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159 オロバッサ


「到着しました。此処が悪魔の人狼族支配、及び北方占領地の支配の要である総督府です。見た目は人狼族の宮殿のように煌びやかではありませんが、良い所で暮らしてますねコイツら。腹立つ」


 と、目の前に聳える黒金の建造物を見ながら言うのは、俺とフラン、そしてメアリーを総督府まで送り届けてくれたエイミーである。俺達が乗ってきたのは馬車ではなく、トナカイが引いてくれる金や宝石がふんだんに装飾された王族用のソリ。この地域の移動手段としてはこのソリが一般的らしい。人狼族の使用人であれば殆ど全員がソリを操れるらしいので、俺の希望でエイミーに御者をしてもらうことにした。


「ありがとう。助かったよ」


「いえ、それでは私はそろそろ帰りますので......。またお迎えに参ります」


「待って。あなたが帰ったら怪しまれるでしょう。もう少し付き合いなさい。争いが始まったらその混乱に乗じて逃げていいから」


「危険そうで怖いので嫌なんですけど」


「付き合いなさい」


「......じゃあ、トナカイ達繋いできますね。早く終わらせてくださいよ」


 王妹であるメアリーに対してかなり不敬な態度を取るエイミーに俺は思わず笑いそうになる。


「恨みますよ。指名料後で頂きますからね」


 と、エイミーは俺に捨て台詞を吐くとソリをトナカイを止めるために総督府の敷地内へとソリを滑らせていった。彼女にも後で何か礼をしなくてはいけない。


「フランチェスカとあなたは手筈通り潜伏していて


「オッケー。気配消して隠れておくわ」


「やっぱ、俺いる?」


「修羅場慣れしてるし、いざとなればそのペンダントで適当に魔法ぶっ放してるだけで戦力になるから」


「俺、無理に魔法使うと凄い吐き気を覚えて、頭痛をするんだが」


「アイツを悪魔から取り戻すならこれからもっと、危険な目に遭うのよ。肩慣らしと思いなさい。アイツの父親とも会いたいんでしょ?」


「まあそうなんだけどさ」


 そんなやりとりをしつつ、俺とフランはメアリーと別れ、姿を隠した。一方のメアリーは真正面から堂々と総督府の入り口へ向かう。

 シャーロットが悪魔に対する反乱を起こすと決めた数時間後、やはり、ルイの身体からは多量の吸血鬼の血が確認された。ルイ暗殺の真犯人が悪魔であると断言出来るほどの証拠ではないが、兎に角、シャーロットは悪魔への反乱計画を開始したのだった。

 シャーロットの立てた計画はこうだ。人狼族側の最高戦力であるメアリーとフラン、後、総督のアグネス・オロバッサに会ってみたいという極めて私的な理由を持つ俺の少数で総督府を襲撃。総督に降伏を迫る。フラン曰く、悪魔軍唯一の欠点は、主従の契約や命令を重視し過ぎるあまり指揮系統の混乱に弱いことで、総督さえ叩けば悪魔軍は途端に弱体化すると考えられるとか。その隙をついて、人狼族の正規軍を動かし、旧人狼族領のエリア及びその周辺の悪魔の駐屯地を叩く......というのが、シャーロットとメアリーが立案した計画である。あの姉妹、仲悪い筈なのに妙にこの計画を練るときはイキイキしていた気がする。

 尚、本来なら人狼族が軍を動員しようとすれば先に悪魔側に勘付かれて叩かれる可能性が高いが、今回は『民族連合の反乱に対処するため』という理由を先に悪魔側へ通達しておいたので怪しまれることはないとのこと。今回のメアリーの総督府訪問も表向きは民族連合の反乱についての相談、ということになっている。......因みにシャーロットは民族連合が反乱を起こしたことを知った時点で、ここまでを見据えて軍の動員を指示していたらしい。心底、あの女王様が味方で良かったと思う。


「どうやら、四階の右から見て三つ目の窓の部屋の向かいが総督の執務室みたいね。あの子はもう会談に入ったからいつでも突入していいって。にしても、あの子のテレパシー魔法の精度高いわね。めっちゃ声がクリアに聞こえる」


