15 森へ
俺達の目の前には白い幹を持ち、青々とした黄緑色の葉を付けている木が途方も無い数存在している。見ているだけで凄まじい存在感に圧倒されるその森こそが暗鬱の森だった。
「行きましょう」
「......おう」
冒険者達は皆、白い木のエリアの魔物は弱いという。しかし、それは暗鬱の森の魔物にしては弱いと言うだけの話だ。実際にこのエリアに生息している魔物は雑魚でお馴染みのブルースライムや駆け出し冒険者の特訓相手であるコブリンなんかとは比べ物にならないだろう。
「気持ちいい所だな。空気は澄んでいて、木も生命力に溢れている」
「......そうですね。ですが、やはり魔物は生息しているようですよ」
ソフィアはそう言うと、小石を拾って草むらに投げつけた。俺がその行動の意図を計り兼ねていると、小石は何かに当たったらしく粘着質な音を周囲に響かせた。
恐らく、スライムの潰れた音だ。
「......ポイズンスライムか」
ソフィアの許可を貰って、草むらにいくと其処にはドロドロとした紫色の液体とその液体の上に乗っかっている紫色の球体があった。この球体はコアと呼ばれる物でスライムの心臓のような物だ。
スライムを倒すときはコアを潰すのが一番手っ取り早いのだが、ソフィアはコアを潰さずに倒してくれたらしい。
「上位種のスライムのコアは高値で売れると聞きましたので」
「いや、恐ろしいなお前」
雑魚のブルースライムでさえコアを潰さずに倒すのはかなり苦労する。粘体の体が機能しなくなるまで凄まじい力を加え続ける必要が有るからだ。そして、このポイズンスライムは体を猛毒の粘液で覆っておりブルースライムより遥かに攻撃力も耐久力も高い。剣でめった切りにするなら分かるが、石を当てるだけでそれをするというのは非常に技術と力が必要になる。
まず真似は出来ない。
「......恐ろしいですか?」
「いや、今のはただの誉め言葉。あまり真に受けないでくれ」
俺はそう言いながら、ポイズンスライムのコアを回収する。死んだポイズンスライムの毒素は数秒で気化するので素手で触っても安全だ。
「それにしてもおかしいな」
「何がですか?」
「ソフィアは蚊のように潰したけど、ポイズンスライムって本当はかなり強いスライムなんだよ。白い木のエリアに生息してるのは可笑しい気がする」
「魔物は完璧にエリア事に住み分けをしている訳ではないと、あの冒険者は仰っていました。他のエリアから迷いこんできたのでは?」
「......まあ、それしか無いよな」
俺は形容の出来ない不安を押し止めると、ソフィアとともに奥地を目指した。
☆
それから数十分後、俺達はそろそろ白い木のエリアを抜けて茶色の木のエリアに足を踏み入れようとしていた。......ぼろぼろの麻袋に約30粒のポイズンスライムのコアを入れて持ち歩きながら。
「やっぱり、可笑しくないか!?」
「はい。他にも一角猪や岩熊などのポイズンスライムに次ぐ強さの魔物が現れていましたし、何かが可笑しいです」
「やっぱり、森で異変が起こってるのかもな......。というかソフィア魔物の強さとか分かるのか?」
ソフィアは全ての魔物を一撃で倒していた。はたしてそれで魔物の強弱など分かるのだろうか。
「はい。冒険者稼業をしていくのであれば、魔物の知識は必須だと思い宿屋においてあった魔物図鑑を徹夜で暗記してきました」
「......体力とか大丈夫か?」
「はい。回復魔法を使いましたので」
「研究熱心な魔法使いは疲労を回復魔法で誤魔化して延々と机に向かうと言うが......回復魔法は精神的な疲れは取ってくれないんだからきちんと寝ろよ?」
俺は呆れたように首を振りながらそう言った。力に関しては殆どの冒険者に負ける俺だが、魔物や薬草の知識はそれなりに豊富だ。なので、ソフィアに知識面で無理をしてもらう必要は全くない。
「次からは善処します」
「善処って......まあ良い。後、ソフィアはどうやって図鑑読んでたんだ? 部屋は暗かったと思うんだが」
「暗視魔法を使って読んでいました」
「暗視魔法......効果は名前のままなんだろうな。また便利なモノを」
ソフィアのチート具合は本当に酷い。話の流れで揉み消されたが彼女は一晩で厚い図鑑を暗記する記憶力まで有しているのだ。やはり、ただの魔族ではないような気がする。
「契約者に掛けることも出来るので、洞窟探索などのときに役立たせて下さい」
「うん、了解。ありがと。もう何も言わない」
自分だけでなく他人にも使えるとか万能過ぎる。
「そういえば、魔界にも魔物っているのか?」
俺はこれ以上話をしていると、とうにゼロの自信がマイナスになりそうなので話題を変えた。そしてソフィアはその質問に小さく首を振る。
