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156 再会の雪原

今回も更新が遅れたため、二話同時更新をさせて頂きます。申し訳ありません。


「......騒がしいな」


 廊下から聞こえてくる怒鳴り声や幾つもの足音によって強制的に起床させられた俺は目を擦りながらソファから起き上がる。かなり前から宮殿の騒がしさには気付いてはいたのだが、てっきり、夢かと思って中々起きることが出来なかった。ふと、メアリーのベッドの方に目をやる。其処に寝ている筈の彼女が居ない。ベッドの横に立てかけてあった彼女の鉈もだ。

 俺は首を傾げながら防寒着を羽織ると部屋の扉を開けて、廊下の方に顔を出した。丁度、その時、昨日の朝、サンドイッチを部屋に届けてくれた金髪のメイドが歩いていた。


「おーい、ちょっとちょっと」


 と、彼女の背中に話しかけてみる。彼女はピタリとその場で静止したかと思うと、綺麗な回れ右をして此方に振り返った。


「お目覚めですか。申し訳ありません。朝食まで少々、お待ちを。サンドイッチでしたら直ぐにお待ち出来ますが」


「いや、朝食は別にどうでも。それよりこの騒ぎは? あの睡眠欲の化身の姿が見当たらないんですけど」


「メアリー様のことを仰っているのならあの方は今、いらっしゃいませんよ。民族連合が反乱を起こしたようで、シャーロット様もメアリー様もその対処に追われています」


「はんっ......!?」


 こともなげに淡々と説明するそのメイドに対して俺は思わずそんな声を漏らしてしまう。ついこの間、民族連合の副代表であるルイと人狼族の交渉が兄であるユードの介入によって破綻したばかりだった筈だが。


「何でも民族連合副代表のルイが何者かに殺害されたようで、彼らはその犯人をシャーロット様だと思っておられるようですね。あの方にそんなことをする理由も、度胸も無いと思いますが」


「......ん、今、サラッと不敬発言した?」


「冗談です」


「はぁ......」


「お客様も命が大事ならその部屋に引っ込んでて下さい。多分、どうにかなりますから」


「因みにもう戦いになってるんですか?」


「宮殿の前で先程から何やらやり取りをしてますよ。何ならお客様の部屋......もとい、睡眠欲の化身様の部屋からでも見られるんじゃないですか。一緒に見てみます?」


 ピコピコと狼耳を動かしながら彼女は小さく、しかし、しっかりとニヤリとした顔を作ってそう言ってきた。大丈夫なのだろうかこの宮殿のメイドの質は。


「お仕事は?」


「特別、課せられている仕事は私にはありませんので。私が職務を少しの間放棄する分、他の使用人に皺寄せが行くだけ」


「良い性格してますね。嫌いじゃないですよメイドさん」


「私も不思議とお客様には好感を覚えます。ところで私の名前はメイドさんではなくエイミーです。メアリー様相手ですら敬語が崩れてきつつあるお客様は無理せず呼び捨て、タメ口で結構ですよ」


 中々、毒のあるメイドさんだが、やはり嫌いではないタイプだ。


「そっか。ありがとうエイミー。それじゃあ、俺もお客様じゃなくてオルムって呼んでもらわないとな」


「了解しました。それではオルム様、見に行きますよ」


「あそっちは敬称も敬語も外さないのな」


「目下の同僚相手ですら敬語を使って距離を取る、私の処世術です」


 ということで民族連合と人狼族の衝突を見るため、メアリーの部屋の窓を開けた訳だが。


「さっむ!? さむっ! やばい信じられないくらい寒い!」


「でしょうね」


 窓を開けた瞬間、大量の雪が部屋に入ってきた。後でメアリーに殺されるかもしれない。急いで窓を閉じてエイミーと一緒に掃除をすれば誤魔化せるだろうか。いや、今は兎に角、目的を果たそう。俺は凍えそうになりながら窓の向こう、宮殿の広い庭の更に向こう、宮殿の門前の方を見ようと目を凝らす。幸い、視界が遮られるほどの吹雪ではない。


「......庭の方に沢山の人狼の兵士が並んでるのは見えるけど、なんか肝心のメアリー達の方は遠過ぎて見えない。というか、あの兵士達は何してるんだ」


「何でもシャーロット陛下の命令で待機させられているようです。陛下は民族連合代表ユードと護衛を付けずに話したい、とか。殺されても文句言えませんよね。何考えてらっしゃるんでしょう。ところでオルム様、双眼鏡とかは?」


「そんなもの持ってたら既に使ってる。にしても、そうか......シャーロット様が......」


 あの鬼人族の兄弟のことはあまり知らないが、それでもルイの方が必死に民族連合と人狼族の和解を求めていたことはこの前の議会での演説を聞いてよく分かった。そのルイが何者かに殺された......それも、その犯人を自分と言われている......シャーロットはきっと、俺が想像も出来ないくらいに感情を揺さぶられていることだろう。きっと、弟を亡くしたユードの姿は兄を亡くした自分と重なるだろうから。


