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150 すれ違い


「まあ、こんなところかしら。どう? 私のことを軽蔑した?」


 驚くほど赤裸々に話を聞かせてくれたシャーロット。彼女は爽やかにすら見える微笑を俺に向けてそう聞いてくる。


「......いえ。ただ、陛下のご苦労がよく分かりました。私が本当にこれを聞いても良いのかと思うくらいに」


 にしても、シャーロットの話は何処かデジャブを感じると思っていたが、そうか。クララだ。兄から実権を引き継いだ妹、という点がシャーロットとクララは共通している。魔道具の使い方が分からないため、未だに人間界と連絡を取れていないが、向こうは大丈夫だろうか。俺から連絡がないことがただでさえ、忙しいクララの悩みの一つになっていなければ良いが。


「良いの。今話したことは全て、人狼族の中では公然の事実だから。私が私を擁護するため主観的に話したところはあったと思うけど。......話を聞いてくれた礼、という訳ではないけれど、あなたの探し人は此方でも探すことにするわ。今日はありがとう」


 彼女は僅かに尻尾を左右に振りながら俺に礼を言った。メアリーが今朝、していた尻尾の動きに似ている。メアリー曰く、人狼族は嫌なことがあるとそうなるらしいが......。


「ほ、本当で御座いますか!? あ、有り難き幸せ......!」 


 女王陛下の気分を害してしまったのではという焦りから俺は声を震わせ、おかしな言い方で礼を言ってしまった。有難き幸せ、など今日日騎士でも言わないんじゃなかろうか。ルドルフは言ってそうだが。


「ええ。だから、フランチェスカ・アインホルンが見つかるまで此処に......失礼。尻尾が動いていたわね。人狼族は少し気分がよくなると尻尾が動くのよ。久しぶりに自分の昔話が出来て少し喜んでしまったわ」


 と、言いながら彼女は自分の尻尾に手をやり、苦笑しながらその動きを止めた。


「......メアリー様は不機嫌になったとき尻尾が動くと仰っていたのですが」


「ということは、あの子が尻尾を振るのを見たの?」


「ええ」


 その時、初めてシャーロットの表情が崩れた。何処か達観したような、諦観したような微笑が一瞬崩れ、彼女は驚きを露わにした。


「そう......。きっと、恥ずかしかったんでしょうね。あなたに自分が喜んでいることを知られるのが」


 シャーロットの言葉からは確かに妹であるメアリーへの愛情のようなものが感じられた。どうやら彼女は殺されかけても尚、メアリーのことを憎んでいないらしい。その愛情には尊敬を通して、やはり恐ろしさすら感じる。


「陛下は今でも、メアリー様のことを気にかけてらっしゃるんですね」


「ええ。兄さんから託された妹だもの」


「そう、ですか......」


「色々と私に付き合わせてごめんなさいね。私はもう少し祈りを捧げているから、先に教会を出て頂戴。......それと、妹には気を付けて。人狼族は鼻が良いの。あなたが私と会っていたことは必ず気付かれるわ。くれぐれも殺されないようにね」


 シャーロット陛下の何とも恐ろしい忠告を聞いた俺は改めて礼を言い、教会を出るため彼女に背を向けた。教会の出口に向かう途中、先程までシャーロットと話をしていた神父と廊下ですれ違いかけた。


「お帰りですか」


「ええ」


「陛下とはどのようなお話を? ......失礼。口外出来ない内容であれば結構ですが」


「あーえと、陛下の過去のお話を少し。先代の国王陛下の話とかも」


 俺がそう言うと神父は『ああ......成る程』と察した様子で呟き、少し溜息を吐いた。


「ありがとうございます。陛下のお話を聞いて下さって。あの方にとって、政務以外の話を出来る方は稀有なのです。遠い土地からいらっしゃった、人狼族の社会に何の関係もない貴方だからこそ、陛下はそれをお話になられたのだと思います」


 そう話す老齢の神父はまるで子を想う父のような暖かい表情を浮かべていた。


「私は先先代の王が亡くなられる以前からこの教会の神父をやっておりましてなあ。アーサー様やシャーロット陛下、それにメアリー様とは昔から頻繁にお会いしていたのですよ」


