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137 地図


 それからどれだけの時間が経っただろうか。ソフィアを見失ってしまったらしいフランとエディアが戻ってきた。


「......ごめん、無理だった」


「流石だね、ソフィア君。単純な速度でなら追いつけたかもしれないけど、目眩しを始めとする魔法を連発されたせいで思うように追えなかった。クロード閣下は?」


「城の窓が急に吹っ飛ばされたことで城内が騒ぎになってな。火消しに行ってる。......にしてもガキンチョ、マジでやりやがったな」


「ソフィアさんという切り札を回収した以上、魔族が人間界に侵攻してくるまでそれほど猶予はないかもしれません。幸い、この場には八つ首が揃っている。どうにか彼らへの対抗策を考えなければいけませんね。......オルムさん、彼女から魔界について何か聞いていませんか。例えば、悪魔や吸血鬼の領土の範囲、軍事拠点の場所など」


 フェルモの質問に対し、俺はゆっくりとかぶりを振る。


「悪い。何も聞いてない。フランなら分かるんじゃないか」


 と、俺はやっとマトモに動いてきた頭で返答する。

 唐突に告げられたソフィアとの契約解除。そして、彼女の魔界への帰還。その事実を受け止めきれず、一時、呆然としていた俺だが、やっと冷静になってきた。いや、冷静とは少し違うかもしれない。ただ、現実感が消失して妙に客観的になってしまっている。


「魔界の地図なら爺が持ってた筈だけど。ある?」


「い、家にならあるのですが」


 と、ルドルフが申し訳なさそうに頭を下げる。人間界で魔界の地図が必要になるなんて誰も考えていなかっただろうし、無理もない。


「じゃ、何となくで良いから教えてあげなさいよ」


「しかし、そもそも、人間に魔界の情報を教えるなど魔族として......」


「不死族の敵は人間ではなく、悪魔ではないのですか? 少なくとも、私はそのようにお聞きしておりますが」


「......まあ、良かろう。おい娘、紙とペンを用意しろ」


 クララの言葉に渋々、納得したらしいルドルフはクララに向かってそう要求した。


「ム、ムスメ......。あはっ、あはは......えーと、はい。ちょっと探してきますね」


 クララは身体をプルプルと震わせながら、立ち上がり、要求された紙とペンを探しに部屋の外へ出て行った。


「あれであの子も中々繊細なんだ。言葉は選んであげてくれるかな、不死族の姫の付き人さん?」


「ふん。ワシからすればお前ら皆、赤子のようなもんじゃ」


「俺ですら、議長のことを『ガキンチョ』扱いはしてなかったっていうのに、爺さんアンタやっぱすげえな」


 サイズが謎の感心をする中、クララが直ぐに部屋へ戻ってきた。


「横の部屋にいっぱいありました。どうぞ、好きに使って下さい。経験豊かなルドルフ様?」


 そう言って、クララは大量の紙と何やら高そうな装飾の施されているペンを机に置いた。可哀想に。ただでさえ、睡眠不足なのにソフィアの件があったせいでストレスが今にも爆発しそうで、イライラしているのだろう。明らかに語気が強かった。


「娘よ、貴様、一度休んだ方が良い。そのままだと倒れるぞ」


「......ますよ」


「ん?」


「分かってますよ! そんなこと! でも、国家の一大事のときに寝ている暇なんてないんです! 早く魔界の地図を描いて下さい! それを見たら仮眠取りますから! 後、出来ればクララと! そうお呼び下さいませ!? ああもう、こんな状態だとますます、議会を解散させられないじゃないですかー! ああ、兄様退位させる時期ミスったー! 嫌ですよ私、これだけ国のために働いてるのにクーデタで実の兄から権力を簒奪した権威主義独裁者とか言われるの! 仮眠を取ると毎回、そういう悪夢見るんですよ! もう、デレックスなんで殺されちゃったのよ!? 帰ってきて仕事してよー! あ......」


 そして、爆発した。彼女は叫ぶだけ叫ぶと、突如、立ち眩みを起こしたようにフラつき、そのままバタリと倒れた。彼女の頭部が床にぶつかる瞬間、ギリギリのところでアデルが彼女の身体を支えたが。


