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144 墜落地点


「いった......何をどう間違えたら頭から地面に激突する形で転移するのよ。ホント、使えない魔法ね」


 と、独り言を言いながら頭を撫でる。今しがたぼやいたように、私は魔界に転移する際、何故か上空に転移してしまい、頭から地面に激突してしまったのだ。私が不死族で良かった。普通の人間なら死んでいた筈。


「......普通の人間? オルム!? 大丈夫!?」


 慌てて自分と一緒に転移してきた筈の人間の青年を探す。もし、私と同様に彼が上空に転移し、地面に激突したのならきっと......いや、ソフィアが作ったとかいうペンダントが守ってくれるのかしら。そんなことを考えながら辺りを見回すが、彼の姿は何処にも見当たらない。代わりに分かったのは私が落下したこの場所がただの地面ではなく、誰かの家の床であるということ。見上げると家の屋根に大きな穴が空いている。私が落ちてきた時に作った穴だろう。


「厄介なことになったわね......」


 広大な魔界の面積に対する建造物の面積の割合など数%も無い筈。まさか、誰かの家に転移するとは。しかも、屋根壊しちゃってるし。


「あの、厄介なことになったのはコッチ、っていうツッコミは入れて良い感じのやつかなー? これ」


「うわぁっ!? 誰!?」


 反射的に声が聞こえてきた方向に対し斧を向け、臨戦体制を取ってしまった。短い桃色の髪の上に、金色の輪を浮遊させた見たことのない種族の魔族だ。その背中にはハーピィ族のものによく似た白い翼が生えている。身長は私と同じくらいか、それより低い。少し童顔で、少女に見えるが、可愛らしい顔の少年にも見える。


「ちょちょちょ、何それ斧!? 良いか、落ち着けー? なー? 怖くない怖くない」


 彼女、または彼は......取り敢えず彼女、ということにしておこう。彼女は私が向けた斧に怯える素振りを見せる。が、その緊張感に欠けるやる気のなさそうな声のせいで本当に怯えているのか、そうでないのか分からない。どちらにせよ、敵意はなさそうなので私は斧を下げた。


「ごめんなさい、謝るわ。ちょっと気が動転してたの。此処は貴方の家?」


「ん、いや、私の家ってか皆の家の私の部屋ー? みたいな?」


「シェアハウス? それとも寮か何か?」


 確かにこの部屋はあまり広くない、というか狭い。4畳くらいだろうか。その狭い部屋の中にベッドと小さなテーブル、そして椅子が置かれている。寝るためだけの最低限の部屋、という印象を受ける。言い方は悪いが独房の様だ。


「まー、そんな感じ? 色んな行き場のない魔族(ひと)が此処に押し込められてんの。で、君はナニモノ? ナニユエ、私の部屋の屋根は日当たりよくならなくちゃならなかったのかね。この家、ストーブも暖炉もないから寒いんだけど」


 恨めしそうな表情で彼女は私を睨み付けながらそう聞いてきた。確かにこの部屋、異様に寒い。どうやら、魔界の北部に転移してしまったらしい。


「わ、私はフラ......」


 フランチェスカ・アインホルン、そう自己紹介をしようとして思わず自分の口を手で塞いだ。悪魔に命を狙われ、行方不明となっている不死族の姫がこんなところに居ると知られれば確実に悪魔から刺客が送りつけられることになる。彼女は悪魔族ではないようだが、わざわざ危険を冒すことは出来ない。


