134 議長クララ
俺達はクロードの案内で王城......いや、今は臨時政府の本部と言うべき場所に向かった。元王城であるその建物の中には現在、議会や様々な政治組織の本部が置かれている。議長であり、事実上の国家元首的な立ち位置にいるクララもそこで寝泊まりをしているらしい。
厳重な警備が敷かれた城の中を歩き続けること10分程。クロードはある部屋の前で立ち止まった。
「ここが現在、妹様が客人とお話をするときに使っている部屋です。妹様ー?」
まるで友達を呼ぶかのような軽い呼び方でクララに呼び掛けた。二人の関係は色々と複雑だが、現在の仲はかなり良好らしい。
「その妹様って呼び方やめて下さい」
「あ、忘れてた。つい」
「もう、しっかりしてくださいよ。貴方、外務大臣なんですからね。......あ、入ってきてくれて大丈夫ですよー」
と、クララが答えたのでクロードはガチャリと部屋の扉を開け、俺達へ中に入るよう促した。チラリとエディアの方に目をやる。プルプルと身体を震わせていた。『失礼のないように......失礼のないように......』と小声で呟いている。
部屋に入ると、まず、目に飛び込んできたのは向かい合った二つの大きなソファと、その間に設置されている大きな長机だった。俺から見て左側のソファにクララが一人で座っている。
「あ、皆さん、お久しぶりです。......とは言っても、前回会った時からそれほど時が経っているようには感じませんね。数日前、魔道具越しに話したからでしょうか」
議長としての制服なのだろう。黒いスーツに身を包んだクララは『どうぞ、座って下さい』と俺達に笑いかけてきた。俺達は言われるがままにソファに座る。流石に人数が多すぎて、ソファが窮屈そうだったのでクロードに追加のイスを持って来てもらった。
「んで、えーと......何の話でしたっけ」
低い声、というか疲れ切ったような声でクララが俺達に聞いて来た。
「いや、アンタが取り敢えず都に来いって言うから来たんだけど」
「あー......そうでした。そうでしたね。そうそう......あれ、フランさんとルドルフさんを呼んだ覚えはないんですけど」
「貴様......! 人間の分際で姫様に向かって何という言い草......! 姫様が不要とでも言いたいのか?」
「あ、いや、そうじゃないんですけど......いや、そうかもですね......ふわぁ。あ、すみません」
激昂するルドルフに対してクララは臆することなくそう言い放つと、大きな欠伸をした。
「目元のクマ、焦点の合わない目、そしてその大きな欠伸、余程、睡眠不足のようだが?」
「ええ。もう激務を超えた激務と言いますか......やることが多すぎて......一日仮眠を合わせて四時間くらいしか寝れてないんですよ......デレックスって凄かったんですね......」
アデルの問いに対して、想像を絶する程に過酷らしい議長の労働環境について述べるクララ。彼女は最後に『それなのにあんなことしてくれて。恨みますよ、オルムさん』と付け加えた。
俺の指示のもと、ソフィアがユクヴェルの廃鉱山を爆破したことによって起きた一連の騒動、それの火消しは彼女の睡眠時間を代償として行われていたらしい。
「クララの愚痴はまた後日、聞くことにして、そろそろ本題に入ろう。話すべきはギルドマスターエディアの処遇、そして、私達八つ首勇者と政府の情報共有、だったかな。私としては最近、何者かに殺されたらしいデレックスの話も聞いておきたいけれど」
「あー、そんな話をしてましたね......分かりました。順に話していきましょう。まず、エディアさんのことですね」
依然として眠気と疲れが取れない様子のクララは若干、気怠そうな口調でそう言いながらエディアに目を向けた。
「はい......」
エディアは真剣な面持ちでクララを見つめる。エディアの横に座るサイズはそんな二人へ交互に視線を飛ばしていた。
「いや、色々考えてみたんですけど、難しいんですよねー。司法は私の管轄じゃないですし。取り敢えず裁判を受けて貰おうかなと思ったんですが......うーん......」
「何か、問題が?」
「いや、エディアさんが行った『虐殺』ってかなり昔のことですし、捜査もかなり時間がかかりそうだなーって。そうなるとかなり裁判も長引きますし、ウチの裁判は公開裁判なので、虐殺をした吸血鬼がギルドマスターやってたなんてことが知れ渡ったら国民の混乱も大きいでしょうし......うーん」
「しかし、私が罪を犯したことは事実。この国が公正な法治国家へと生まれ変わると言うならば、私を裁かない、なんてことがあってはいけないでしょう」
「......うーん、それもそうなんですけど。というか、エディアさん、どうしてそんなに裁判を受けたがるんですか。長期間、記憶を失っていたということですので責任能力の有無などが争点になるでしょうが、もし、罪が認められれば死罪はほぼ確実ですよ?」
