158 狼煙
「ごめんなさい。でも、私が非常識なのはあなたが一番知っている筈よね?」
「......開きなおり?」
「ええ。ついでにもう一つ開き直ると、私は扉の外で話を聞いていたんじゃなくて、この部屋に仕掛けた盗聴用の魔道具を使ったんだけど?」
「は......!?」
「あなたにまた、反乱を起こされたら困るもの」
俺とフランは顔を見合わせる。恐ろしい。涼しい顔で盗聴の事実を明かすシャーロットも、それを聞いて迷うことなく鉈を構えるメアリーも。
「まあ、嘘なのだけど。あなたにそんな気がとうに無くなっているのは知っていたし」
「......冗談のつもりなら本当に才能無いから今すぐ死んだ方が良いわよ」
「あら、怖い。それであなた、先程の話に戻るんだけど」
シャーロットは雑にメアリーをあしらうと、俺に向かって話しかけてきた。
「あ、は、はい!」
「私も真っ先にあなたと同じ考えに至ったの。個人的にルイを恨むような人物が居ない限り、事を起こしたのは悪魔勢力以外に考えられない。......多分、ユードもその可能性については気付いていると思うわ」
「つまり、彼の死は悪魔に屈服し、悪魔をこの地に居座らせたお前の責任ということね」
「......ええ。だから言ったでしょう? ルイを殺したのは私だと」
シャーロットは小さな溜息を吐くと、覚悟を決めたように俺達に一つの問いをぶつけてきた。
「オルム・パングマン、フランチェスカ・アインホルン、あなた達の目的はソフィア・オロバッサの奪還だけかしら。不死族の解放や悪魔・吸血鬼連合の打倒は?」
「......勿論、そこが最終目標よ。私はね。オルムはアイツを解放してからどうするのか知らないけれど、私は常に不死族の解放を望んでいる。そのためにも、悪魔の主戦力であるアイツをどうにかしないといけないんだけどね」
「俺も正直、行き当たりばったりで魔界まで来てしまったんで何も考えてなかったんですけど......ソフィアに帰ってきてもらうということは、ソフィアを裏切らせるということと同義なので、まあ、そういうことになっていくと思います」
口にするのは簡単だが、あのソフィアを悪魔から離反させようだなんてとんでもない目標だ。思わず俺も溜息が出そうになる。
「そう。......では、悪魔に対する反抗の狼煙を真っ先に上げるのは人狼族ということにしましょう。手伝って下さるかしら?」
『ふふっ、ふふふふふっ』と笑い声を漏らしながらシャーロットはそう言った。
「悪魔に、反乱を起こすってこと?」
「ええ。そういうこと。メアリー、あなたも手伝ってくれるわよね。私のことは嫌いでしょうけど、悪魔のことはもっと嫌いでしょう?」
「......馬鹿じゃないの? 今更、反乱? 私があんなに継戦を主張しても斥けたのに? 一度汚された兄様の死を、もう一度汚すつもり? あの講和には、お前なりの正義があったんじゃないの? それを、今更......」
「あの状態で悪魔に反乱を起こしても勝てるとは思えなかった。私は兄さんから人狼族の民の命を預かった身。無謀な継戦は誰も望まないと思ったの。でも今は違う。フランチェスカ・アインホルンという戦力が此方にはある。悪魔族と吸血鬼は人間界侵攻のために軍を南部に結集していて、この地域に派遣できる数は少ない。そして、この後、フランチェスカの指導による不死族の一斉蜂起が起きる可能性もある。......機は熟したのよ」
シャーロットはメアリーに鋭い視線を向けながら、濁流のように言葉を浴びせかけた。メアリーは憎々しそうに唇を噛むと、尻尾の毛を逆立てる。
「本当に勝算はあるの?」
「その言葉、継戦を主張したときのあなたに言ってあげたいわね」
「そういうの、いいから。確かに私はあの時、玉砕覚悟で悪魔に一矢報いるべきだと思った。......でも、そうはならなかった。お前は人狼族を残すことを選んだ。ならば、筋を通すべきだと思うだけ」
「負ける戦をするつもりはないわ。総督府に隣接した駐屯地に終結している悪魔の兵力と、すぐさま応援に駆け付けられる周辺の悪魔の兵力、概ね把握しているから。......フランチェスカ・アインホルン、あなたの力があればきっと」
シャーロットはフランに微笑みかける。フランは『わ、私かあ』と苦笑を返した。
「まあ、やってあげるわよ。オルムがお世話になった人狼族と、私がお世話になった民族連合のため。そして、不死族のために、ね。......そう言えば、単独で動いてしまっていいの? 民族連合との連携は?」
「彼らに出血を強いることは出来ないわ。人狼族の責任は人狼族で取る」
「そう。プランはあるんでしょうね? 因みに私もオルムも少数精鋭で敵の本拠地に殴り込みかけるのが得意なんだけどー」
「俺は別に得意じゃないからな......?」
「それは良かった。丁度、あなた達が輝ける計画を立案していたところよ」