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145 象徴


 何でもこの少数民族居住区の住人は団結して民族連合なる組織を作っているらしく、その組織を中心に助け合ったり、争い事の調停をしたりしているらしい。リエルはその民族連合の本部へと私を連れて行ってくれたのだがたまたま代表、副代表ともに不在らしく、暫く建物の中で待つことになった。本部、とは言っても建物自体は外装も内装もリエルが住んでいる所と同じ集合住宅のような場所である。ただ、民族連合の代表と副代表が住んでいるという理由だけで本部扱いされているのだろう。私達が待たされている一階の共用スペースでは見たこともないような珍しい種族の魔族達が食事をしたり、シャワーをどちらが先に浴びるかで言い争ったりしている。

 民族連合の代表と副代表の帰りを待っている間、リエルから色々とこの地域について聞いた。本来、この地域はこの辺り一帯を支配していた人狼族の領土だったらしい。しかし、悪魔族の侵攻に晒された人狼族は悪魔の支配下に入ることになり、数多の少数民族を受け入れ、支配することになったとか。悪魔、人狼、少数民族という順番で支配のピラミッド構造が存在する訳だ。分割統治、如何にも奴らが好みそうな統治方法である。不死族の皆は今、どうなっているだろうか。魔界に戻ってきてからというもの、収まり始めていた悪魔への憎悪が再び私の心の中で吹き出し始めているのを感じる。幾らオルムを救うためとはいえ、こんなことをするような奴らに再び身を委ねたアイツも許せない。もしかしたら、次に彼女に会うとき、私は彼女を殺そうとするかもしれない。


「ちょいちょい? フラさん、そんな怖い顔しないの。ほーら、ニッコリ?」


 どうやら悪魔やアイツへの憎しみが顔に出てしまっていたらしい。両親と引き離され、こんな過酷な環境に置かれているというのに人のことを笑わせようとする彼女は確かに他人への慈悲に溢れた魔族、という私の天使像と一部合致するところがあった。


「あ、ご、ごめん。食事ってどうしてるの?」


「配給があるんだよ。人狼族の方から。一応、同情はしてくれてんのかなー? 意外とお腹いっぱい食べれてるよ。あんま美味しくはないけど。そもそも、この地域って食べ物少ないんだろうねえ。故郷の果樹園が懐かしいなあ。あでもね、なんか凄い美味しいジャムがあるんだよ。たまに配給のサンドイッチに挟まれて出てくる」


「へぇー」


「自分から聞いた癖に興味なさそうだなあ......。因みに週休一日で朝の8時から夜の18時くらいまで魔道具の部品作ったり木の伐採やらされたり色々してる。そして今日はその週に一度の休みの日」


 ジトー、と恨めしそうな表情でリエルは私のことを見つめてくる。私のせいで折角の休日が台無しだ、ということなのだろう。


「ご、ごめんって。一応弁償はしたじゃない屋根修理して、余ったお金で休みとか買えないの?」


「あぁ......それありだな。フラさんそれ採用」


「そ」


 それから更に一時間後くらいだっただろうか。リエルと他愛無い雑談をしていると、何やら言い争いをしている二人の魔族が本部へやってきた。金髪と銀髪の鬼人族、リエルから聞いていた民族連合の代表ユードとその弟ルイの特徴と一致している。


「だから奴らに話し合う気などないと言っているだろう。何の断りもなくあんなところに恥を晒しに行くなんて、此処に居る魔族全員を裏切る行為だぞ」


「兄さんは何も分かってない。シャーロットは確かに冷血だが、だからこそ此方を懐柔するためのカードは幾つも用意している筈なんだ」


「仮にそうだったとして交渉の席に立つということはそれ即ち、待遇は別として、人狼族達に支配されているこの状況を我々が認めることになるんだぞ。絶対にそんなことしてはならない!」


「そんなこと言ってたって何も変わらないじゃないか! 皆の暮らしが少しでも楽になったほうが良いだろう!?」


 などと言い争っている鬼人族の兄弟に対して、リエルは恐る恐る声をかけた。


「あんのお......お取り込み中すいません。ちょっと、ご相談したいことが」


「あ、ああ。すまない。何だい?」


 鬼人の兄の方、ユードが先程とは別人のように好青年のような笑顔をニコリと作りながらリエルに対応した。


「えとー、その、フラさんごめん。自分で説明してくれる?」


「あ、うん。えっと......」


 一体何処から話すべきだろうかと私が思案していると、突如、ユードとルイの表情が強張った。只事ではないことが起きたのではと私は直ぐ様周囲を見渡した。特に何も起きていない。


「ふ、ふ、フランチェスカ......様!?」


 そう叫んだのは銀髪の方、ルイであった。ああそういうことか。私は心の中で溜息を吐いた。


「面識あったっけ」


「いえ......ただ、かつての悪魔族による不死族領への攻撃の際、私と兄もフランチェスカ様の指揮下の軍に義勇兵として参加しておりました故......」


「あー」


 私は苦笑しながら何度か頷く。確かに不死族側の軍には不死族と同じ土地で共存していた少数民族や、悪魔領から逃げてきた少数民族達からなる義勇兵団が存在していた。私も何度か彼らの士気を高めるための演説をさせられたものだ。


「え、なになに!? どういうこと!? フラさんって、フランチェスカさんだったの!?」


「ん、リエルごめん。隠し通せるかなあと思ったけど無理だったわ。私の本名、フラ・パングマンじゃなくてフランチェスカ・アインホルンって言うの。この前、悪魔族と戦って敗北し、行方を眩ませてた不死族の姫」