「それで構いません」
「エディア......」
クララの問いに迷うことなく断言するエディア。そんな彼女をサイズは何とも辛そうな表情で見ていた。
「クロード、貴方はどう思いますか」
「い、いや......えーと、確かに裁判となれば国民の混乱は大きいでしょうが、かつて大事件を引き起こした吸血鬼を裁けるとすれば、臨時政府への支持には繋がるかな、みたいな」
「チッ......エディアのことを、お前らが求心力を高めるために使うってんのか」
「あ、あああ! いや! 違います、違います! 妹様が裁判による国民の混乱を憂慮しておられるようでしたので、こういう考え方も出来るかな、みたいな!?」
クロードはそんなサイズに対して慌てて弁明をする。そんな彼らのやり取りを見て、俺は皆に聞こえないくらい小さな溜息を吐いた。
エディアは大切な仲間である一方、父を殺した存在でもある。俺もこの問題に無関係ではない。一体、どうしたら全てが上手くいくのか、考えても考えても俺の頭では答えが出そうになかった。
「やめてくれ、サイズ。どう考えても悪いのは僕なんだよ。僕のことについて必死になってくれるのは嬉しいが、出来ればこのことについては口を出さないで貰いたい」
「......っ」
サイズは無言でソファに座り直す。その表情は今にも泣き出してしまいそうなのを堪えているように見えた。
「......あの、私は全くの部外者なのですが、一つ提案をしても構いませんか」
不意にそう言って挙手をしたのはフェルモであった。
「あ、どうぞ。というか、何気に初めましてですね。クリストピア共和国の臨時政府議長、クララです」
「伍の勇者で、元三勇帝国皇帝、フェルモ・アハト・カヴールと申します」
「えっと、何か、気まずいですね。三勇帝国の革命を支援してたの、ウチなんで......」
「お気になさらず。就きたくて就いた帝位ではなかったので。それで、提案なのですが、エディアさんは既に吸血鬼としての記憶を取り戻されているのですよね?」
「ああ、そうだね。まだ力は完全には戻っていないし、記憶もモヤがかかったようなところはあるけど。ある程度は」
「この国にそのような制度があるかどうかは分かりませんが、ユクヴェルでは犯罪者の持つ情報を提供させる代わりに減刑をする制度が存在すると聞きます。それに倣い、エディアさんを政府の協力者とする代わりに恩赦を与えるというのはどうでしょうか。どうやら、吸血鬼が人間界で暗躍しているようですし、対抗策を練るのは急務かと」
フェルモの提案にクララとクロードが成る程、と頷く一方、当のエディアはかぶりを振っていた。
「情報なら、そんな回りくどいことをせずとも全て提供するつもりだよ。私は罪を裁いて貰うために此処へ来たんだ。そんな取引で、私の罪は贖えない」
「......それはどうでしょうか」
ポツリと、呟くようにそれまで黙っていたソフィアが言葉を発した。
「え?」
「果たして、罪とは死ねば償えるものなのでしょうか」
「......それは、死んでも許されることはないだろうし、償いきれるものでもないと思うけど。だからといって、のうのうと生きていくことはもっと許されないだろう?」
エディアは少し声を荒らげながらソフィアに言う。
「確かに裁きと罰を受け入れることは一つの罪の償い方なのでしょう。しかし、貴方はそれしか出来ませんか? 貴方には貴方にしか出来ない罪の贖い方があるのでは」
「・・・・」
「......数え切れない程の魔族を殺して来ながら、何の贖いも出来ていないソフィアが言えることではありませんね。申し訳ありません」
俺達はクロードの案内で王城......いや、今は臨時政府の本部と言うべき場所に向かった。元王城であるその建物の中には現在、議会や様々な政治組織の本部が置かれている。議長であり、事実上の首相的な立ち位置にいるクララもそこで寝泊まりをしているらしい。
厳重な警備が敷かれた城の中を歩き続けること10分くらい。クロードはある部屋の前で立ち止まった。
「ここが現在、妹様が個人的な客人とお話をするときに使っている部屋です。妹様ー?」
クロードはまるで友達を呼ぶかのような軽い呼び方でノックをしながら扉の向こうのクララを呼んだ。色々と二人は複雑な関係だが、現在の仲はかなり良好らしいことがそれだけで分かった。
「その妹様って呼び方やめて下さい」
「あ、忘れてた。つい」
「もう、しっかりしてくださいよ。貴方、外務大臣なんですからね。......あ、入ってきてくれて大丈夫ですよー」
と、クララが答えたのでクロードはガチャリと部屋の扉を開けると俺達に中に入るよう促した。チラリとエディアの方に目をやる。プルプルと身体を震わせていた。『失礼のないように......失礼のないように......』と小声で呟いている。
