140 メアリー・ネヴィル
結局、俺は彼女に背負ってもらい、近くの集落へ運ばれることになった。ドレス姿の女性に背負ってもらう男、中々に凄い絵面な気はするが少女にお姫様抱っこをされて空を飛んでいたこともあるのだからこれはまだマシだと自分を納得させる。
「俺はオルム・パングマン。さっきも言った通り、人間。アンタは?」
「メアリー・ネヴィル。人狼」
ボソボソとした低い声で彼女はそう言った。犬のように見えた耳や尻尾は狼のものだったか。
「人狼か。『人』って言葉が入ってるくらいだし、何と無く親近感があるな」
「そう」
「やっぱり、満月の夜に狼になったりするのか?」
「いいえ。耳と尻尾があるだけ」
「へー。あ、ところでメアリー、ここって魔界だとどの辺り? 悪魔領ではある?」
「......いい加減にして。私、あなたと話す気はないから。というかどうして、初対面で名前を呼び捨てにされないといけないの」
と、少々、怒り気味で言うメアリー。無口で無愛想なところが、誰かに少しだけ似ている気がした。
「申し訳ありませんメアリー様」
「・・・・」
「最後に一つ聞いていいですかメアリー様」
「何」
「私はこの後、どのような扱いを受けることになるのでしょうか」
「街に連れ帰った後、事情を聞いて、怪しかったら処刑」
「あ、あはっ......ああそういう?」
凍え死にそうなところを助けて貰って安堵していたが、どうやら未だに俺はかなりの危機的状況にあるらしい。
「そうならないように発言には気をつけて、ね」
「頑張ります」
⭐︎
メアリーに背負われて十数分、思ったよりも直ぐに集落と思しき煉瓦造りの建物群が見えてきた。真っ暗な夜の雪原を太陽のように照らしているそれは、何とも美しい。
「あれが人狼族の街。生きてる?」
「......何とか」
俺はギュッとメアリーにしがみつきながら答える。破廉恥だの何だのと言っている場合ではない。彼女から熱を少しでも貰わないと凍死しそうなのだ。
「残念ね。仕方ない。取り敢えず今日は私の家に泊まって」
処刑の可能性は残っているものの、どうにか今日の命は助かったらしい。
街に入ると思ったよりもその集落は大きく、賑わっていることが分かった。酒屋のような店は勿論のこと、普通に野菜や魚など食材の露店が出ていて、親子と思われるような人狼たちが買い物をしている。
「なあ、何でこんな夜中に皆、活動しているんだ」
「今、18時くらいだけど」
「え、嘘だろ!? こんなに暗いのに!?」
「この地方は日の入りが早いの」
「マジか。じゃあ、此処、魔界でも相当北の方なんじゃないか?」
「ある程度の規模の集落が存在する地域に限定するなら、悪魔領の最北といっても差し支えないくらいには北ね」
確か、悪魔族の都であり、ソフィアが居ると思われる都市は魔界の中部か、それより少し北部に位置していた筈。どうやら、かなり目的地から離れた所に飛ばされたらしい。まあ、その可能性については事前に聞かされていたので驚きはしないが。
というか、折角、フェルモが複製してくれたんだからあの地図、一枚くらい貰ってこれば良かったな。
「そうかぁ。......ところでメアリー様? なんか民家が集中してる通り過ぎたけど?」
今、メアリーと俺が進んでいる進行方向には巨大な煉瓦造りの宮殿のようなものしか見えない。きっと、人狼族の王か何かの住まいなのだろう。
「私の家、あれだから」
そう言ってメアリーは目の前の宮殿を指差した。俺がその意味を理解するのには少しだけ時間が必要だった。
「......もしかして、メアリー様ってガチで『メアリー様』だった?」
「妹。現女王、シャーロット・ネヴィルの。一応爵位もあるけど、儀礼的なものだから普段は殿下と呼ばれてる」
本来ならその発言で空気が凍るところなのだろうが、残念ながら俺以外にこの驚きを共有出来る人物が此処には居ない。後、元から空気は凍っているんじゃないかと思うくらいに冷たい。
「またかぁ......」
「またって何」
「いや、何か俺の人生、そういうのばかりだと思って」
言わずもがなのソフィア、不死族の姫であるフラン、人狼族の王妹であるメアリー、魔族の知り合いというだけでもレアなのにどつして、それに加えて珍しい肩書を持っている魔族の知り合いばかりが増えていくのか。
「そう......」
「俺もメアリー殿下って呼んだ方が良いですか」
「好きにして。さっきはああ言ったけれど、別に呼び捨てでもいい。不敬罪で処刑されても知らないけれど」
「メアリー様って呼ぼ......」