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160 父と娘


「気持ち悪いわね。どうしてアタシやオルムのことを知ってんのよ。......それに、アイツの姉?」


「えぇ。ソフィアと似てるでしょう、ワタクシ。アナタ達のことはほら、長とアナタ達のやり取りを近くで見ていましたから。......ソフィアにも聞きましたし」


「ソフィアに、聞いた?」


「驚くでしょうけど、ワタクシ、昨日、ソフィアと会ってきたんですよ。どうか、安心してください。元気でしたよ。久しぶりの姉との再会なのに、あの子ったら殆ど何も言わなくて......傷付きますよね。でも、表情だけでも、アナタとあの子の関係が何となく分かりましたよ? あの子も隅に置けませんね。くふっ」


 ペラペラと、ルシアと名乗った少女は此方を不安にさせるような調子で話す。ソフィアに姉が居るなどという話、一度も聞いたことがない。ソフィアとは似ても似つかない雰囲気の、しかし、姿はソフィアそっくりのルシアを睨みながら、俺は彼女の目的について考える。悪魔兵を撤退させてくれたのはありがたかったが、一体、彼女はどうしてこんな所に来たのだろう。先程の兵士との会話から察するに本来、彼女はこの総督府に居る筈のない存在なのだ。昨日、ソフィアと話をしたというのが事実なら、彼女の居るべき場所は恐らく悪魔の都。

 にも関わらず、わざわざこんな所まで来た理由は何なのか。そもそも、どうして彼女は俺達の居る場所を知っていたのか。悪魔の都と此処は一日程度で移動出来るくらいの距離しか離れていないのか。疑問は尽きない。

 しかし、今、何よりも気になることが一つある。


「お前がフランの正体を知っている、ってことはもう悪魔側には『フランチェスカ・アインホルン』が此処に居ることが割れた、ってことだよな」


 フランがこんな所で生きているとなれば、悪魔側は確実に追手を派遣してくる。出来ればフランの存在は悪魔側に隠しておきたかったのだが。......というか、その追手がこのルシアの可能性もある訳か。


「そうなるかどうかは、アナタ達次第ですね。今の所、フランチェスカのことを知っているのはワタクシだけですから」


「......お前は一体、何なんだ。何を俺達に求める? というか、悪魔なのに上に情報を隠しておくって許されるのか」


「何を要求するかは後で教えてあげましょう。悪魔なのに、というのは......そうですね。ワタクシ、契約とか命令とか、嫌いなんです。ワタクシはワタクシのために生きたい。取り敢えず、まずはアナタ達の目的を終わらせてください。見ててあげますから。ふふっ」


「私達の目的が何なのか、アンタは知ってるって言うの?」


「ええ。だって、お父様の執務室の前に居るんですもの。お父様を殺すか縛って人質にでもするんでしょう?」


「お父様......そうか、そうだよな。ソフィアの姉だから、アグネス・オロバッサはルシアの姉でもあるのか。どうして、そこまで分かっているのに、ルシアは俺達を止めないんだ? 自分の父親だろ?」


「ワタクシのこと、名前で呼んでくれましたね......嬉しい。父親なんて別に血が繋がっているだけの他人じゃないですか。ワタクシとは関係ありません。というか、もし、ワタクシが何か邪魔をしようとしたとしてもフランチェスカの敵じゃないでしょう? 首切り魔王であるソフィアとは違ってワタクシはただの悪魔......だから早く、やることやりなさい。ねぇ?」


 見れば見るほどソフィアにしか見えない顔でルシアはクスクスと笑う。何歳くらい差があるのだろう。ソフィアをそのまま大人にしたみたいな容姿の彼女を見ていると、つい、心が奪われそうになる。


「ん、分かった。しっかし、軽薄になったソフィアみたいね、アンタ。声も顔もよく似てるわ。ちょっとだけ、アイツより声は低いかもだけど」


「ふふっ、ホントですかぁ? それは嬉しい」


「行こう、フラン。中のメアリーが心配だ」


「ええ。......アンタ、何か怪しい動きをしたら殺すからね」


「酷いですね。でも、アナタにソフィアと同じ顔をしたワタクシをオルムさんの前で殺す勇気は無いでしょう?」


「......アイツよりも嫌いなタイプだわ、アンタ」


「でしょうね」


 なんて会話をしながらフランは総督の執務室の扉を開ける。今更だが、総督アグネス・オロバッサの戦闘能力は如何程なのだろう。ルシアも言っていたようにソフィアはイレギュラーだが、ただの悪魔であるルシアも手加減したフランの斧魔法を易々と相殺できるくらいには強いので、その父親であるアグネスもかなりの実力者と思われるが。


「遅い。遅すぎ。もう全部終わったわよ」 


「......ん?」


 長い間、放置されていたメアリー様はそれはそれは不機嫌であった。

 彼女の足元には腕と脚をそれぞれ紐で拘束された黒髪の老紳士が転がされている。どうやら、アレがソフィアとルシアの父親、アグネス・オロバッサらしい。ソフィアとそっくりの青い目といい、凛とした目といい、確かにソフィアの面影を感じないこともない。