部屋に入ると、まず、目に飛び込んできたのは向かい合った二つの大きなソファと、その間に設置されている大きな長机だった。そして、俺から見て左側のソファにクララが一人、座っていた。
「あ、皆さん、お久しぶりです。......とは言っても、前回会った時からそれほど時が経っているようには感じませんね。数日前、魔道具越しに話したからでしょうか」
議長としての制服なのだろう。黒いスーツに身を包んだクララは『どうぞ、座って下さい』と俺達に笑った。俺達は言われるがままにソファに座る。流石に人数が多すぎて、ソファが窮屈そうだったのでクロードに追加のイスを持って来てもらった。
「んで、えーと......何の話でしたっけ」
低い声、というか疲れ切ったような声でクララが俺達に聞いて来た。
「いや、アンタが取り敢えず都に来いって言うから来たんだけど」
「あー......そうでした。そうでしたね。そうそう......あれ、フランさんとルドルフさんを呼んだ覚えはないんですけど」
「貴様......! 人間の分際で姫様に向かって何という言い草......! 姫様が不要とでも言いたいのか?」
「あ、いや、そうじゃないんですけど......いや、そうかもですね......ふわぁ。あ、すみません」
激昂するルドルフに対してクララは臆することなくそう言い放つと、大きな欠伸をした。
「目元のクマ、焦点の合わない目、そしてその大きな欠伸、余程、睡眠不足のようだが?」
「ええ。もう激務を超えた激務と言いますか......やることが多すぎて......一日仮眠を合わせて四時間くらいしか寝れてないんですよ......デレックスって凄かったんですね......」
アデルの問いに対して、想像を絶する程に過酷らしい議長の労働環境について述べるクララ。彼女は最後に『それなのにあんなことしてくれて。恨みますよ、オルムさん』と付け加えた。俺の指示のもと、ソフィアがユクヴェルの廃鉱山を爆破したことによって起きた一連の騒動、それの火消しは彼女の睡眠時間を代償として行われていたらしい。
「クララの愚痴はまた後日、聞くことにして、そろそろ本題に入ろう。話すべきはギルドマスターエディアの処遇、そして、私達八つ首勇者と政府の情報共有、だったかな。私としては最近、何者かに殺されたらしいデレックスの話も聞いておきたいけれど」
「あー、そんな話してましたね......分かりました。順に話していきましょう。まず、エディアさんのことですね」
依然として眠気と疲れが取れない様子のクララは若干、気怠そうな口調でそう言いながらエディアに目を向けた。
「はい......」
エディアは真剣な面持ちでクララを見つめる。エディアの横に座るサイズはそんな二人へ交互に視線を飛ばしていた。
「いや、色々考えてみたんですけど、難しいんですよねー。司法は私の管轄じゃないですし。取り敢えず裁判を受けて貰おうかなと思ったんですが......うーん......」
「何か、問題が?」
「いや、エディアさんが行った『虐殺』ってかなり昔のことですし、捜査もかなり時間がかかりそうだなーって。そうなるとかなり裁判も長引きますし、ウチの裁判は公開裁判なので、虐殺をした吸血鬼がギルドマスターやってたなんてことが知れ渡ったら国民の混乱も大きいでしょうし......うーん」
「しかし、私が罪を犯したことは事実。この国が公正な法治国家へと生まれ変わると言うならば、私を裁かない、なんてことがあってはいけないでしょう」
「......うーん、それもそうなんですけど。というか、エディアさん、どうしてそんなに裁判を受けたがるんですか。もし、罪が認められれば死罪はほぼ確実ですよ?」
「それで構いません」
「エディア......」
クララの問いに迷いなく断言するエディア。そんな彼女をサイズはもどかしそうな表情で見ていた。
「そう、ですか。クロード、貴方はどう思いますか」
「い、いや......えーと、確かに裁判となれば国民の混乱は大きいでしょうが、かつて大事件を引き起こした吸血鬼を裁けるとすれば、臨時政府への支持には繋がるかな、みたいな」
「チッ......エディアのことを、お前らが求心力を高めるために使うってんのか」
サイズはソファから立ち上がると、クロードを睨み付けてそう言った。
「あ、あああ! いや! 違います、違います! 妹様が裁判による国民の混乱を憂慮しておられるようでしたので、こういう考え方も出来るかな、みたいな!?」
クロードはそんなサイズに対して慌てて弁明をする。そんな彼らのやり取りを見て、俺は皆に聞こえないくらい小さな溜息を吐いた。エディアは大切な仲間である一方、父を殺した存在でもある。俺もこの問題に無関係ではない。一体、どうしたら全てが上手くいくのか、考えても考えても俺の頭では答えは出そうになかった。