「仕方ありませんね。では......」


 彼女は軽く深呼吸をすると、自らの右目の前に目を囲うくらいの小さな魔法陣を浮かび上がらせた。


「何の魔法だ?」


「一時的に視力を引き上げる魔法です。これで向こうまで見える筈......」


「其処までして見たいのかよ」


「あら、此処まで二人で野次馬やっておきながら自分だけそんな態度をお取りになるんですか? 残念、オルム様にも同じ魔法を掛けて差し上げようと思いましたのに。あ、シャーロット様がユードに跪いてる......何事? 後はメアリー様に、武装した民族連合がいっぱい。あの赤髪に青い髪の混じった奇抜な髪の少女も民族連合側ですかね」


 と、俺の興味を煽るような実況をしてくるエイミー。謝るから俺にもその魔法を掛けてくれ、と言おうと思っていた俺だったが、最後の彼女の言葉を聞いて余計、どうしても視力向上の魔法を掛けてもらわないといけなくなった。


「な、なあ、その赤い髪の女の子って右目が紫色で左目が白色だったりする!? そんで、物騒な斧持ってる!?」


「え、いや目の色までは......ああでも斧は持ってますね。お知り合いですか」


「ああ。赤髪青メッシュの斧系少女なんてアイツ以外に多分居ないだろ。ごめんエイミーちょっとあそこ行ってくる! あそこに待機してる兵に見つからないようにあそこまで行きたいんだがこの宮殿裏口とかある!?」


「ええ、裏口も裏門もありますが......」


「悪いがそこまで案内してくれ! 頼む!」


「それは構いませんが理由をお伺いしても」


「あそこに俺の探し人が居るんだよ! フランチェスカ・アインホルン! 不死族のお姫様! 早く行かないと......!」


「早く行かないと、なんですか?」


 冷静にそう問うてくるエイミー。そう言われてみると、俺より何万倍も強いフランがややこしそうなことに巻き込まれているからといって、俺が出来ることは何も無い気がする。それより、此処でエイミーと静かにことの成り行きを見守っておいて、後でフランと合流した方が賢いのではないか。

 そんな考えを押しのけるように俺の本音がどうしてもあの場に行きたいと叫んでいる。 


「ごめん。別に何もない。ただ、行きたいだけ」


「......そうですか。別に反対はしません。危険そうですし、怒られたくないので私は行きませんが。裏門まで案内しますよ」


「助かる! エイミー、こっちに来てから知り合った人狼で二番目に付き合いやすいよ!」


「喜ぶべきなのか迷う評価ですね。一位はメアリー様、な訳はないですよね。シャーロット様でもないでしょうし」


「一位は教会のロバート神父」


「ああ......立派な方ですからね。納得します」


 と、エイミーはクスッと小さく笑った。


⭐︎


 エイミーの全力のサポートもあり、何とか宮殿の人狼達にバレることなく外に出ることが出来た俺は急いで宮殿の裏門から外をぐるりと回って表門の方へ走った。にしても、やっぱり、この地域は寒すぎる。


「エイミー、マジで良い奴だったな」


 別れ際、外は冷えますからと彼女が渡してくれた手袋のお陰で心まで温まるのを感じながら、俺は呟く。何処となく彼女の雰囲気がソフィアに似ていたのも、俺が彼女を好ましく思う理由だろうか。

 思えば魔界に来てからの俺は殆ど、ソフィアのことを考えていなかった。それは凍死寸前にまで追い込まれたり、フランと散り散りになってしまったり、メアリー達と出会ったりというイレギュラーが重なった結果なのだが、それでもソフィアのことを思考の外に追いやっていた自分は薄情なのではないかという考えが湧いてきてしまう。ポケットの中に手を突っ込むとソフィアが最後、俺に預けてくれたリボンの存在を手袋越しに僅かに感じた。じんわりと身体にソフィアの魔力が伝わってくる気がする。心配するな。俺は今、ソフィアのために此処にいるのだから。

 宮殿を囲う柵の二つ目の角を曲がる。雪だらけの道だが___やはり、これもエイミーに貸してもらった___靴型の魔道具のお陰でどうにか走れている。靴底が地面につく寸前に魔法で雪を固めて足を取られないようにしてくれるのだ。よく雪が踏み固められた街の道を歩く分には普通の靴で問題ないが、そうでない場所ではこれが必要不可欠だ。やはり、エイミーには感謝しかない。

 やっと、フランやメアリー達の姿が見えた。宮殿の巨大さ故に門の前にいる彼女らのところまではかなり距離があり、あまり目が良い方ではない俺は彼女らの顔さえ見えないが。


「オルムぅぅぅ!?」


 しかしながら、フランには俺のことがしっかりと見えているらしい。遠くのフランがそんな風に叫んだのが聞こえた。俺は思わず手を振りたくなったが、流石にそういう空気ではないことを思い出し、ただ彼女らのところまで駆けていった。


「あ、アンタ、今まで何処に居たのよ!? 心配したんだからね!? あ、アンタを失ったら私、アイツにも、人間達にも合わす顔無くなるんだから!」


 というのが、再会した彼女が一番に俺に掛けてくれた言葉だった。

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