 イマイチ、状況を理解出来ていない様子のリエルに私はそう説明した。まさか、こんなにもあっさりとバレるとは。まあ、咄嗟に名乗った偽名、オルムに悪い気がしてたし良かったか。


「ええー。あの、魔界各地でフランチェスカを名乗る魔族が続出していてフランチェスカ何人おんねんみたいにネタにされてたあの不死族の姫フランチェスカ!?」


 想像通りではあるが、非常に反応が良い。


「いや、知らないけど。私の居ないところでそんなことになってたの」


「うん......間違いない。確かにフランチェスカ様だ。よし、取り敢えず私の部屋にどうぞ。ああ、君もね」


 ユードはそう言うと私とリエルを彼の部屋へと案内してくれた。内装や部屋の広さはリエルの部屋と全く同じ。そんな部屋に四人は少し窮屈だった。


「アンタ達、兄弟なのに別々の部屋に住んでるのね」


「ええ。この広さの部屋しかこの居住区にはないもので。子連れの魔族以外は一人一部屋が基本です。弟の部屋は右隣にあります。......それで本題に入らせて頂きますが、フランチェスカ様は何故こんな所へ?」


「......一応聞いておきたいんだけど、この部屋って悪魔に盗聴されてたりしないわよね」


「さあ。分かりませんが、何しろ民族連合の代表たる私の部屋ですから。されているかもしれませんね」


「げ。ま、いいか......。端的に言うと、私、人間界に亡命してたんだけど、人間達の支援を受けて帰ってきたのよ。で、その際に人間界から転移魔法で帰ってきたせいでたまたま此処の上空に転移しちゃったワケ。この天使族のリエルの屋根を落下時に破壊しながらね」


 リエルは気の抜けたようなボーッとした表情のままユードとルイに向かって敬礼をした。


「天使族のリエルでーす。フラさんに屋根ぶっ壊されました。あ、でもそこの補償はして貰ったんでもう大丈夫です」


「な、成る程......ではこれからフランチェスカ様は不死族の土地を目指されるので?」


「いやあ、ま、そんな感じのつまりだったんだけどー。一緒に転移してきた筈のオルム、って名前の人間が行方不明なのよねー。知らない?」


「いえ、人間がこの土地で発見されれば必ず私の元へ報告が来る筈ですが特にそのような報告は受けておりません」


 これは本格的に彼の死の可能性が浮かび上がってきた。転移魔法のミスでオルムだけまだクリストピアの城にいるとか、そういうことはないだろうか。ああ、私だけ人間界との通信手段がないのも悔やまれる。


「マジかあ......」


「その人間、それほど大切なのですか? まさか勇者とか?」


「ん、いや違う違う。普通の一般人なんだけど。......一般人ではないか。兎に角、私にとっては彼抜きで行動を始めることは出来ないくらい重要な人間なの」


「えへぇ、それってフラさんの恋人?」


「違う」


「んなこと言っちゃってえ。髪が赤いぞー」


「元からだわ」


 オルムのことは嫌いではない、というか彼の人間性自体はかなり好きだが、別に恋愛的な感情を向ける気にもならないし、そもそも彼はアイツと完全にデキているので手を出す気にならない。


「それではフランチェスカ様、ここの住民を動員することは中々難しいですが、手の空いている者にその人間を探させることに致します。勿論、私達兄弟も。その間、フランチェスカ様は私の部屋にお泊まりください」


「兄さん、流石にフランチェスカ様をこんな環境で男と生活させるのは......」


「確かに。しかし、それ以外に方法は......」


「い、いやいやいやいや、良いのよ! 気を遣わなくて! 此処の魔族達だって必死に働いてるんだから! オルムを探して貰えて、泊めてもらえるというだけで感謝してもしきれないくらいだわ!」


「そうですか。ありがとうございます。フランチェスカ様、先程、話にも上がりました通り、貴方様の存在はその名を僭称する者が現れる程に、悪魔族への抵抗の象徴として悪魔に支配された魔族の中で神格化されているのです。いやはや、生きておられて良かった......」


 ユードは感極まった様子でその場に崩れ落ち、泣き出してしまった。やめて欲しい。そんな私は大した魔族じゃない。こんなにも苦しい思いをしている魔族が居るというのに、私は人間界に逃れ、アイツを殺すことすらせずにただダラダラと生きながらえていたのだから。


「あ、う、うん。......ごめんなさいね」


 気付けば私は彼らに小さな声で謝っていた。小さ過ぎて聞こえなかったようだが。


「あ、でも流石にさあ、不死族のお姫様を変な鬼人族の男と寝かせるってのもアレじゃん? フラさん、ウチに泊まりなよ。ほれ、ユードさん、これあげるから今からうちの屋根なおして」


 と言いながらリエルは先程、私が彼女に渡したエメラルドをユードは渡した。


「これは......?」


「フラさんから屋根の修理代として貰ったエメラルド。結構良い値段になるんだってさ。お釣りは良い感じに此処の皆に使ってあげて」


 先程話していたエメラルドを売った金で休みを買う、という話は何処に行ったのか。リエルはそんなことを言い出した。


「リエル?」


「ん、ああ、ごめん。いや私一人のお休みより皆の幸せかなーって。ほら、最大多数の最大幸福」


「わ、分かった。取り敢えず君の家の屋根を修理しに行こうか」


 ということで何とか私は今日の寝床を確保することが出来た。オルムは大丈夫だろうか。

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