133 外務大臣
道中、何度か街に立ち寄り、休憩や宿泊を繰り返しながら俺達はゆっくりと王都へ向かった。これから何がどうなるのか、全く分からない中で、俺は夢の中にいるかのようにボーッとしていた。いや、俺だけでなく、ソフィアやサイズ、エディアなんかも同じだったかもしれない。
「......お、おー、あれが王都かー」
窓から外をぼんやりと見つめていたサイズが、不意にそう呟いた。そういや、サイズは王都に来るのが初めてなんだった。
「今はもう『王都』じゃないんだけどね」
「じゃあ、何て呼べば良いんだよ。首都?」
「普通にシュラフェルトで良いんじゃないかな。そっちが正式名称だし」
「やめておいた方が良い。そろそろ、自己顕示欲の強い議長様が首都の名前を『クララ』とかに変更しかねない」
サイズとエディアの会話にアンネリーが口を挟む。首都名、クララは嫌だな。
「というか、クララの場合、改名するなら『レイナード』とかにしそうじゃないか?」
「この前、曲がりなりにも打倒された政権の国王の名前を共和国の首都の名前に......か。あの子ならやりかねないのが怖いね。彼女は出来るだけ早くに臨時議会を解散したがっているみたいだが、それくらいの爪痕は残しそう」
「......そうか。臨時国民議会はまだ、解散していないのだったな」
アデルがポツリと呟く。
「三勇帝国の革命に、今回のユクヴェルとの外交問題......ユリウスから聞いた話ではあのデレックスが殺された、なんて事件もあったみたいだし、解散しようにも出来ないのだろうね」
「とか何とか言っちゃって、そのまま、政権の中枢に居座って独裁するつもりなんじゃないの? あの女はそういうの似合うわよ。ねえ、爺?」
「......ぐがぁぁぁ」
「寝てるし」
ご老体に長旅は堪えたのだろうか。
「フ〜ラ〜ン殿〜......?」
突如、馬車の外からそんな声が聞こえてきた。
「ひいっ!? な、何!? 誰!?」
「後ろです。後ろ。貴方の後ろの窓の外」
驚き身体をビクリと震わせるプランに対して、彼女......いや、彼はそう言った。久しぶりに聞いた声だが、この声の主が誰なのか、俺はしっかりと覚えていた。
フランが恐る恐る、振り返り、窓の外を見ると其処には馬に乗って並走しているクロードの姿があった。初めて会った時と同じで、綺麗な金と白を基調とした騎士服に身を包んでいる。
「あ、アンタか......ビックリさせないでよ」
「いやあ、クララ議長の悪口を言うなんて首が飛んでも文句言えないなあと思いまして」
「......マジ?」
「冗談です。どのくらい冗談かと言うと、毎日、この街で反クララ議長デモが起きまくってるくらいです。安易に警察を投入すると、前政権の二の舞になるし、難しいところなんですよねぇ。というか、彼らの言い分は非常に分かりますし」
「あ、ああそう......」
この何処か軽い口調と、国の内情をペラペラと話す感じ、間違いなくクロードだ。
「近衛騎士団長の時と同じ服のようだね」
「ええ。特に新しい制服がある訳でもないのでこれ着てます。馴染むんですよこれ」
アンネリーの言葉にクロードは笑いながら答える。何ともあっさりとした回答である。王政を思わせる近衛騎士団長の服を当たり前のように共和国臨時政府の大臣が着ていられるのも、先の政変が平和的に行われたからだろうか。
「あ、何人か初めましての方も居ますし、久しぶりの方も居ますので改めて自己紹介しますね。ボクはクロード・ガルニエ。この前までは近衛騎士団長やってたんですけど、今は臨時政府の外務大臣やってます。今日は妹様......クララ議長に案内を頼まれたので皆さんのお出迎えに参りました」
「......元近衛騎士団長、か。ビッグネームの筈なのに何か、聞いても驚かなくなってきたな。サイズだ。知ってるかもしれないが、一応、肆の勇者」
と、サイズが述べる。最近までごく普通の暮らしをしてきた彼だが、そろそろ彼の感覚も麻痺してくる頃のようだ。非日常が日常と化していくその感じ、非常によく分かる。
「初めまして、ガルニエ閣下。私はルデンシュタット支部のギルドマスター、エディア・エイベルです」
「妹様からお話は伺ってます。あんまり、堅苦しくしなくて良いですよ。見ての通りボクはこんな感じなんで」
「は、はっ。お気遣い感謝致します」
「すまん。エディアは権力者にはめっちゃ畏まるんだ。代わりに俺が無礼な態度を取らせてもらうよ。で、早速無礼なんだが、アンタってどっち?」
サイズの問いかけに暫し、首を傾げていたクロードだったが、突如、その問いの意味を理解したように『あー』と声を上げた。
「ボクは男ですよ。身体も心も」
「エディアとはまた違うタイプか」
「エディア殿はどういうタイプなのですか?」
「女だけど一人称が僕」
「僕っ娘って奴ですね。可愛いじゃないですか」
「ああ。可愛い」
「......ガルニエ閣下もサイズも私を揶揄うのはやめて頂きたいのですが」
エディアは顔を真っ赤にしながらサイズと窓の外のクロードを睨む。
「私じゃなくて僕、で良いですよ」
「......閣下は私が如何なる理由で王都、いえ、シュラフェルトに来たのかはご存知で?」
「ええ。聞きましたよ」
「・・・・」
「さて、皆さんとも打ち解けたことですし、早速、王城まで行きましょう! ......あ、今は王の城ではないんでしたね」
と、無言になったエディアから顔を逸らし大きな声でそう言うクロード。外務大臣、それも元近衛騎士団長が護衛も付けずに公道で叫んだりしても良いものなのだろうか。外聞もあるし、何より襲われたりするリスクは......。
いや、この馬車に乗っているメンツを考えれば後者のリスクはないか。クロードも相当強いだろうし。
「言うほど打ち解けてるか?」
とサイズがエディアを見ながらツッコミを入れる。そして......。
「私はまだ自己紹介をしていなかったのですが......。した方が宜しいですか?」
と、ゆったりとした声でフェルモが言った。
「あ、気付かなかった。......じゃなくて! いえいえ、大丈夫ですよ。フェルモ・アハト・カヴール殿ですよね! アンネリー殿の想い人の」
と、笑顔で返すクロードにフェルモは苦笑し、アンネリーは絶妙に不機嫌そうな表情をクロードに向けていた。