえ此処もたまに人が来ます。場所を変えましょう」
「お、おう」
そんなに人に聞かれてはいけない話なのだろうか、と疑問に思いながらも俺は少女の提案に同意した。
そ、総合評価がまだ0だ......。評価、ブクマ、感想、レビュー、お願いします! この作品に最初のポイントを入れるチャンスですよ!