132 揺られながら
宿で昼まで仮眠を取った俺達は、もう何度目かも分からない馬車による長距離移動を始めた。クララの頼みでユクヴェルから王都に向かう俺達は皆、同様にボーッとしていた。今はもう何も考えたくないのだ。ユリウスに手配してもらった馬車の車内がとても広くて、快適なことだけは幸いであるが。
因みにそのユリウスは俺達がやらかした件を含めて、ユクヴェル側と話をするため、ユクヴェルに残ったままである。
「はぁ......ガキンチョ三人に担いでもらって空路で行く方がどう考えても速いだろ」
サイズがうんざりとした声色で言った。
「オルム君とサイズ、アデル君、アンネリー君、フェルモ君、ルドルフさん......一人が二人担がないといけない計算だね。僕、疲れてるから二人も担いで王都に行くのはキツいかな。この羽の使い方だって、まだ完全に思い出せてないし。後、ガキンチョ言うな」
「ルドルフ爺さんって空飛べないのかよ」
「魔族だからって皆が皆、飛べる訳じゃないのよ。特に私みたいに羽を持っていない種族が飛べるのは珍しいの。あんまり言わないであげて」
「てか、ルドルフってソフィアやフラン達が戦ってる時何処にいたんだ」
俺がそんな疑問を口にすると、フランが軽く溜息を吐きながら目を逸らした。
「......まさか、姫様が憎き吸血鬼どもと交戦しているとは思わず」
彼がそれを隠さなかったのは自らへの戒めのためだろうか。顔を真っ赤にしながら絞り出すような声で彼は言った。
「ごめん、許してあげて。爺、今朝から悔しさと恥ずかしさで気が狂いそうになってるのよ。自害しそうになったり、頭を宿の壁に打ち付けたり、もう大変で......」
壁に頭打ちつけるの、ルドルフもやってたのか。
「その辺にしておいてやれ、フランチェスカ。お前の従者、魂が抜けているぞ」
「あ......爺、ごめん」
アデルにそう指摘され、自分のフォローが逆効果だったことを悟ったフランは横に座っているルドルフに謝る。しかし、時すでに遅し。彼の魂は既に空の高いところまで昇ってしまっていたようで、彼はただ虚空を見つめるだけだった。
「というか、隠居中のアンネリーとフェルモは良いとして、アデルはエルフの村に帰らなくて大丈夫なのか?」
「ああ。既に王都に行くことはクララを介して村の方には伝えてもらった。まあ、あのドラゴンは魔鉱石はまだかと騒いでいるだろうが」
「そうか。なら良かった。......あ」
「どうかしたか?」
「いや、折角、エンシェントドラゴンの素材を使って剣を作ったのに持ってこなかったなって」
まさか、吸血鬼と殺し合いになるなど夢にも思っていなかった俺は今回の旅に護身用の銃しか武器と言えるものを持ってきていない。何だか使い所を逃したようで少しだけ残念である。
「それを貴方が持ってきていたとして、役に立っていたかは甚だ疑問だけれどね」
フェルモに膝枕をしてもらっているアンネリーが眠そうに目を擦りながら言う。
「まんまとソフィアとディーノの罠にハマった勇者様に言われたくない。......いや、そうだろうけども」
「確かに私はらしくない失敗を犯した。旅行ということで少し浮かれていたのかもしれないね。というか、私はソフィアからまだ謝罪を受けていないのだけれど」
アンネリーのその言葉によってこの空間全員の視線がソフィアに注がれた。吸血鬼達のことがあって、有耶無耶にされてはいたが、確かにソフィアは一度、八つ首勇者達の殺害計画に協力した。謝って済む問題なのかは些か疑問ではあるが、何かしらのけじめを求められるのは当然であると言えた。
......何かしら俺が言うべきか、いや、ソフィアが自分自身で答えるべきか、などと俺が考えていると、俺が結論を出すよりも早く、彼女が口を開いた。
「......謝罪して、許されるものでもないでしょう。償う方法もないのですから。それに、ソフィアは今でも少し疑問に思っています。あの時、吸血鬼を、悪魔を裏切るべきだったのかと。勿論、今思えば、貴方達の殺害に協力したことも、何かの悪夢だったように思えますが」
ソフィアの声は低く、重く、それでいて何処か上の空のようだった。
「面倒臭いことになっているね、貴方の心」
「......ごめんなさい」
ソフィアが発した、震えたその声は確かに馬車の中に響いた。
「貴方も自分で言っていた通り、謝られて許せることじゃない。私は兎も角、私の大切な人のことも殺そうとする計画の片棒を貴方は担いだのだから」
アンネリーの言葉にソフィアはコクリと頷いた。
「でも、その立場に同情はする。悪魔の兵器として作られたのに、悪魔の命令に逆らえというのは酷なことだろうね。そして、曲がりなりにも最終的に貴方は悪魔を裏切ることとなった。......私が貴方の立場なら、苦しくてたまらないと思う。それでも、私は私だ。だから、私は貴方の行いを許さない。貴方には沢山、助けられたから。貴方を許さない程、強くはなれないけどね。その行為だけは恨むよ」
アンネリーはそこまで述べると、『少し眠くなってきた』と呟いてそのまま目を閉じてしまった。
「......何だ。私もソフィアには村を救って貰った恩がある。誰も死ななかったのだから今回の件はそれで相殺しよう」
アデルが少し言いづらそうにそう言うと、直ぐに顔を逸らしてしまった。
「私も元々、悪名高き三勇帝国の王として民を虐げ続けてきた身。結果的に一人も殺しておらず、悪魔を裏切ったソフィアさんに対して何かを言う気は起きませんね。それよりも、ソフィアさんはこれからのことを考えた方が良いのでは? 魔界の事情はよく分かりませんが、悪魔への裏切りこそ、許されざる行為の筈でしょう。どうするのですか?」
「......分かりません。仮にあの吸血鬼達が生きているのならば、直ちに魔界の方へソフィアが裏切ったという情報が伝わっている筈ですが、今のところ上層部の方々からは何も連絡がありませんので」
「仮に魔界からガキンチョを始末するために刺客が送られてきたらどうすんだ?」
「その場合は抵抗するでしょうが、悪魔の長が直々に連絡を取ってきた場合はどうなるか......。いずれにせよ、皆様に不利益を与えるようなことにはさせません」
「俺としてはソフィアが死んだら不利益なんてものじゃないんだからな。そう簡単に殺されたりするなよ」
「......善処、します」
ソフィアの返答は何処か頼りなかった。