 しかし、初めての対面がこれとは......。


「私を解放しろっ! 貴様! メアリー・ネヴィル! 何とか言ったらどうなんだ! 私がその気になれば貴様らの種族など絶滅させて、あ痛い痛い痛い痛い! やめろっ! やめろおっ!」


 俺とフランは顔を見合わせ、同時にメアリーに目を向けた。メアリーは軽くかぶりを振ると、溜息を吐きながらアグネスの顔を何度か踏みつけた。


「......ショックだ」


「私だってそうよ。長きにわたって人狼族を支配していた悪魔族の責任者がこんな小物だったなんて。はあ、死ね」


「痛い! 首はやめろ! ......あ、る、ルシア! どうして此処に!? 私を助けに来てくれたのか! た、頼む! この暴力的な人狼族の娘を殺して......ああ痛いっ!」


「悪いですが、ワタクシ、お父様を助けに戻ったんじゃないので。どちらかというと、その逆? ねえメアリーさん、ちょっとそこ代わってくれます?」


「......良いけど、誰? どうして私の名前を知っているの。後、凄く嫌な匂いがするんだけど」


「あら、人狼族の王妹メアリーを知らない筈がないじゃないですか。後、これでも体臭には気を遣ってるんですけど」


「その『あら』って言うのやめてくれる? 私の嫌いな女の口癖だから。というか、あなた、コレの娘なの?」


 メアリーはルシアの方に四肢を縛られたアグネスを蹴り飛ばしながら言った。ちょっと可哀想になってきたが、悪魔族が彼女、そして人狼族にしてきたことを考えると止める気にはならない。


「ええ。ワタクシはルシア・オロバッサと言います」


「......不快感の正体が分かった。あなた、姉でしょう。ソフィア・オロバッサの。気持ち悪いくらいの姉ルギーを感じる」


「姉ルギーて」


 と、フランが突っ込みを入れる。どうやらメアリーはシャーロットのことが嫌い過ぎて『姉』という属性を持つ女性全てに不快感を覚えるようになってしまったらしい。


「そうです? ワタクシ、姉と思われていないくらいソフィアとは付き合いが少ないんですけれど。あの子とは母も、身分も違うし」


「異母姉妹なのね」


「そう。......ああ、ごめんなさいお父様。ぷっ、ふふふっ。ふふっ。オロバッサ家当主がこんな......」


「ルシア、今まで悪かった! 私はお前を不義の子として冷遇した! 本当に申し訳なかった! か、家督か!? 家督ならやる! だから助けてくれ!」


「......何を見せられてるのかしら、これ」


 と、フランが呆れたようにアグネスから目を逸らしつつ、呟いた。全く同じ感想を俺も持っていた。


「ということらしいけれど、どうするの? これ。私もうこの場から立ち去りたいレベルなんだけど」


「あ、ああ......取り敢えず、もうこの状況で暴れたりしないだろうし拘束解いてやってくれないか。話をしようにもこの状態じゃ、な」


「転がしたままで十分よ」


「ワタクシもそう思います」


「ルシアあっ!?」


 俺の意見にうんうんうんと高速で頷くフランとは対照的に、メアリーとルシアはあまりにも非情な反論をしてきた。アグネスの叫び声が痛々しい。


「お前の命は今から私達の要求を呑めるかどうかで決まる。精々、よく聞いておきなさい」


 メアリーは鉈をアグネスの首元に突きつけながら、どう考えても悪役の台詞にしか聞こえない脅しをした。もう本当に見ていられない。


「わ、分かった......。貴様らは何を求める」


「まず最初に、質問。今朝、民族連合の副代表であるルイが死んだ。お前の差金?」


「......し、知らん。私がそんな取るに足らないような魔族を殺す訳が」


 メアリーは無言で鉈を更にアグネスの首に近付けた。


「本当に何も心当たりがない、と? 因みに殺害に使われた毒は多量の吸血鬼の血ということが検査で分かった。この地で吸血鬼の血を用意出来る勢力なんて、お前達以外に考えられないのだけど?」


「っ。ほ、本当に知らんのだ! 確かに民族連合と人狼族の不和を煽るような工作は続けろと命じていたが......私はそのような作戦は聞いていない。何処かの部署が勝手にやったことだろう。少数民族地区の自治組織の副代表を暗殺した、なんて取るに足らぬこと、私はいちいち把握しておらん。吸血鬼の血だと? そんな非効率なものを使うとは何処の部署の仕業かと私も聞きたい! 待てよ。知らぬ間に何らかの書類にサインしたかもしれんな。どうだ見るか!? この執務室の右隣の部屋が資料室だ。私がサインした書類もそこに保管されている。数え切れんくらいある故、骨が折れると思うが」