「誰かクロードを呼んできてくれ。寝室で寝かせてやろう」


 アデルの言葉にその時だけは皆が頷いた。


「あ、いや......ちょっと頭が......クラっとー、あー......クラ、クララ、しただけで大丈夫ですから......」


 と、クララはボソボソと呟いていたが、アンネリーに呼ばれて部屋にすっ飛んできたクロードを含めてその言葉を聞き入れる者は居なかった。


⭐︎


 クロードによりクララは寝室へと運ばれ、その後、やっとルドルフによる魔界の地図の製作が始まった。騒ぎへの対処は一段落ついたらしく、クロードもクララの代理として同席している。


「ワシも地図を丸暗記している訳ではないからな。境界線はかなりあやふやだが、まず、此処が大結界で、こっちが魔界だ。魔界の中央には不死族の土地がある。これくらいの大きさだろうか」


 ルドルフは人間界と魔界の間を東西に走る巨大な山脈、『大結界』を表す線を紙の真ん中に引くと、その北側、つまり、魔界側の中心に大きめの円を書いた。その円の南端は大結界にも面しており、かなり不死族が大勢力なことが分かる。


「なあ、爺さん、自分が不死族だからって不死族の領土、デカめに書いたりしてねえよな?」


「なっ、馬鹿を言うな! 不死族は悪魔、吸血鬼に並ぶ三大魔族なんじゃぞ!」


「でも、今は悪魔族の占領下にあるんだよな?」


「......左様。この不死族の土地の西北に巨大な勢力を持つのが悪魔族、そして、真反対の東南に勢力を持つのが吸血鬼族でな。現在、不死族の土地はこの二種族に分割されておる。といっても、不死族と主に戦ったのは悪魔族ゆえ、七割程を悪魔族が占領しているがな」


 と、言いながらルドルフは不死族のエリアを表す丸の西北と東南にそれぞれ悪魔族と吸血鬼族のエリアを表す丸を書き入れた。両者の勢力も不死族のそれに引けを取らないくらいに巨大である。

 それにしても地図にして見ると、不死族の位置、かなり悲惨だ。悪魔と吸血鬼の勢力圏の中間に位置しているせいで挟み撃ちのような形になっている。


「此処が奴らの首都であり、経済と政治の最重要地点じゃ。本来、奴らの勢力は此処を中心とした僅かな土地だけだったのじゃが、奴らは他部族の土地を次々と征服していってな。ここまでの大勢力になった訳じゃ」


 悪魔族の土地を表す円の、丁度真ん中辺りに小さな二重の丸を書き込みながらルドルフは言った。


「ふむ、それほどまでに多くの他部族を支配下に置いているとなると、その統治は大変そうですが」


 と、クロードが口を挟む。


「長い年月をかけて悪魔に近縁な魔族は同化させ、そうでない魔族は分割統治を駆使して上手いこと治めておる。それでも反乱は度々、起きているみたいじゃが」


「成る程。大体、分かりました。それで、悪魔と吸血鬼以外に知っておくべき勢力は?」


「独立した勢力なら大結界から魔界方面に伸びた山脈、位置で言うと悪魔族の南辺りか。この辺りにエルフ族と粘人族(スライムヒューマン)が暮らしているが、まあその程度じゃな。地形が地形なので悪魔の連中も攻める気にはならんようじゃ。それ以外の種族は無視できるほどに勢力が小さいか、悪魔、吸血鬼に従属しておる」


「エルフか......。そうか、向こうにも居るのだったな」


 アデルが何処か感慨深そうに呟く。


「その地図とペン、少し貸して頂いても宜しいですか」


「構わんが」


 フェルモの頼みにルドルフは素直に応じる。フェルモは更にクララから何も書かれていない真っ白な紙を何枚か受けとると、ペンを持ち、地図を睨みつけながらそれらの白紙にペンの先を当てた。すると、一瞬にしてルドルフが書いたものと寸分違わない地図がその紙に描かれていく。彼は同じことを他の白紙にもして、その地図を量産した。


