148 雪国の教会
朝食を終えた俺は食後の運動も兼ねてフラン探しのため、街へと繰り出した。メアリーはもう一眠りするとかで一緒には来てくれなかった。どれだけ寝るんだ彼女は。とはいえ、何かしらの組織のスパイである疑惑が晴れ、自由行動を許されたことは嬉しい。特に信用に値するような行動や言動はしていない気がするのだが。
吹雪の街を凍えそうになりながら既に一時間ほど散策し、行く先々でフランについて聞き込みをしているが、彼女の目撃情報は一つもない。もし彼女がこの街の何処かに居るのだとしたら、あんなに派手な髪色で、あんなに物騒な斧を持ち歩いている彼女が注目されないはずがない。彼女はこの近辺にはいないのだろうか。街をぐるりと一周してきた俺は最後にパンを売っている露店の店主にアドバイスを聞いてみることにした。パン売りの露店は俺にとって特別な意味を持つ。何か道を示してくれるかもしれない。
「赤髪に青いメッシュの入った髪で、斧を持った不死族ぅ......? そんなの見ちゃいないよ。人探しなら教会にでも行ったらどうだい」
街と宮殿の間に大きな教会が立っていたのを覚えている。丁度、帰り道だし、其処に行ったら帰ろう。俺は寒さに震える身体に最後の一踏ん張りだと言い聞かせて教会へ向かった。
その教会は一目で宗教施設であることは分かるものの、あまり見たことのない形状をしていた。ドーム型の屋根の上で巨大な火がメラメラと燃えている。吹雪の影響を全く受けていないあたり、何かしらの魔法で火を守り、燃やし続けているのだろう。
「お邪魔しまー......す」
俺は恐る恐るその教会の中に入る。どんな神が祀られているのかも知らぬまま、教会に立ち入るというのはあまり褒められたことではないかもしれないが。
教会の中には思ったよりも普通の......というか俺の国の教会のイメージとあまり変わらない礼拝堂が広がっていた。非常に暖かく、チャーチチェアが並べられている。その真ん中あたりの席に見覚えのある黒髪と耳を見つけた。間違いなく人狼族の女王であり、メアリーの姉であるシャーロットである。彼女は教会の入り口付近に立っている俺に背を向ける形で、真っ赤な服に身を包んだ神父と思われる男と話をしていた。
暫くその様子をボーッと見ていたが、俺の存在に気が付いた神父がこちらに視線を飛ばしたので、シャーロットもそれに釣られて此方を見てきた。俺は苦笑いをして誤魔化そうとする。
「来て?」
シャーロットの声が教会に反響した。苦笑いで誤魔化してこの場を立ち去ろうと考えていたが、そう言われたなら仕方がない。俺は再度苦笑いを浮かべつつ、シャーロットの方へと歩いて行った。
「こんなところに何の用? 観光? それとも入信?」
「い、いえ、街で探し人がいるなら教会に行ってみろと言われたもので。フランチェスカを探してたんですが」
「ああ、そういうこと。貴方、知ってる?」
シャーロットは納得した様子でふんふんと頷くと、そのまま赤服の神父に尋ねた。
「あ、えっと、赤い髪で青いメッシュのある、俺より少し低いくらいの身長の不死族の女の子なんですけど」
俺はすかさずフランチェスカが如何なる魔族か補足説明を行った。しかし、神父の表情はあまり明るくない。
「いえ、残念ながらそのような方の情報は来ておりませんね。お役に立たず申し訳ありません」
「いえいえ、お取り込み中のところ申し訳ありませんでした。じゃあ、俺はこれで」
と、そのまま回れ右をして教会から出ていこうとすると、突如、シャーロットが俺の腕を掴んできた。
「もう少しゆっくりして行きなさい。妹の相手は疲れたでしょう? ほら座って」
「は、はぁ......では」
女王陛下にそう言われては拒む訳にもいかず、俺はシャーロットの左隣の席に座った。
「話を聞いてくれてありがとう。時間を取らせてごめんなさいね」
「いえ、これが神に仕えるものの仕事ですから。それでは、失礼します」
シャーロットに礼を言われた神父はそう言って頭を下げるとその場を去っていった。一体、二人は何の話をしていたのだろうか。
「気になるかしら?」
「......はい?」
「私が彼とどんな話をしていたか」
「陛下は読心術でもお使いなのですか」
俺は背中にじんわりと汗をかくのを感じながらシャーロットにそう聞く。その全てを見透かしたような目が怖い。
「表情を見ていれば何となく分かるものよ。私はただ、自分の罪について聞いて貰っていただけ」
「罪......」
シャーロットの罪、俺の持つ数少ない彼女に関する知識の中でそれに該当しそうなものが一つだけあった。
「その様子だと、妹から色々聞いたみたいね。何処まで聞いた? 先代の王のことは聞いたかしら」
「悪魔の侵攻に晒された人狼が......あー、えと、悪魔と取引をして少数民族の受け入れをしたみたいな話だけですね。先代の国王陛下については、色々と国の改革をしたみたいなお話は聞きましたが、メアリー様はあまり話したくないようで」
俺は精一杯、言葉を選びながらそう説明した。その様子をシャーロットは達観したような表情で微笑みながら、ええ、ええ、と相槌を打って聞いている。
「そう。よくあの子の口からそこまで話させたわね。やはり、悪魔族や不死族の最終兵器と関係を持つような人間には、心を閉ざした人狼族の娘一人を手懐けるのはお手のもの?」
「いや、メアリーからの好感度が上がるようなことは特に何もしていない筈なんですが」
「羨ましいわね。私なんて特に何もしなくても妹の好感度が下がっていく毎日よ。......いえ、過去に『何か』をしたからこうなっているのだけど」
優しそうで何処か遠いところを見ているような表情を保ったまま、シャーロットは小さな溜息を吐いた。メアリーとシャーロットの姉妹仲が決して良いものではないということは、俺も薄々気付いていた。お互い、相手のことを名前で呼ばず、頑なに『姉』とか『妹』と呼んでいるし、メアリーは分かりやすくシャーロットを嫌っている様子を見せていた。
しかし、だからと言って何があったのか、と聞く気にはなれない。どんな権利があればそれについて聞けるのか分からなかったし、何にせよ俺にはその権利がないことが分かっていたから。そのため、俺はシャーロットの言葉に何を返せば良いか分からず、暫しの間沈黙が流れた。この教会は暖かくて眠くなる。
「......妹がそこまで話したんだもの。私からも少し話をさせてもらって良いかしら」
「へ、はい!?」
突如、沈黙を破ったシャーロットの言葉に俺は思わず素っ頓狂な返事を返してしまった。
「別にそんな大した話じゃないから。聞いてくれるわよね?」
「......はい、勿論」
俺はそう答える以外の選択肢を持っていなかった。