 十数分後、メアリーからのテレパシーを受け取ったフランが俺にそう伝えてきた。


「メアリー、魔法の扱い上手いみたいだからな。フランから見てメアリーってどんくらい強そう?」


 この前、メアリーが魔法を用いた荒技で部屋の明かりを消していたのを思い出しながら俺は言う。


「アンタ、本人が居ないところでは普通にあの子のこと呼び捨てにするのね......。うーん、あの子の強さねえ。流石に私や八つ首勇者レベルではないでしょうけど、私がマチェットを突き付けられてビビり散らかしたくらいには強いと思うわよ。強いというか、怖い」


「やっぱ、フランでも怖いか」


「ええ。やっぱり、幾ら強くても殺意という奴を向けられると意外と足がすくんだりするものよ。......そろそろ、あの子にあまり時間稼ぎをさせても悪いし、突入しましょうか」


 フランをこうまで言わせる程の殺意を内に秘めているメアリー......彼女がそうなってしまった経緯を考えると少し心が痛くなった。


「俺はどうすればいい」


「うーん。まあいつもアイツがアンタにやってたみたいに、アンタのことを抱いて飛ぶわ。はい、行くわよ」


「あ、ちょ心の準備が......」


「アンタも空飛ぶのなんてもう慣れたでしょ。さっさと行くわよ!」


 フランは俺の身体をお姫様抱っこのような形で抱き上げると、庁舎の屋根より高い位置まで飛び上がり、庁舎四階の右から三つ目の窓を斧を投げて破壊する。そして、急降下する形で破壊された窓から室内に侵入した。僅か十数秒の出来事である。誰もいない会議室のようなその部屋に降り立つと、彼女は俺を降ろした。


「この部屋の向かいよね。さっさと行くわよオルム。一応、守ってあげるけどアンタも戦う準備はしておいてね」


「あ、ああ......分かってる」


 俺は腰に刺した剣の鞘を触る。人狼、正確に言えばシャーロットから貸してもらったものだ。折角、この前、エンシェントドラゴンの素材を使って作ってもらった剣が完成したというのに持って来れなかったのは何だか勿体無いが、アレよりも軽くて扱いやすいので結果オーライかもしれない。そして、いつものアデルから貰った拳銃も持ってきている。最近は剣よりもこっちの方が使うことが多い。

 ドタドタドタという足音が部屋の外から聞こえる。流石、悪魔の兵士だ。直ぐに侵入者の存在に気付き、やってきたらしい。フランは俺に目配せすると、素早く扉を開けて廊下を隔てた向かいの部屋に飛び込もうとした。俺もそれに続く。


「ああもうっ! 流石に悪魔を舐めてたわ。総督の執務室、結界の一つや二つあってもおかしくないわよね......」


 しかし、フランの言葉通り、総督の執務室の扉には結界が張られているらしくすんなり中に入ることは出来なかった。


「壊せるか!?」


「頑張る!」


「分かった! でも、そろそろ、兵士来るぞ......ほら来た!」


 廊下の左右の階段からそれぞれ八人ずつ、計十六人の槍や剣で武装した悪魔達が現れた。ソフィアやフランと同じく、容姿だけなら人間と殆ど変わらないように見える。ソフィア以外の悪魔ってこんな感じなのかと妙に冷静に感慨を覚えながら、即座に銃を構えて彼らの足元に数発撃つ。対象をロックオンした状態で引き金を限界まで引けばホーミング能力のある弾も打てるが、普通に打てばこのように威嚇射撃をすることも出来るのだ。魔力弾を打つ機能を使えば、弾を持ち歩かなくて良いしあまりにも便利。アデルには感謝しかない。


「っ。貴様ら何者だ! 総督殿の部屋には入れんぞ! 大人しく投降しろ!」


 執務室に向かって右側の階段から上がってきた八人の中の、リーダー格の剣を持った長髪の青年が俺の威嚇射撃に動揺しながらもそう言ってきた。いきなり斬り殺しに来るかと思ったのだが、意外と話が出来る感じだ。向こうはフランの正体を知らないので、ただの侵入者が結界を解除出来る筈がないと思っているのだろう。これは時間稼ぎが出来そうだ。


「お、俺達は悪魔族に故郷を占領された少数民族の戦士だ! お前達はどうして俺達の生まれ育った街を破壊した!? どうしてお前達は俺達をこんな雪しかない所に連れてきた!? なあ、どうしてだよ!?」


 と、銃を降ろしてあくまで戦闘の意思がないことをアピールしつつ、彼に向かってそう叫んだ。自分で言うのも何だが、中々、リアリティのある演技ではないだろうか。ノータイムでこれだけの言葉が出てくる自分に対して、自分でも驚いてしまう。