「一応、何枚かあった方が便利かと思いまして」


「すげえな、伍の勇者。こんなこと出来んのか」


「いえいえ、印刷技術の発展した現代においては何に役立つのかよく分からない能力ですよ」


「フェルモさん、それってどれだけ大きな地図や絵でも写せるんですか」


 クロードが興味深そうにフェルモへ尋ねた。


「ええ。インクは必要ですが」


「ほお。何かに使えそうですね......街中に貼る巨大広告のコピーとかに」


 この人は八つ首勇者の力をなんだと思っているんだろう。


「まま、取り敢えず、フェルモ殿、ありがとうございます。この地図は一枚頂いておきますね。話を戻しますが、悪魔と吸血鬼の同盟によって不死族が倒され今、魔界は再び、統一された状態にあるのですよね? ......ボク思ったんですけど、これヤバくないですか」


「ヤバいのよ。それにアイツも結局、魔族側に付いた訳だしね。ねえ爺、これってさっさと先制攻撃とかした方が良いんじゃないの?」


「やめておいた方が賢明じゃろう。大結界を超えて攻撃を行うなんて正気の沙汰じゃない。これだけ地図を書いておいた後で悪いが、貴様ら人間に出来ることは防衛戦のみだと思うぞ。というかそもそも、この分裂状態の人間界の国々が纏まって共同戦線など組めるのか?」


 ルドルフがそう尋ねると、クロードは大きくかぶりを振った。


「友邦と言えば、西のユクヴェルと東の三勇帝国......いえ、旧三勇帝国がありますが、両国ともに魔族との全面戦争への備えなど全くないでしょうし、我が国にもそんなものはありません。一応、慣習的に多国籍の軍隊が大結界へ通じる山道に駐留しておりますが、アレらも実戦能力はないでしょうね」


「やはり、戦力として期待出来るのは八つ首を始めとする精鋭になるのでしょうか。私は実戦では役に立ちませんが一応計上すれば、此方には八つ首が四人、それに加えてエディアさんとフランさんがいる。それで何処まで戦えるかは分かりませんが......」


「なあ、八つ首四人......って、俺も戦う前提?」


「当たり前でしょ。アンタ、人類が滅んでも言い訳?」


「チッ。まあ、そうだよなあ......」


 すっかり、話題がソフィアが魔界へ帰還してしまったことから、人類が魔族からの侵攻に如何に対処するか、ということに変化してしまった。後者の話が始まったきっかけは前者の話だし、魔族からの防衛の必要性は百も承知なのだが、それでも、やはり、俺はソフィアのことで頭がいっぱいだった。


「なあ、大結界を越えずに魔界に行く方法って無いのか」


 俺は不意にそんなことを考え、そのまま口に出した。


「無いと言えば嘘になるけど、まあ無いわよ」


「何だその含みを持たせた言い方」


「長距離の瞬間移動を可能にする魔法があるにはあるんだけどね。大量の魔力を必要とする上に、死ぬほど複雑な術式を必要とするからまず実用化するのは無理よ。それに細かい座標指定なんかも出来ないから、狙った位置から何百キロも離れた位置に移動しちゃったりするし」


「......大量の魔力と複雑な術式」


 俺はふと、自分の胸の辺りにぶら下がっているペンダントに目をやった。ソフィアが身体を壊すくらい大量の魔力を込めてくれた、一級の品だ。それに加えて複雑な魔法を簡単に操れるようにしてくれる補助機能まで付いている。魔法の才能がてんでない俺はこのペンダントを使っても尚、魔法を打つのが苦手だが、普段から魔法を使っている者なら違うかもしれない。


「フラン、もし死ぬ程大量の魔力と、魔法の術式を簡略化してくれる魔道具があったらその魔法、打てるか?」


「え? ああ......いや、私の専門は魔法とは少し違うから、というか、そんなこと聞いてどうすんのよ?」


「僕ならその魔法、打てると思うよ。もし、その大量の魔力とそんな夢のような魔道具があるなら」


 俺はソフィアと別れてからずっと握り締めている彼女のリボンに目を向ける。これにもかなりの魔力が込められているらしい。これも合わせれば、きっと足りるだろう。


「魔界に行ってソフィア連れ戻してくるから手伝ってくれ」

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