「そもそも魔界には魔物という言葉が存在しません。人間は『魔物』と『動物』を
どうやって分けているのですか?」
そんなソフィアの質問に俺は狼狽えた。
「......難しいな。こればかりは歴史的な話になるから。昔の人間の線引きに従って今の人間は魔物と動物を分類してるんだよ。まあ、総合的に見て殆どの魔物に当てはまるのは人間や動物、他の魔物を積極的に襲うってことだな。まあこっちから攻撃しない限り襲ってこない魔物とかもいるけど」
東の国は稲作が盛んで、稲を荒らす草食獣を狩ってくれる動物の狼と、同じく草食獣を狩ってくれる魔物の地獄狼が神として信仰されているらしい。仮にも神なのに名前に『地獄』と付くのはどうかと思うが。
「狂暴な動物、ということでしたら此方にも存在しますよ。バジリスクとかキマイラとか」
「例で出てくる魔物が天災レベルの奴なんだよなあ......」
バジリスクは巨大な蛇の魔物でキマイラは獅子の頭と山羊の体毒蛇の尻尾を持つ怪物のような魔物だ。そしてどちらも怪物のように強く、滅多にお目に掛かれないというか掛かりたくない魔物だ。
「契約者は何故、度々魔界のことをソフィアに聞くのですか? 一応、忠告しておきますが契約者が幾ら魔界の情報を国に渡しても褒美はもらえないどころか利用だけされて磔だと思いますよ?」
......ソフィアがあまりにも的外れな助言をしてくるので俺はつい吹き出してしまった。
「何か可笑しなことをソフィアは言いましたか?」
「うん言った。安心してくれ。俺が魔界のことをソフィアに聞くのは聞き出した情報を国に売るためじゃない。単なる好奇心だ」
「好奇心、ですか......契約者は随分と変わった考えをお持ちですよね。魔界のことに興味が有るなんて」
ソフィアは不思議そうな表情を浮かべている。
「要するに俺が変人だって言いたいのか?」
「そこまでは言っていませんが。大体、意味するところはあっています」
「オイ」
俺がそうツッコむとソフィアは何時にも増して真剣な表情で俺を見た。多少、目が鋭くなっているだけで何時も通り表情はあまりないのだが。
「......悪魔に生理的な嫌悪感を抱くのは信心深い者だけ、と契約者は仰っていました。ですが、悪魔であるソフィアを少しも恐れず、だからと言って、扱き使うでもない人間もまた少数でしょう。そんな常人ではない人間が契約者です。常人の反対は変人です。つまり、契約者は変人なのでは?」
「ぐっ」
鮮やかな理論で論破されてしまった。
「挙げ句の果てには嗜好品であるパンを買い与え、ベッドに寝かせ、自分よりも強いソフィアの身を心配するなど、可笑しな行動を契約者は取ります。ソフィアには貴方のことが分かりません」
ソフィアの声にはただただ、疑問の念が込められていた。本当に彼女からすれば俺の行動は理解し難いものなのだろう。
「だから、何度も言ってるだろ。お前は俺のパートナーで俺はお前のパートナーなんだ。ソフィアの考えるパートナーの関係っていうのは互いを利用し合う関係のことなのかもしれないが、少なくとも俺はソフィアのことを大切な仲間だと思っているんだ。相棒に情を持って接するのは当たり前だろ?」
魔界でどんな思想教育を施されたのかは知らないがいい加減『自分をもっと利用しろ』『契約だから』と自分のことを卑下にするソフィアの姿を俺は見たくなかった。
「.......えっと」
「別に価値観を押し付けようってんじゃない。俺だって感情論は嫌いだ。だから、ソフィアは俺を大切にしなくていい、利用するだけでいい。でも俺の考えも理解してくれ。俺はお前を仲間だと思っている。ただの契約相手だとは思っていない。情を持って接したいんだ」
突然、思いを叫ばれて困惑するソフィアに俺はただ、がむしゃらに自分の気持ちを伝えた。ソフィアは心なしか傷ついたような、困り果てたような表情を浮かべながら
「......ソフィアには『パートナー』というものがよく分かりません。ですが、契約者がソフィアを大切に扱ってくれていることだけは分かりました。ソフィアと契約者が初めて会ったとき、貴方と無性に契約を結びたくなったのはそのせいなのかもしれません。ソフィアに出来るかは分かりませんがソフィアも契約者に『情』を持ってこれからは接したいと思います」
と、頭のリボンを少し触りながら言った。何時もと変わらず、何を考えているか分からない殺風景な表情なのに何故だろうか。彼女が今にも消えてしまいそうに見えたのは。
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