135 六本槍
「では取り敢えず、エディアさんのお話は此処までにして、次のお話に移りましょう」
「政府と八つ首の間の情報共有、だったかな」
「ええ。とは言っても、三勇帝国やユクヴェルで皆さんにあったことは全て聞き及んでいます。私がご相談したいのは魔族、とりわけ『吸血鬼』の暗躍についてです」
「エディアの件とも無関係ではないしね」
「ええ。先の兄様......もとい、国王暗殺に使われたのは吸血鬼の血液でした。そして、国王の食事に吸血鬼を混入させた可能性が高いのは......」
「ディーノね。コイツとグルだった吸血鬼。すっかり、騙されてたわ」
フランがソフィアのことを睨みながら言うと、彼女は少しだけバツが悪そうに目を逸らした。
「グルだったのは僕も同じなんだけどね。僕の記憶を復活させたのも彼だし、そもそも彼とは長い付き合いだから」
「......エディアさんのお話は非常に気になりますが、今は置いておきましょう。そのディーノという吸血鬼は三勇帝国でも目撃されましたよね」
「ああ。突如、我々の敵として現れ、ソフィアと交戦していたな。今、思えばアレはただの芝居だったのだろうが」
「......彼があのような形で襲ってくるという話は聞かされていませんでした。あの時、彼とやり取りをしたのは間違いありませんが」
「ソフィアさんに先に連絡が行っていないとなると、連絡手段がなかったのか......ただの愉快犯だった可能性もありますね」
愉快犯、そのフェルモの言葉がディーノにはピッタリな気がした。
「それだけではありません。壱と参の勇者の死体が発見されてから、かなりの時が経ちますが、その犯人は未だに分かっていません。しかし、どちらの死体にも槍に貫かれたような穴があることから、それもその『ディーノ』がやったのではないか、と私は考えています」
「確かにディーノは槍使いだもんな。ドミニクも使ってた気がするけど」
「そういう派手な動きをするなら、三勇帝国に元から潜伏していた吸血鬼よりも外から入ってきた奴の方がやりやすい。ドミニクの可能性は低いだろうね」
「ああ、そうか。にしても、ディーノといい、ドミニクといい、エディアとい、吸血鬼には槍を使わなくちゃいけない決まりでもあるのか?」
「......いいや。確かに槍は吸血鬼がよく用いる武器だけど、僕達は少し他とは違う。僕やディーノ君、それにドミニク君は『六本槍』と呼ばれる部隊の一人なんだよ。六人の槍使いの精鋭が所属する、諜報部隊みたいなものでね。僕は序列が二番目の『二番槍』、ディーノ君は『三番槍』、ドミニク君は『五番槍』だ。どうやら、僕が行方不明になっていた間はディーノ君が二番槍としての職務をしていたみたいだけど」
「はぁぁん。何か、八つ首勇者みてえだな」
エディアの説明に対し、全員がポカンとしていた中、サイズだけが何処か感心するように唸り、そう呟いた。
「八つ首勇者を意識して創設された組織だからね」
エディアの返答にサイズが成る程、と相槌を打つ。『首切り魔王』もそうだが、魔界の連中はネーミングにおいて、八つ首勇者を意識することが多いように思える。それほど、魔族にとって八つ首勇者は恐ろしい存在、ということだろうか。
「というか、エディアが二番槍なら誰が一番槍なんだ?」
「実は僕も会ったことがないし、どんな奴なのかも知らないんだ。一番槍は槍を介したテレパシーで、他の『槍』に指示を送ってくるだけなんだよ」
「組織の中で序列が二位のお前にすら、姿を見せないって変な話だな。その指示って今でも届くのか?」
「いいや、君のお父さんが僕の記憶と合わせて僕と一番槍との繋がりを刈り取ってしまったみたいだ。本来は一番槍だけじゃなく、他の槍とも繋がっているんだが、その感覚もない。ディーノ君が僕を見つけ出せなかったのもそれが原因だろうね」
「概念的なものすら刈り取れるのが肆の力だって言っても限度があるだろ......何でもありかよ。親父、やべえな」
自分の父親の力に軽く引いている様子のサイズ。彼も修行を積めば彼の父親と同じようなことが出来るのだろうか。
「それでエディアさん、壱と参を殺したのはその『三番槍』だと思います?」
「さあ......僕が記憶を失っている間の出来事は分からないからね。それより、もっと詳しい人物が居るんじゃないかな」
「あ......」
『確かに』、とクララは視線をエディアからソフィアへ向けた。クララだけではない。この部屋に居る、全ての者が視線をソフィアに向けた。
「議長、一つ聞きたいのですが」
「何でしょうか」
「ソフィアと吸血鬼が組んでいることはご存知の筈。対吸血鬼の策を講じるなら、ソフィアに聞かれると良くない話も色々と出てくるでしょう。なのに何故、ソフィアをそのままにしているのですか?」
「だって、ソフィアさんを退出させたところで、ソフィアさんがその気になればいくらでも盗聴とか出来そうじゃないですか。もし、本気で盗聴対策をするなら、此処にいる八つ首勇者様全員でソフィアさんを殺すしかないと思いますが、そんなことしたいとも思いませんし、不思議とそれをやっても負ける気がします」