「フラ? フラさんって言うの?」


「う、うん......フ、フラ・パングマンよ」


 ごめんオルム。咄嗟に出てきた苗字が貴方のだった。


「ふーん。私、リエル。姓はないよ。んで、何で空から落ちてきたの」


 しまった。姓はないと言えば良かったか。この偽名だとオルムと合流した時にややこしいことになりそう。というか、彼は一体、何処にいるのかしら。


「......人間界からの長距離転移魔法にちょっと失敗したから」


「えこわ。おねーさん、ただものじゃないオーラは感じてたけどそんな大魔法使いだったワケ?」


「魔法使ってくれたのは別の魔法使いだし、魔力の調達先はまた別だけどね。ごめん。屋根代弁償するわね。これとかどう?」


 私は斧の装飾として柄の窪みにはめ込んでいたエメラルドを外し、それを彼女に手渡した。


「えこわ。何々、これ? 宝石? 今すっごい力ずくで取り外してなかった? 取っちゃって良い奴なのそれ」


「ただの飾りだし大丈夫。それはエメラルドよ。多分、爺がくれた奴だからかなり良い奴。売ったら結構なお金になるんじゃないかしら」


「えこわ......弁償してくれるのはありがたいけど。屋根の工事代払ってもお釣り来そうで逆に何か怖いな。そして、お爺さん可哀想過ぎない?」 


 三連続で『えこわ』をリエルに言わせてしまっている。


「こうやって私の役に立ったんだからアレも本望でしょう」


「え何、爺って祖父の方じゃなくて召使の方?」


「そうよ」


「ひえええ......そんなお嬢様がこんな所に落ちてくるとはね」


「あーそれそれ、此処、何処なの? 私の目的地は悪魔の都なんだけど」


 先程まで気怠そうで達観したような表情を保ち続けていたリエルの顔が、僅かに強張った。


「地理的にはフラさんの行きたがってる悪魔の都の遥か北に位置する場所だねー。もうちょい、政治的な文脈で言うと少数民族の強制移住地区? 的なところ。悪魔に侵略されて土地を奪われた民族のうち、纏まって抵抗の出来ないような少数民族が皆、このさっむい所に移住させられたんだー。ね、気付いた? 私が天使族ってこと」


 事情を知らない私を傷付けないように、ということなのだろう。リエルは痛々しいほどにあっけらかんとした口調でそう言い、自らの頭上でくるくると空いているリングを指差した。


「天使族......あー、昔、勉強させられたかも。遥か昔に大結界の一部から完全に魔物を追い出して、優れた魔法技術で大結界の過酷な自然環境を支配してた化け物種族だっけ。第一次人魔大戦のときに人間側に味方したことが原因で魔族側に族滅状態に追い込まれたのよね」


 民族意識による連帯意識などという概念が殆ど存在しなかった時代において、選民思想から来る同族意識と徹底した法の下、強固な共同体を作っていた変な種族だったとか何とか。大結界の中に共同体を作っていたため、人間との交流が多く、人間達を救ってやるべき野蛮な種族だと看做した上で、多くの魔法技術を人間に伝えたらしい。

 かつて、宮殿の講師に天使のことを教えられたとき、天使とは随分と傲慢で面倒臭そうな種族だと思った。しかし、目の前にいるリエルはそういうイメージとは真逆でだ。流石に数千年前、栄華を誇っていたときの天使族と今の天使族の特徴は違うのだろうか。


「おー、さっすが良いとこのお嬢さん。教養あるねー。私もさー? ここよりもう少し暮らしやすい気候の小さな天使族の村で暮らしてたんだけどさー? ほら、今の悪魔族って東西南北、あっちゃこっちゃ侵略してるじゃん。私も巻き込まれちって。両親も何処にいるか分かんなくてさー? 苦労してるのよ私もー。ここの人達も皆、似たような境遇だからお互い助け合ってはいるけど、全員、心に余裕なくてねー」


 テヘ、と舌を出してあくまで明るく振る舞おうとするリエルの語ったことは私にとって全く他人事ではなかった。悪魔族の侵攻を受けた不死族達は今、どうなっているのだろうか。早く......向かいたい。


「ごめんなさい。悪いことを聞いたわ」


「良いの良いの。フラさんは不死族でしょ? キミも大変じゃんねー」


「バレてたんだ」


「んま、これでもレア種族の天使族ですからね。その辺の勘は人より鋭いよ。此処には鬼人族だの、ダークエルフ族だの、レア種族はいっぱいいるからその価値結構薄れてんだけど......。にっしても、駄目だな。流石に寒い。フラさん、此処のお偉いさんのところに連れてってあげるよ。泊まるところも何もないでしょ?」


 リエルはそう言うと、『さっむ』と言いながら自分の身体を背中の羽で包んだ。羽毛布団みたいな感じだろうか。暖かそう。


「あ、ありがとう。助かるわ。......私も寒いからその羽の中入っていい?」


「狭いから却下で」


「そっか」

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