「子供の頃から知っている姉妹が......ということですか」


「ええ。歴代の王達は皆、神に祈るためこの教会へ訪れて来ました。しかし、シャーロット陛下は違う。彼女は私......神父と話すためにこの教会に通っておられるように見える。それだけ彼女は人との関係を渇望していらっしゃるのです。それはきっと、長らくこの教会に姿を現していないメアリー様も同じことでしょう。陛下から聞きました。お客人は今、メアリー様のお部屋で生活をなされているとか。お客人、どうか、この国に滞在する間だけでも、あの方の心を支えて下さい。そして、出来ることならまた、いつでも良いのでこの教会へ来てくださるように説得をお願いします」


 深々と頭を下げる神父の頼みを俺は断れる筈もなかった。この人は本当にシャーロットとメアリーを実の孫か子供のようなものとして見ているのだろう。彼の言葉を聞いていると不思議と胸が暖かくなった。


「分かりました。俺に出来ることは限られていると思いますが、出来るだけやってみます。それで、すみません。俺、オルム・パングマンって言うんですけど、お名前は?」


「ああ、これは失敬。私、ロバートと申します。神父のロバート、と言えばメアリー様には通じるでしょう」


「ロバートさんですね。貴方の伝言、必ず届けます」


「ありがとうございます......! オルム殿」


 そういうことで、ロバートからメアリーへの伝言を託された俺は宮殿へと向かった。教会の中がなまじ暖かかったせいで余計、教会と宮殿の間を歩くのが辛い。どうにか凍死せずに宮殿に辿り着いた俺はメイドに案内してもらい、メアリーの部屋へと戻ってきた。宮殿の中は非常に広く、幾つもの部屋が存在するので目的の部屋まで行くには案内が必須である。

 扉をノックしても反応が返ってこない。外出中だろうか。俺は首を傾げながら仕方なく、扉を開けた。


「ただいまー......帰りました」


 気が抜けたせいか、ソフィアにするのと同じテンションでメアリーに挨拶をしてしまった。慌てて少々、無理のある修正をかけたが大丈夫だろうか。


「ん、別にただいま、で良いわよ......んんぁ」


 そんな気の抜けた返事が聞こえてきたのはベッドの方であった。どうやら、あれだけ遅くまで寝ていたのにまた昼寝をしていたらしい。


「また寝てたんですか。パジャマに着替えてるし......」


「あなたがあんな早くに起こしたせいで寝足りないの。服に関しては、昨日、あなたが来たせいで着替えるタイミングがなかったでしょ。あなたが外出しているうちに着替えておいた」


 何処からツッコめば良いのだろうか。


「メアリー様も着替えを見られたくないとかいう羞恥心あるんですね」


「私のことを何だと思っているの」


「いや、男と同じ部屋で暮らすことに何の抵抗もないような人だからその辺の羞恥心もないのかなと」


「話の繋がりがよく分からない。別に男と同じ部屋に居ても恥ずかしいことは何もないでしょ」


「まあ、確かに」


「......ところであなた、姉の匂いがするけど、何をしていたの? かなり長時間近くにいないとこんなに強く匂いが残るはずないと思うんだけど」


 むくりとベッドの上で起き上がるとパジャマ姿の彼女は眠そうに目を擦りながらそう聞いてきた。シャーロットに教えてもらってはいたが、人狼族という種族は本当に鼻が良いらしい。