「人狼族管轄の少数民族居住区の連中か......。同情はする。確かに貴様らは被害者だ。しかし、弱き者が強き者に支配される、弱肉強食はこの世の摂理だからな。諦めろ。今すぐ抵抗をやめれば死罪は免れるよう取り計らってやる。此方としても怪我人を出したくはない」


「......オルム。結界、壊せたわ。どうする」


 小さな声で俺に耳打ちをするフラン。さて、どうすべきだろうか。フランに此処に居る兵士達を全員片付けて貰ってから総督の執務室に突入するか、それとも、兵士を無視して総督の執務室に突入して総督を人質にでも取るか。部屋の中にもどんな仕掛けがあるか分からない。さっさとこの兵士達を片付けて、増援が来る前に慎重に部屋を制圧し、総督を人質に取るのが一番良いかもしれない。そもそも、部屋の中のメアリーはどうなっているのだろう。一応、まだ今回の俺達の襲撃に人狼族が関わっているとはバレていなさそうだが。

 

「まずはコイツらをどうにかしてくれ」


 俺がそう頼むと彼女は頷き、斧から眩い光を放たせた。何らかの斧魔法を撃つのだろうと思った瞬間、また一人、執務室に向かって右の階段から悪魔が登ってきた。構わずフランは左右の兵士に向けて雷撃のような魔法を放つ。


「いやはや、こんなに手加減されるとは悪魔兵も舐められたものですね。まあ実際、弱いのは事実なので仕方ないのですけど。アナタが言っていたみたいにこの世は弱肉強食、ですから」


 執務室に向かって左側の八人が今の魔法で全員気絶したのに対し、右側の八人の兵士達は先程のリーダー格の青年含めて全員が無傷だった。というのも、新しくやってきた黒髪で長髪の女性悪魔がフランの魔法を全て受け止めたからであった。受け止めた、というのは正確でないかもしれない。彼女は無傷で、その服は全く焦げた様子がない。すんでのところで魔法を相殺したのだろう。


「る、ルシア様!? 何故、こんな所にいらっしゃっ......」


「駄目ですか。ワタクシがここに居たら」


「い、いえ、そんな事は! それより侵入者の対応をしていますので今は......」


「下がっておけ、って? 今、ワタクシが居なかったらアナタ、向こうの八人みたいにコゲコゲになってましたよね。そんなのがワタクシを守れるの? ねぇ?」


「い、いえ、では、この場はルシア様にお任せするということで私は援軍を......」


「援軍? あの二人がワタクシの身に余る相手だと、つまりアナタはそう言うのですね」


「そ、そのようなことは全く。た、ただ、ルシア様にはご迷惑ばかりお掛けしているため、申し上げたまででございます。出過ぎた真似をして申し訳ありません!」


「宜しい。下がっていてください。ここはワタクシにお任せを」


「は、はっ!」


 酷い、とても酷いものを見た。先程のリーダー格の男がフランの攻撃を相殺した女性にパワハラを受け、何度もペコペコと頭を下げる様子である。あまりにも酷過ぎて見ていられない。彼ら八人は反対側の気絶した八人の兵士を放置して、逃げるようにその場を去っていった。

 フランは自分の攻撃を相殺した、ただ者ではない彼女を見定めるようにじっと見ている。


「......さて、邪魔な悪魔兵は帰らせたけれど、入らないのですか。その部屋に」


 と、首を傾げるルシアという名前らしい女性。よく見てみると、彼女の着ている服はソフィアが着ていたあの漆黒の服とそっくりだった。ソフィアよりも彼女の方が身長が高いため、サイズはかなり違いそうだが、デザインは恐らく同じだ。胸元にはソフィアのものとそっくりなブローチを付けている。見れば見るほど、成長したソフィア、といった容姿のルシア。明確な違いは目とブローチの宝石の色が、どちらも青いソフィアと違ってどちらも赤いことくらいか。後、胸が大きい。驚くほどに胸が大きい。


「......アンタ、悪魔でしょう? どうしてそれを許すのよ」


「アンタ、じゃなくてワタクシはルシア。ルシア・オロバッサですよ、フランチェスカ。アナタにも、そっちのオルムさんにも、妹がとてもお世話になりましたね。ありがとうございます」


 ギラギラした赤い目を俺達に向けながら彼女はそう言って不適な笑みを浮かべた。

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