「何を言う、人間! この悪魔も認めているようにこの悪魔は吸血鬼と結んで人間界に害をなしている存在なのだぞ!? 幸い、此処には姫様もいる! この悪魔を殺すなら八つ首と姫様という、最高戦力が揃うこの場しかないではないか!」
苦笑いをしながら、ソフィアを退出させない理由について語ったクララに対し、突如、ルドルフがそう叫んだ。
「急に喋り出したわね爺......。でも確かにそうだわ。コイツを殺すなら今しかない。クララ、アンタもそういうつもりで私達を集めたんでしょ?」
フランが立ち上がり、ソフィアを睨み付けながら言った。
「ええ、そうですよ」
「おいおい......俺はガキンチョとやり合う気なんてねえぞ?」
「私もだ」
「私としてはそれもアリではあると思うけれどね。彼女の立ち位置がエディアと違って、未だにハッキリしない以上、彼女の存在は人類にとって害である可能性が高い」
何処から取り出したのだろうか。アンネリーはナイフを握りしめてソフィアを見つめた。それに対し、ソフィアは黙ってフランの方を見つめている。
「......やるとしても今じゃないわ。やんないわよ」
「ですよねー。冗談です。武器下ろして、アンネリー」
「これ、サバイバルナイフなの。殺傷能力は殆どないよ」
「チッ、何だよただの茶番かよー、焦って損した」
「オルム、大丈夫か。目が回っているが」
アデルの言葉が頭に響く。
「......すまん。今、完全に思考停止してた」
もし、本気でクララがソフィアを殺すつもりなら、アデルやサイズの合意を取っておいただろうし、非戦闘員のフェルモは別のところに避難させておいただろう。よくよく考えたら、今のがクララの冗談だということくらい、分かったはずなのだが......何故だろう。少しだけ焦ってしまった。
「な、何を言っているのですか姫様! 貴様らも何だ!? ワシの言うことに賛同していたのではないのか!?」
冗談を真に受けてしまったのはルドルフも同じらしい。
「馬鹿ね。この悪魔は今、吸血鬼、そして悪魔をも裏切りながら此処にいるのよ? そんな限りなく味方っぽい立ち位置の奴を倒すために損害を出す訳にはいかないわ」
「しかし......!」
「不死族の敵はコイツじゃなくて、悪魔族全体。怒りに任せて軽率な行動を取るのは止めるべきよ。ごめん、話脱線させちゃって。続けて」
冷静なフランの言葉にルドルフは唸りながらも逆らうことなく、無言で席に着いた。
「......話を戻しましょう。貴方がたの想像通り、壱と参を殺したのはあのディーノという吸血鬼です。ユクヴェルでのソフィアの行動からも分かると思いますが、悪魔と吸血鬼は八つ首勇者を殺すこと、そして、人間界を混乱させることに力を注いでいるのです」
それは既に契約を反故にし、悪魔と吸血鬼の敵になることを覚悟したからか、はたまた一種の諦めか......本質的にはどちらも同じかもしれないが......ソフィアは驚く程にスラスラと答えた。
「アンネリーの気になっていた話、というのとも関係しますが、先日、監禁されていたデレックスが何者かに殺害されました。腹部には壱や参の死体と同じような大きな穴が」
「そのことについてソフィアは聞いていません。しかし、客観的な視点から見て同じ吸血鬼の犯行と見て間違いないかと。目的は分かりませんが。それにどの事件でも槍を使っていることも気になります。何故、犯人が特定されるようなことをするのか」
「......特定されようと、大した問題ではないと思っているのでしょうね。現に今、我々は犯人が分かったところで有効な対応策が取れていない」
クロードがポツリと呟く。重苦しい雰囲気が部屋の中に立ち込めた。特にクララの表情はエディアの話をしていた時よりも、一層、暗くなっている。
「ある程度、想像は出来ますが、悪魔と吸血鬼がそのような行動を起こしている理由は?」
「貴方の想像通りかと」
「......流石にそこまではソフィアさんの口からは言えないと?」
「・・・・」
『では、私が代わりに言いましょう』と、推し黙るソフィアに優しい声で言うと、小さく深呼吸をし、口を開いた。
「悪魔・吸血鬼連合軍の人間界への全面侵攻、即ち、第三次人魔大戦の開戦、それが貴方がたの最終目標ですね?」
先程とは打って変わって、クララは低く、何処か恐ろしげな声でソフィアに尋ねた......その時だった。
俺にも分かるくらい、部屋の空気が異常に重々しくなったのは。フランとアデル、それに続いてアンネリーとエディア、少し遅れてサイズとクロードが立ち上がり、武器を構える。そんな中、ソフィアだけは無表情を貫き、武器も出さずに椅子に座っていた。
「随分、人間界に馴染んだようだな。ソフィア・オロバッサ」
そんな、低く唸るような声が部屋に響く。声の主の姿は何処にも見当たらない。