「やめてくれ、サイズ。どう考えても悪いのは僕なんだよ。僕のことについて、必死になってくれるのは嬉しいが、出来ればこのことについては口を出さないで貰いたい」
「......っ」
エディアにそう宥められたサイズは無言でソファに座り直す。その表情は今にも泣き出してしまいそうなのを堪えているようにも見えた。
「......あの、私は全くの部外者なのですが、一つ提案をしても構いませんか」
不意にそう言って挙手をしたのはフェルモであった。
「あ、どうぞ。というか、何気に初めましてですね。クリストピア共和国の臨時政府議長、クララです」
「伍の勇者で、元三勇帝国皇帝、フェルモ・アハト・カヴールと申します」
「えっと、何か、気まずいですね。三勇帝国の革命を支援してたの、ウチなんで......」
「お気になさらず。就きたくて就いた帝位ではなかったので。それで、提案なのですが、エディアさんは既に吸血鬼としての力と記憶を取り戻されているのですよね?」
「......あ、ああ、そうだね。まだ力は完全には戻っていないし、記憶もモヤがかかったようなところはあるけど。ある程度は」
「それならば、取引をしてみては? この国にそのような制度があるかどうかは分かりませんが、ユクヴェルでは犯罪者の持つ情報を提供させる代わりに減刑をする司法取引と呼ばれる制度が存在するようです。それに倣い、エディアさんを政府の協力者とする代わりに恩赦を与えるというのはどうでしょうか。吸血鬼が何やら人間界で暗躍しているようですし、実際に先日、八つ首である我々は殺されかけました。魔族への対抗策を練るのは急務かと」
フェルモの提案にクララとクロードが成る程、と頷く一方、当のエディアはかぶりを振っていた。
「力は兎も角、情報ならそんな回りくどいことをせずとも全て提供するつもりだよ。私は罪を裁いて貰うために此処へ来たんだ。そんな取引で、私の罪は償えない」
「......それはどうでしょうか」
ポツリと、呟くようにそれまで黙っていたソフィアが言葉を発した。
「え?」
「はたして、罪とは死ねば償えるものなのでしょうか」
「それは......死ぬことで罪を全て償えるとは思っていないよ。だからといって、のうのうと生きていくことはもっと許されないだろう?」
エディアは少し声を荒らげながらソフィアに言う。
「確かに裁きと罰を受け入れることは一つの罪の償い方なのでしょう。しかし、貴方はそれしか出来ませんか? 貴方には貴方にしか出来ない罪の償い方があるのでは」
「・・・・」
「申し訳ありません。......数え切れない程の魔族を殺した過去がありながら、何の償いも贖いも出来ていないソフィアが言えることではありませんね」
ソフィアはチラリとフランに視線を飛ばしたかと思うと、直ぐにエディアの方へ向きなおし、頭を下げた。驚いた表情でソフィアを見たルドルフとは対照的に、フランは気まずそうに彼女から目を逸らす。
「じゃあ......こういうのはどうですか、エディアさん。貴方には一定期間、政府直属の戦力として働いて貰う。勿論、常に戦力を必要としている訳ではないので普段はギルドマスターとして貴方の街のギルドを運営しておいて貰いましょう。そして、その期間を終えてから、改めて裁判を受けられてはどうです? 今、重要犯罪を扱う裁判は事実上、停止してますしね。法律がまだ整ってないせいで」
「つまり、今、私が裁判を望んでも拘置所で長期間、待つことになると」
「そうなりますね。いやー、『臨時』の政府である我々が法を弄って刑を執行するというのは如何なものかなーと思いましてね。裁判は正式な議会の成立後になると思いますよ。......その間も犯罪は起こり続ける訳で、拘置所が容疑者で溢れ返りそうなのが今は問題です。仮に無罪の方がいたら、かなりの長期間、不自由を強いることになりますしね。はあ......」
愚痴混じりの説明を終えたクララは鬼のように大きな溜息をつく。彼女の身体と精神が心配である。
「成る程......」
「エディアさんは今、人間『エディア・エイベル』として吸血鬼としての自分が犯したことを悔やみ、裁きを受け入れようとしているんですよね」
「ええ」
「ならば、です。過去の貴方が犯した罪に向き合うためにも、我々に協力してください。貴方には今、各地で暗躍している吸血鬼への対抗策となって貰いたいのです。それ以外のお仕事は頼みません」
「......そうですね。長期間、何もせずに拘置所で過ごすよりはその方が償いになる気がします」
「それなら決定で。エディアさん、また後で、吸血鬼について知っている情報を教えて下さい」
「はい。全面的に協力させて頂きます」
そのとき、緊迫していた空気が少しだけ和らいだ。そして、それと同時に、『はぁ』という、低い溜息がサイズの方から聞こえてきた。