 と、喚き散らすアグネス。もうこれ以上、ソフィアのお父さんの評価を下げないで欲しい。人格者とは思っていなかったが、もっと誇り高い狡猾な悪魔を想像していたのに。


「......嘘は言っていなさそうね。分かった。次。お前達が占領している旧人狼属領を全て我々に返還し、内政干渉を終わらせなさい。そして、お前は悪魔の中央政府の目を騙すために仮初の総督を演じ続けて。人狼族が独立したという事実を隠し、中央に偽りの報告書を出し続けるの」


「っ。あ、悪魔を、長を裏切れと言うのか!? わ、私は誇り高きオロバッサ家の当主にして、タナエル様の忠臣。そんな真似出来る筈がないだろう!? ただでさえ、今は首切り魔王が悪魔を裏切りかけたせいで我が家の評価は下がっていると言うのに......! 全く、あれだけ契約と主従関係を絶対視するように躾けたのに」


「お前か、ソフィアがあれだけ苦しむ原因を作ったのは」


「うん? 娘を知っているのか? 一体貴様は......」


「オルム・パングマン。ソフィアの契約者として人間界で生活していた、ただの人間だよ。ソフィアの父親だからどんな奴なのかって思っていたが......ガッカリだ」


「い、いや、知らぬ間に期待されて失望されても困る! どうして人間がこんな所に居るのかと尋ねたいが今はそんなことはどうでもいい。い、色々と娘が世話になったな! あの表情一つ変えずに淡々と命令を遂行していた娘が長の命令に背こうとする程にまで感情豊かにしたのはお前だろう!? その、娘の父親ということで、助けてくれぬか?」


 遂に俺にまで縋り始めたアグネス。もう俺は何も言わなかった。溜息だけが出た。


「今、此処で死ぬか、裏切りがバレて死罪になる日まで生きながらえるか、どちらが良い? 選ばせてあげるわ」


「......分かった。貴様の要求を呑もう。人狼族の傀儡だろうが、何だろうが演じてやる」


「本当に筋がないのね。此方としては助かるわ」


 はぁ、と溜息を吐きながらメアリーはアグネスの首元に突きつけていた鉈をそっと腰に刺した。


「じゃあそろそろ、ワタクシの要求をしても良いですか? お父様じゃなく、アナタ達に」


 ルシアは胸のブローチに人差し指を当てながら俺とフランに向かってそんなことを言い出した。


「その要求とやらを呑まなかったらどうするって言うの? 言っておくけど、私、アンタに負けるつもりはないわよ」


「ええ。言われなくても分かってますよ。ワタクシはただのか弱い悪魔ですもの。だから、助けを呼ぶんです。......このブローチの宝石にワタクシが魔力を込めた瞬間、悪魔軍の中枢と近隣の悪魔軍の駐屯地に緊急事態を知らせる信号が伝わります。人狼は無血で独立、とはいかなくなりますよ? 無論、ワタクシが魔力を宝石に込めるより先にフランチェスカがワタクシを殺せるのなら、それも良いですが」


 ニヤニヤと笑いながら俺との距離を詰めてくるルシア。メアリーは焦った様子で鉈を構えるが、俺はそれを静止した。


「この屋敷を守ってたあの悪魔の兵士達がもう連絡くらいしてるんじゃないか?」


「......ふふっ。と、思うでしょう? 感謝してください。彼らにはワタクシが根回しをしておきましたから。まだ、何処にもこの場で起きた出来事は伝わっていませんよ」


「......助かったけど、性格悪いな」


「母のようなワタクシの優しさに感謝して欲しいです。それに、ちゃんと要求さえ呑んでくれれば、何もしませんから」


「で、その要求ってのは?」


「オルムさん達はソフィアの奪還に動いてるんでしょう。その旅にワタクシも混ぜて欲しいのです」


「......それだけ?」


「それだけですよ。何ですか。もっと、難しいお願いの方が良かったです? ワタクシにキスしてとか?」


「それで人狼族が救われるならやるが」


 ソフィアとそっくりの顔だから抵抗も少ない。


「優しいんですね。でも、本当にワタクシの要求は一つだけですよ。どうです? 妨害は......あんまりしませんよ、多分。少なくとも、利敵行為、つまり悪魔や吸血鬼の味方はしないことは誓います」


 俺はフランに目配せをする。フランも少し呆気に取られているようだったが、コクコクと頷いてくれた。


「まあ、別に良いが。お前は悪魔だろ? それにさっきの兵士の様子見ている限りかなり、良い役職に就いてるんじゃないのか」


「さっきも言ったでしょう? ワタクシ、悪魔の秩序とかそういうの、興味ないんです。役職だって名ばかりで殆ど行方を眩ましてるし、ね。もし、ワタクシに悪魔への忠誠心とやらがあるならさっさと救助要請を出してるでしょ?」


「......お前の声を聞いてると調子狂うよ。ソフィアの顔と声で言われると余計に。分かった」


 こうして思わぬ悪魔の介入もありながら、総督府攻撃作戦はあっさりと成功してしまった。三勇帝国の時といい、少し成功体験が多過ぎて感覚がおかしくなりそうだ。

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