「別に? ただちょっと、世間話を」


「その世間話、どんな内容だったのか詳しく教えてくれる?」


「......守秘義務というものがあってですね」


「世間話に守備義務? 世間の話なんでしょう? そんなものある筈ないわよね。それとも何? 私に話したら殺すぞとでも脅された?」


「いいや......あくまでも暗黙の了解というか、大人と大人の紳士協定というか」


 と、俺はメアリーから目を逸らす。しかし、彼女はそうはさせまいとベッドから降り、顔がぶつかりそうなくらいまで近付いてきた。


「曲がりなりにも一晩を共にした私とあの女、どちらを取るの?」


「なんか卑猥だからその言い方やめて」


「......聞いたんでしょ。兄様のことと、私が姉を殺そうとしたこと。そんなに怯えた目をしてたら嫌でも分かる」


 彼女は全てを諦めたような表情で鼻を鳴らすと、ベッドに戻り、『取り敢えず、座れば?』と、マットレスを叩いた。俺は頷き、彼女の横に座る。


「人狼族って嗅覚だけじゃなく、勘も鋭いんですね」


「こんな何もない土地だし、争い事も絶えないから。勘が鈍いのは生き残れなかったんじゃない」


「ああ......」


 確かに殆ど日が当たらず、地面が雪に覆われたこの地における生存競争は激しそうだ。魔界にどんな作物があるのかは知らないが、こんな痩せた土地で育つ作物は少なそうだし。


「で、姉から何処まで聞いたの?」


「......シャーロット陛下が即位することになった一連の流れと、メアリー様がクーデター未遂をしたことくらいは」


「大方聞いてるのね。それで? 姉を殺そうとした私のこと、軽蔑した?」


 そう問うてくるメアリーが、つい先程のシャーロットと重なる。確かに二人は姉妹らしい。


「いやあ、俺、部外者なんで軽蔑とかは別に......。メアリー様が怖いのは今に始まったことじゃないですし。それより驚いたのはメアリー様にも可愛い少女時代があったことですね。大泣きした夜はシャーロット陛下に寝かしつけて貰ってたとか」


 この無愛想で鷲のような鋭い眼光を放っているメアリーにも純粋無垢な少女であった時代がある、ということはかなり衝撃的だった。同じように、ソフィアの幼少期も想像出来ない。


「そんなに私を怒らせたいのならお望み通り、その喉笛食いちぎってあげてもいいのだけど」


「ごめん」


「姉に何を吹き込まれたか分からないけれど、あまり真に受けない方が良いわよ。......何が兄様の後継者よ」


 ぶつぶつとシャーロットに対する呪いの言葉を呟き始めたメアリー。俺はそんな空気に耐えかねて、口を開いた。


「アーサー様、でしたっけ。メアリー様はお兄様が好きだったんですね」


「......ええ。大好きだった。開明的で、優しくて、芯を持った、まさしく英雄と呼ばれるに足る人物だったわ。ただ少し、英雄であり過ぎた。英雄として生きすぎたが故に、英雄として死んだ。あの戦場で死んだのが私だったならと、今でも考えているわ」


 その気持ちは恐らく、シャーロットも同じなのだろう。それなのに、何処かですれ違ってしまった姉妹。中々、見ていると辛いものがあった。


「シャーロット陛下も同じようなこと言ってたし、本当に立派な方だったんでしょうね。メアリー様が清貧を心掛けてるのはアーサー様の影響?」


「ええ。別に言われた訳じゃないけれど、兄様はいつも最低限の生活を心掛けていたから」


「そっか。......あ、そういや、教会のロバートって人知ってます?」


「知ってるけど」


「いつでも良いから教会へ来てくれって伝言頼まれたんですよね」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情は分かりやすく強張った。それと同時に彼女から発された殺気のようなものに俺は少し怯む。


「......無理」


「でも、ロバートって人、めちゃくちゃメアリー様のこと心配してましたよ」


「でしょうね。ロバートはお人好しだから。幼少期から私達の親代わりみたいな人だった。......だから無理。私はあの場所で姉を殺そうとしたのよ。どんな顔で彼に会いに行けば良いの」


「メアリー様って貴族と結託してクーデター起こそうとしたりやること思い切ってる割に、意外と繊細なんですね」


「やっぱりこの場で食い殺す」


「許して下さい」


 死の危険は何度も体験したことがあるが、流石に食い殺されて生涯を終える可能性が浮上したのは初めてだ。


「ふふっ。まあ、良いわ。聞きたいことは聞けたし。後は好きにしてくれていいわよ」


「好きにしろって言われても今日はもう寒すぎてフランを探す気にならないんでこの部屋で寛がせて貰いますけどね。......フラン見つかるかなあ」


 今頃、フランは俺のことを必死で探してくれているだ。空を飛べる彼女は俺の何倍もの効率で俺を探すことが出来る。それなのに、未だに会えていないというのはかなり絶望的な感じがした。


「数日経っても見つからなかったらどうする気?」


「そうなったらまあ、流石に一人でこの街を出ますよ。悪魔の都を目指している道中でフランとも会えるかもしれないし」


「少し寒いだけで、雪原の上で行き倒れていたような人間が? 昼間に外を少し歩いただけで、凍えそうになりながら帰ってきた人間が?」


 耳が痛い。


「......まあ、何とかなりますよ、きっと。もし良ければ防寒具を頂けると嬉しいけど。シャーロット陛下に頼んでみるか」


「そのくらい私にも調達出来る。後でメイドに採寸してもらって。作ってもらうから」


「いや、わざわざ作って貰わなくても......」


「尻尾用の穴が開いているやつで良いの?」


「あぁ......」

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