13 野宿回避
ブルガリアの首都好き。
今回、ソフィアが黒牙猪を倒してくれたことで俺の手元に舞い込んできた金貨180枚と言う額は遊んでも2ヶ月は確実に持つほどの大金だ。それだけの大金が有れば暫く野宿をする必要はなくなるだろう。昨日使ったテントを回収した俺達はそう考えて高級な部類の宿屋に来ていた。
「契約者、別にソフィアはテントで野宿でも構わなかったのですが」
「駄目だ。俺が宿で寝ているときに無差別殺人犯が来たら誰が俺を守ってくれるんだ?」
「......! 盲点でした。すみません」
実際は単純にソフィアに暖かいベッドで寝てほしいだけなのだがソフィアはそう言っても聞かないだろう。しかし、こうして契約のことを絡めてやればソフィアは簡単に言うことを聞いてくれる。段々、ソフィアの扱いにも慣れてきた。いやでもこの方法はあまり宜しくないな。
この方法を続けていれば、本当に俺がソフィアを自分のことを守ってくれる護衛だとしか認識していないのだとソフィアに誤解されかねない。
「......うん、まあそれに、ソフィアにもきちんとしたところで寝て欲しいからな。ソフィアの稼いだ金なんだから」
ソフィアに誤解されたくない俺はそう付け加えると、何か言いたげなソフィアを無視して宿屋のカウンターの前へと移動した。
「すみません。宿泊したいのですが」
「はい。ベッドはどうされますか? 台数や大きさの指定が出来ますが」
「じゃあ、シングル2......」
俺がそう言おうとすると、ソフィアが口を挟んできた。
「契約者、ソフィアは床で十分です」
何と無くそんなことを言ってくる気はしていたがやっぱり言ってきたか。
「いや、そういうわけにもいかないだろ。ソフィアが床で寝てたら俺もベッドで寝づらいし」
「ですが、シングル二台になると料金が」
ソフィアのそんな様子を見た従業員は何を思ったのかニヤリとした笑みを浮かべて口を開いた。
「でしたら、お客様。ダブルに二人でお休みになるというのは如何でしょうか。シングルを2つにするよりも、格段に料金はお安くなりますよ」
「なっ......!」
急にこの従業員は何を言い出すのだろうか。
「成る程。どうしても、ソフィアがベッドで寝なければいけないのでしたらそうした方が良いですね。どうでしょうか、契約者」
「い、いやどうでしょうかじゃなくて......えっ? ソフィアって女だよな?」
「はい。ソフィアの性別は女です」
「俺、男なんだけど」
「知っていますよ。それがどうかしましたか?」
......もしかして、この娘本当に言ってるのか。
「いやだって、男と女が一緒に寝たりするのは色々とアレだろ」
「昨日は同じテントで寝ましたが」
「いや、アレは緊急事態というかやむを得ずというか......」
これが悪魔と人間の価値観の違いなのだろうか。普通、異性と一緒に寝ると言うのは恋人同士だけにしか許されないと思うのだが。というか、この従業員、見た目中学生のソフィアと俺を一緒の部屋で寝かそうとするなんてどういうつもりなのだろうか。
「そんなお客様に朗報です。今、空いているお部屋を見てみたのですがベッドが2つ有る部屋は全て予約済みでした!」
......畜生がっ。
☆
「あのさ、魔族っていうか、悪魔は異性と寝るのが普通なのか?」
なし崩し的にソフィアと同じベッドで寝ることになった俺はベッドに座りながらソフィアに聞いた。
「詳しくは言えないですが、ソフィアは普通の悪魔とは違った環境で育ったためソフィアの感覚は他の悪魔の感覚とかなり違うと思います。ソフィアとしてはダブルで二人で寝た方がコストパフォーマンスが良いと思ったのですが......」
もしかすると、ソフィアの異常な生真面目さはその『普通の悪魔とは違った環境』で育ったから身に付いた物なのかもしれない。
「いや、うん。コスパは確かにその方が良いんだけど......何というか人間界では異性と一緒に寝ることは基本的に恥ずかしいとされるんだ。んで、基本的に異性と一緒に寝るのは恋人同士の場合だけなんだよ」
あくまで基本的に、を付けたのは勿論、例外が存在するからだ。何より、無理矢理自分の価値観を相手に押し付けるのは好きじゃない。
「......恥ずかしい、ですか。よく分かりません」
ソフィアは頭を捻りながら頭に付いたリボンを弄くる。きっとソフィアを育てた環境はソフィアに常に合理的で在れ、と教育したのだろう。まるで兵器のように。
「ま、分かりたくなくても人間と生活しているうちに分かるかもしれないし深く考えなくて良いんじゃないか? ソフィアが俺と寝るのを恥ずかしがりだしたら俺はコスパよりそっちを優先するし」
「......ありがとうございます」
「いえ、契約ですので」
「ソフィアへの気遣いは契約には含まれていませんよ。むしろあの契約はソフィアを契約者が酷使する前提のモノです」
「あ、はい」
完全に論破されてしまった。
「......それで、これから契約者は何を目標にしていくおつもりですか? 金貨180枚が有れば、暫くの間は暮らせそうですが」
ソフィアはバスルームで風呂を沸かしながらそう聞いてきた。部屋に魔道具の風呂が付いているとは、流石に一泊金貨二枚だけのことはある。
「ああ、ソフィアには申し訳ないんだがこれからも週4くらいのペースでクエストをやっていこうと思ってる。買いたいものが有るんだよ」
「買いたい......物、ですか?」
「ああ。その名も家。夢のマイホームが欲しい」
「それは......何故?」
ソフィアはヒョコッとバスルームから顔を覗かせて驚いたように言った。
「前にも言ったかもしれないが、俺はずっと兵士寮で暮らしてきたから家が無いんだよ。で、ずっと宿屋に泊まるのもアレだから家が欲しいなと思って。その家でゆったりと生活して、たまにクエストを受ける感じのスローライフを満喫したい」
「......ソフィアは二年で魔界に帰ることを忘れていませんか?」
「あ、そうだったな。じゃあ、最初の一年に家を買ってソフィアの最後の一年はスローライフを満喫する方針でいくか」
俺は軽く笑いながらそう言った。富や名声を求めていない俺は本当にゆったり過ごせたらそれで良いのだ。まあ、これからは冒険者稼業で食べていく訳なので常に危険と隣り合わせにはなるだろうが......いや、黒牙猪を瞬殺するソフィアが居るんだから大丈夫か。
「......兎に角、契約者の目標は家を買うことですね。承知致しました」
「ああ。一応言っておくけど別に高難易度クエストをやりまくって一瞬で貯めようって話じゃないからな? あくまで金を貯める過程もスローモーでいこうぜ」
「ソフィアに命じて頂ければ、ドラゴン狩りでも何でもするのですが」
「お前は此処を何処だと思っているんだ」
俺はソフィアの頼もしい言葉にツッコみを入れた。この街はクリスピア王国の辺境程では無いがかなりの田舎に位置する街だ。ソフィアには悪いがそれこそ竜の山や竜の谷と呼ばれる秘境や人間界と魔界を分ける大結界の山々のような場所でもないとドラゴンはいない。
「契約者、お風呂が沸きました。どうぞ」
「いや、俺は二番風呂で良い。一番風呂は譲るよ」
「分かりました。では、先に入らせて頂きますね」
「おう」
今後の方針を決めた俺達は家の購入を目標にそうして動き出したのだった。
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